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笑って、ダリア ※R15

ダリア処刑後から自分が死ぬまでのピィール視点の話です。

グロテクスな表現もあり、救いがない話なので苦手な方はご注意下さい。


 






 女の首が落ちた。

 処刑台の刃はなんの躊躇もなく女の首を落とした。そのあっけなさに、まるで人形の首が落ちたように思えたほどだ。ただ、女の残された首からとめどもなく流れる鮮血が、女が人間であったことを物語っていた。


 僕のダリアの名を語る悪女。

 葬りされば、胸がすく思いになるはずだった。


 だが、これはなんだ?

 この喪失感はなんだ?

 まるで魂のほとんどを持っていかれたようだ。


 それに、なぜ、涙が流れる?


 女が流す鮮血と共に流れる涙。

 頭も割れるように痛む。吐きそうだ。


 ダリア、ダリア、ダリア。


 君に会いたい。

 君に触れたい。

 君の中まで入りたい。


 いつものように愛してると言って、僕を満たしてくれ。


 ーダリアハ、イナイノニ


 頭の中で誰かが呟く。


 ーボクガ、コロシタ


 うるさい。黙れ。


 ーボクガ、コロシ…


 うるさい! うるさい! うるさい!


 やめてくれ…。


 もう、やめて…。


 ………。


 助けて…

 助けて…

 助けて…


 助けて、ダリア…



「ピィール様?」


 声をかけられ、目を開けると自分の部屋の天井が見えた。薄暗い部屋。月明かりだけが、かろうじて部屋の中を照らしている。夜、なのか?


「ピィール様?」


 また声をかけられ、目だけを声のする方に向ける。薄暗くてもわかるほど、白い髪の女が覗きこむ。心配そうな顔。赤い瞳が揺れている。


 これは…ダレ?


「大丈夫ですか? ピィール様」


 また声をかけられ頭を撫でられる。

 …この言葉。誰かから聞いたことがある気がする。誰だろう…?


『大丈夫ですか? ピィール様』


 そうだ。ダリアだ。

 ずっと昔、まだ、婚約したばかりの頃、こんな風にダリアに声をかけられた。


 その頃の僕は、皇太子という重圧に耐えきれなかった。父上は政務をせず、遊んでいるだけ。周囲の期待は僕に向けられていた。

 もともと、僕は心が弱い。表面上では、笑顔でいても、重圧に耐えきれず、隠れて何度も何度も吐いた。

 あの時もそうだ。隠れていたと思ったのに、ダリアに見つかってしまった。心配そうな顔で僕を見つめていた。

 僕は恥ずかしくて、情けなかった。でも、ダリアは何も聞かず、ただ、頭を撫でてくれた。


『ピィール様。私がついています。私がピィール様を支えますわ。そのために、私、頑張りますね!』


 この時、僕はダリアに恋をした。

 年上で堂々としているダリアに追い付きたくて必死になって学んだ。全てはダリアのため。ダリアの横に並ぶため。

 それなのに僕は…。


 ーボクハ…ダリアヲ…


「ピィール様…」


 白い女が近づく。口づけをされ、舌が口の中に入り込む。慣れた感触。無意識に手が伸びて、女に答える。女は裸だった。白い肢体が月明かりで妖艶に動く。


「愛してますわ、ピィール様」


 囁かれて意識が飛んだ。女を抱きながら、意識を暗い底に沈めた。深く意識が沈む中、遠くで泣き声を聞いた気がした。あの頃の僕が泣きじゃくる声が…



 ーーーーー



 王となった僕。やりたいことがあったはすだ。そうだ…確か…ダリアは…


『ピィール様、私はこの国の制度を変えたい。子供たちがもっと明るい未来を想像できるように…私はこの国を変えたい』


 誰にも内緒ですよ? と、言われて笑ったダリア。僕が王となったら、父上のようにはならない。ダリアが目指す未来を僕もーー


 でも、白いダリアは言う。


「子供ですか? ふふっ。私、子供は嫌いなんです。それよりも、舞踏会を開きましょう。ピィール様と踊りたいですわ。あの頃のように」


 あれ?


