第七十三話 愉悦絶対許すまじ
「予約、してきたよー。十二番目だってさ」
しばらくその場で待っていると、先輩予約表をぴらぴらさせながら戻ってきた。
「お疲れ様です。で、大体どのぐらいかかるって言ってました?」
その待機番号だけ聞かされても、実際どのぐらいで順番が回ってくるのかなんてさっぱりわからないからな。
こういう時は、受付の人が大体の大まかな所要時間を教えてくれるはずだ。
「大体二十分ぐらいで見ておいて欲しいって言われたよ。意外に早いね」
「結構ブース数自体はありますからね」
今見渡すだけでも結構な数のソファが並んでいる。
もっとも、これぐらい無いと回転率が悪すぎて回り切らないのだろうが。
「ま、何にしてもこれで少しは休憩時間が取れるよ。待機エリアに行こー」
「お、そんな場所あるの? わたし、ちょっと喉乾いちゃったよ」
でしょうね。あんだけハァハァ言ってたら喉も渇きます。
俺達はユキコさんについて、移動を始める。
「自販機ぐらいは多分あると思いますから。ちょっと見てきますね」
と、マユが先行して偵察に行ってしまった。
うーん。流石高校生。こういう時腰が軽いね。
でもどっかの人みたく尻が軽い方はやめてね?
「ああ、行っちゃった。別に行けばどうせわかることなんだけどな」
待合スペースなんだから、カフェとは言わずとも自販機ぐらいはかならずあるものだろう。てかなかったらそれはそれでビックリだわ。
それにさっきからコーヒーのいい匂いがしてるから、最悪あの毎回一杯ずつ抽出してますって映像を表示するタイプのコーヒー自販機はあると見ていいな。
あれって、ライブ映像って言ってビデオ流されててもわかんないよねとは常に思ってるんだけど、誰も特にそれについては触れないんだよな。何かの圧力か!?
「まぁ、人の親切は素直に受け取っておくものだよ。ユウ君」
「そうですね。よく気の利くところがマユのいいところですからね。その通りか」
「……わたしだって、結構気のつくとこあるんだよ? ホントだよ?」
「そう言うのは、実際にやって見せてから言ってくれないと……」
実態が伴わないので、口だけってことになっちゃいますねー。
「ぬぐぅ……。さっきからユウ君が冷たい……」
おっ。先輩のすね顔ゲットです。いいですねー。
「ああ、うそうそ。知ってますよ。先輩もやればできる子だってことは俺が知ってますから。大丈夫ですよ」
「……ぶぅ。わたしをイジメてそんなに楽しいのかね? んん? ねぇユウ君」
またそんな。唇とか付き出しちゃって。ご褒美か!
「割と、結構」
いやホント。レア顔ゲットでホクホクですよ。
「遂に認めたなこの鈍感野郎!! キミ、わたしとイチャイチャするとか言ってた奴、あれは一体どうなってんだい! さっきから全然イチャイチャとかしてくれてないじゃないか!」
「先輩。こんなとこで大声出しちゃ駄目ですよ? 俺達だけじゃないんですから」
勢い良く詰め寄ってくる先輩の肩をそっと抱いて、諭すように優しい音色で。
「ぬぐぐ……。おかしい。絶対おかしいよ。ユウ君昨日まではこんな意地悪な感じじゃなかったはずだよ!」
先輩が俺の所作の一つ一つに戸惑って、困惑の極みに居るとユキコさんがスッと横から視界に入る。
「そうだねぇ。ユウ君、一昨日までブラックでコーヒーを飲むのに丁度いいぐらい砂糖吐いてたらしいじゃないか。君達、一体どうしちゃったのかなー?」
や、もう。ユキコさん、それニヤニヤ隠しきれてないですからね。バレバレよ。
「ハッ……! 昨日と今日とで違うこと……ユキコ! これユキコの仕業か!?」
ほーら。先輩気づいちゃったじゃない。てかやっとかよ!
「ご明察。大正解だよサヤカ君。と言っても、誤解しないで欲しいんだけどね? 私はね、サヤカは砂糖吐かれるより弄られてる時の方が面白いよってユウ君に教えただけさ。私は、それ以上のことは何一つとしてやっていないことを保証しよう」
ユキコさん、無駄に尊大なロールプレイとか。わかってらっしゃる。
「なにが何一つだよ! 十分かつ致命的な奴じゃないか! 原因それだよ!」
どうすんだこれ! と先輩が正当な怒りを発露させておられる。
ですよね。その反応ですよ先輩。さあユキコさんもういっちょ!
「んー。そう言われてもね。確かに教えてあげはしたけども。実際に実行に移したのは紛れもなく彼本人さ。私は、そこに関わったことは一度としてないんだなぁ」
愉悦! これ俺知ってます! 愉悦ってやつですよねこれ!
ユキコさん、今最高潮に黒い笑顔。この人ホントに悪い人。
「ふーん。じゃあ、これはユウ君が好きでやってることで、自分は何一つとして悪びれることはないと。つまりはそう言うんだね?」
先輩は、静かに一つずつユキコさんに確認を取っていく。
「しかり、しかり。さあ、その不満怒り憤りをすべてユウ君にぶつけるがいい!」
さあ先輩ばっちこい! 受け止める準備は万全ですよ!
「よし、ユキコを殺そう。社会的に殺そう。いま、すぐに」
えっ? あれ、俺との熱いぶつかり合いは……?
「いやいやいや。サヤカ君。君の真の敵はそこのユウ君さ。私など手先の駒もいいとこなんだから。私など相手にしてる間に真の敵をだね……」
「うるさいよ。わたしがイラついて今殴りたいのはユキコだよ。わたしは、わたしの心にだけ従うんだよ。指図なんて受けないね」
ユキコさん、笑顔が若干引きつってきたね。あれかな、なんか先輩から発せられてる殺気ってヤツのせいなのかな!
「あの、先輩? これはですね、熱いぶつかり合いからの仲直りイチャイチャを目論んでいてですね……。その、ぶつかってきてくれないと肩透かしというか……」
「ユウ君への折檻は、あとで二人のときにじっくりゆっくりたっぷりと、ね?」
あっ。これ話聞く気無いやつだ。我々は眠っていた虎を目覚めさせてしまった。
「まて、サヤカ。話せば分かる。話しあおう」
両手をわきわきさせて、無表情ににじり寄る先輩。
何されるのかを薄々察して、身を固くして後ずさるユキコさん。
お互いの間には、緊張の糸と呼ぶべきものがぴんと一本張り巡らされている。
「イヤだね。今更聞く耳なんて持たないよ。愉悦とか言って悦に入ってるような奴は、一度性根を徹底的に矯正されるべきなんだよ。二度と、そんなふざけたことを言えないようにね」
ここに愉悦絶対殺すマンが誕生した瞬間である。先輩の場合、ウーマンか?
「ですよね。ユキコさん、愉悦はいただけない。ユキコさんは少々調子に乗りすぎました。反省の時間が必要ですね」
愉悦。だめ、絶対。
「ユウ君? キミ、まさか自分が対象外だとでも言うつもりじゃないだろうね?」
あっはい。そうですよね。わかってました。
俺自身の、逃れられない運命ってやつを……!