 アレ?


 ………。



 そっか、ダリアがそういうなら。

 舞踏会を開こう。


 そうそう、よく君と練習したね。君はダンスが苦手で、僕はダンスが得意だった。負けず嫌いな君は何度も何度も練習をせがんだね。

 それが嬉しくて、頼られるのが嬉しくて、僕は喜んでダリアと踊った。

 時には二人でくるくる回ったね。いつまでも、いつまでも。


「今夜の君も綺麗だよ」

「嬉しいですわ、ピィール様」


 白いダリアと踊る。

 くるくる、くるくる。

 何度も何度も。


 ダリアが笑っている。

 それだけで、僕は嬉しくなる。


 ダリアが笑うなら、なんでも叶えてあげる。

 なんでも、叶えてあげたい。

 なんでも。




 ーあなた様では、決して叶えられませんのよ




 脳裏に声が響く。

 頭が割れるように痛い。

 誰だ。誰だ。誰だ。

 僕を否定する声。

 拒絶する声。


 ーボクヲ、ステナイデ


 ーボクヲ、ステナイデ



 ーボクヲ、アイシテ…



「愛してますわ、ピィール様」


 頭痛にさいなまれると、決まって白いダリアが、愛してると言ってくれる。その言葉に溺れた。

 それは毒だと、どこかで気づきながら。貪るように僕は甘い毒を求めた。



 ーーーーー



 王になって、僕の周りから人が消えていった。僕はダリアさえいれば、それでよかったから、気にはしなかった。


 あぁ、でも一人だけ。

 僕の家庭教師をしていた、あの虫けらだけは、世迷い言を言っていたっけ。



「王よ! 目を覚ましてください!」


 玉座に座る僕に向かってその虫けらは、叫んだ。兵士にひったてられ、膝をついてなお、声高に叫ぶ。


「あなた様の隣にいるのは、ダリア様ではございませんよ!」


 ダリアじゃない?

 何を言っている。

 ここにいるのは、ダリアじゃないか。


「そこにいるのは、ダリア様ではなく魔女です! 白い魔女ですぞ!」


 白い魔女?

 たわけたことを。


 ダリアはここにいる。


 ほら、花のような笑顔で笑ってるじゃないか。


 白い髪をなびかせて。

 白い髪をなびかせて。


 白い髪を?


 ダリアの髪は、確か…


「ピィール様。私、早くお部屋に戻りたいですわ。とっても、とっても五月蝿いのですもの」

「そうかい? ダリアがそういうなら…」

「王よ! いえ、ピィール様!そこにいるのは、ダリア様ではありませんぞ! よく見てください!」


「ダリア様は死にました! 死んだんです!」


 死んだ?

 ダリアが?


 嘘だ。

 嘘だ。嘘だ。嘘だ!


 ーボクガ、コロシタ…


 嘘だ! ダリアはここにいる!

 ここにいるじゃないか?


「ピィール様」


 ダリアがほら呼んでいる。

 ほら…。


 あれ?


 あれ?


 なんで、顔が見えない?


 顔が歪んでよく見えない。

 唯一、白い髪が見えるだけ。


 あれ?


 アレ?



「ピィール様、ハエが騒いで五月蝿いです。ねぇ、殺してしまいましょ」

「魔女め! ピィール様! 目を覚ましてください! ピィール様!」

「ふふ。ねぇ、早く。静かにいたしましょ」


 白い髪の女はそう言って抱きついてきた。


「早く、早く。私を愛してください。ピィール様の愛がほしいのです。この身の奥底まで」

「あぁ…そうだね…」


 意識が朦朧とする中、口だけが動く。


「殺せ」


 ハエは泣いていた。涙を流して、僕に言った。


「…ピィール様、あなた様がそう望まれるなら、もう私は何も言いますまい。できうるなら、あなた様に…安らかな死を…」



 ーーーーーダンっ!



 ハエが何か言っていたが、首を落とされ、その声は途絶える。

 流れる鮮血。

 赤い、赤い、赤い…


 この光景はどこかで…


「ピィール様」


 白い髪の女がそっと、僕の目を隠す。


「見る必要はありませんわ。私を見てください」


 相変わらず、顔がよくわからない。

 白い髪の女に手をひかれるまま、僕は部屋を後にした。



 ーーーーー



 常に意識は混濁していた。

 分かるのは女の体の感触と、誰かが泣く声のみ。

 食べ、排泄を繰り返す生活。

 その単調さに僕は、はまっていった。

 何も考えずにすむから。

 誰かの泣き声が聞こえるが、また食べれば声は遠ざかる。


 そうやって、僕はゆるやかに、 僕を殺していった。


 次に意識が戻った時、タンジーがいた。ダリアを僕から奪おうとするタンジーが憎かった。剣を構え、立ち向かう。


 しかし、あっさりと剣は弾かれる。


 それもそうだ。僕は腕力がなかった。枯れ木のようになった腕では、剣を振り上げるだけで精一杯。


 それでも、ダリアだけは奪われたくなくて、必死に手を伸ばした。


「離せ! ダリア! ダリアアアアア!」


 この手をとってダリア!

 さぁ、早く!

 早く!

 早く!

 早く!



 でも、ダリアは手を伸ばさなかった。


 笑っていた。

 僕を見て嗤っていた。


 それは僕が知っている笑顔ではない。

 歪んで醜い、僕を蔑む笑顔。


「ダ、リ、ア…」


 突如、視界が開かれる。

 見えなかった女の顔がハッキリと目にうつる。


 白い髪に、赤い瞳。


 これは…………………ユリだ。


 ダリアじゃない。

 なぜ?

 ダリアはどこ?


 ダリアは…?




 ープツン


「あ…あ…あ…」


「あああああああああ!」


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」



 僕は発狂した。我を忘れて叫び続けた。


 ーボクガ、コロシタ


 わかっていた。


 ーぼくガ、コロシタ


 ただ、逃げていただけだ。


 ーぼくが、コロシタ


 彼女を永遠に失ったことを認めたくなくて。


 ーぼくが、ころした


 ただ、甘い毒をくれるユリにすがったんだ。


 ー僕が、ダリアを殺したから。



 叫び続けたら、喉が切れて死ぬだろうか。

 壁に頭を打ち付けたら死ぬだろうか。


 何度も何度も打ち付けたら死ぬだろうか。


 そうしているうちに僕は拘束され、薬を飲まされた。意識がまた沈む。



 会いたい。

 会いたい。


 ダリアに会いたい。


 なぜ、こうなってしまったの?


 なんで、ダリアは僕をおいてったの?



 愛してなかったの?



 答えて、ダリア。



 ー君の願いはなんだったの?



 次に意識が戻ったのは、処刑台だった。首を据えられている。

 あぁ、やっと、僕は死ねるのか。


 黒い布が視界をさえぎる。

 その時、ふいに、女神の予言を思い出した。


『最後の王となる。そして、愛する者のために死ぬだろう』


 ねぇ、ダリア。


 僕の死は、君のためになるのかな…。


 僕は最期に、君の願いを叶えられるのかな…?


 ふふっ。


 そうだったら、嬉しいな。


 嬉しいよ、ダリア。


 ダリア、ダリア、ダリア


 全てが終わったら、君に会いたい。


 ただ、君に会いたい。




「やっと…そばに……」




 やっと、そばにいけるね、ダリア。




 ーーーーーーダンっ!




 今度、君に会うときは、ダリアの花を持っていくよ。


 ダリアに一番似合う花だもの。


 色とりどりの花を見て笑ってね。



 花のように。


 ダリアの花のように、笑ってね。



 ね、ダリア。


構想はあったものの、辛い話になるのはわかっていたので、なかなか踏ん切れずに時が過ぎてしまいました。


生まれ変わったピィールに幸あらんことを。

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