第七十一話 全力ダッシュとサークルの闇。その相関関係
「ふー。何とか間に合ったな」
目指したビルは、駅から五分の場所にあった。全力ダッシュをすればの話だが。
「わたし、頑張った。頑張ったよ……」
先輩は荒い息を吐いて、壁にぐったりと寄りかかっている。
うんうん。俺達に遅れずに付いてきたんだから、ホントに先輩頑張った!
「サヤカさん……。ちょっと鈍りすぎ……?」
息も大して乱れてないマユが、先輩を残念なものを見るような目で見ている。
「言ってやるな……。大学生に全力ダッシュはキツいんだ」
マユも再来年はこうなるんだぞ。きっと。部活やサークルに所属しない限りは。
あ、実績と評判のないサークルは認めませんからね。絶対やらせませんよ。
理由? 聞くな。わかるだろ? 詳しくは言わないけど新歓コンパとかさぁ!
あ、ダメだ想像したらめっちゃ心配になってきた。これなんとかしないと……。
「うぅ……。返す言葉がないよ……」
先輩、大丈夫です。先輩はそんな変なサークルに参加してないんだから、いいんです。許します。誰が許さなくても俺が許します!
「まぁ、ユキコさんよりはいいのかもしれないですけど」
「あの人は靴がな。仕方ない面もあるが。あれで走らせても余計遅くなるだけだ」
ユキコさんは置いてきた。
この先の、全力ダッシュには付いてこられそうになかったからな。
決して戦力外ということではないですよ?
むしろ戦力だけなら、この中では随一ですよ。何のとは言わないが。
「とりあえず、先に受付しておかないと。予約取り消しされちゃうらしいからね」
先輩はユキコさんから託された予約メールを開くと、予約時間を再確認する。
「受付、こっちみたいですね」
俺達は人でごった返すフロアをマユの先導で抜けて、総合受付へと向かった。
「えー、とりあえずこの後すぐに予約取れるのは固定系と没入系みたいだね。移動系は今予約しても少し待たされるって言われたよ」
受付を無事にパスしてきた先輩は、手元の予約案内を見ながらふらふらと歩いて戻って来る。
手元だけじゃなくて前も見て歩かないと、人一杯居るから危ないよ?
「てかその区分がまずわからない。先輩、まずはパンフレット見せてくださいよ」
俺は数歩先輩に歩み寄って迎えると、元居た壁際へそのまま先輩を押し込む。
「ユウお兄ちゃん、はいこれ。多分、没入系は最後にした方がいいと思うよ」
あらマユさん。手際の良いことね。感心するわ。
そこでぐぬぬしてる人は、自分だけわかってる気になってちゃいけませんよ。
「ふむ? それはまたなんでだ?」
マユの差し出してきた場内案内図を見れば、確かに一番奥に少し大きめな空間が没入型ゾーンとして表記されている。
「感覚遮断型だから、終わった後に少しフラフラする場合もあるって注意事項に書いてあったよ。その後に移動型の予約時間になったら、それでも行かなきゃってことになりかねないでしょ?」
この施設の予約は、受け付けた時点での番号を呼ばれるまで待つという形だ。
さっきまで気にしていた予約時間というのは施設に入るための予約時間となる。
この時間の割り振りで、会場側は大まかに場内の客数を制御しているようだ。
「確かに。予約の取り直しとかは出来ないからな……。順番がいつくるかも正確には予測できないし、その方が無難か」
予約は一度限りで、呼ばれた時に居なければ容赦なくその予約は取り消される。
呼ばれるまでなら、トイレなどで離れる場合一言言えば順位を後にずらしてもらえるようだ。
「インパクト重視なら移動型を先にやって、固定型でじっくり慣れてから没入型がいいのかもね」
「満足感重視なら固定型でしっかり慣れた上で、移動型をより楽しむのもアリか」
ちなみに移動型とは、VRゴーグルを付けた上で実際に体を動かすタイプ。
固定型とは、椅子などに座ってVRゴーグルを付けて疑似体験を味わうタイプ。
固定型は一人あたりの所用時間が決まっているので非常に流れを読みやすいが、移動型は人それぞれで所要時間がまちまちな面があるので予測自体はつけづらい。
「……そこでなんで二人だけで検討してるのかな? わたし、ちょっと今置いてけぼりなんだけど」
マユと二人で同じパンフレットを見ながら施設の比較検討をしていると、対面では恨めしそうな顔をした先輩がぶーたれていた。
「誰もそんな事してませんよ。先輩も意見、言えばいいじゃないですか」
「そもそもユキコさんがまだですから、決定とかはもうちょっと後ですよ?」
俺とマユはきょとんと首を傾げて、先輩の手元のパンフレットを指差す。
「その心配はご無用! おまたせ、ただ今到着です。予約間に合った?」
と、そこで背後からユキコさんが無事到着。片手でごめんねをしている。
「間に合ったよ。はい、パンフレット」
「ん、ありがと。で、どれから遊ぶかもう決めたのかな?」
流れで先輩からパンフレットを受け取ったユキコさんは、俺達をぐるっと見回してから再びパンフレットに目を落とす。
「いや、まだですよ。ユキコさんを待ってました」
「お、ユウ君はやさしいねぇ。サヤカ達と行ってたら、多分そういうのとっくに決められちゃってる場面だよ。遅れる方が悪いって平気で言うからね」
いや、そりゃ誘い主はユキコさんですからね。俺達だけで勝手に決める訳にはいかないでしょう。
「実際遅れるような状況になるのが悪いんでしょー。文句言うなら、ちゃんと時間通りに行動すればいいんだよ」
「先輩それ言えるんですかね。さっきの失態もう忘れました?」
そりゃそうだけど。普段はともかく、今日はそれ言ったらブーメランですよ?
「……あれはみんなの失態だからね。てか、わたしですら動きやすい格好を考慮してるってのに、何で誘い主のユキコがそんな靴履いてきてるのさ」
形成悪しと見取ったのか、先輩反論しづらい箇所を攻めて行ったな。姑息な。
「いやこれでも日常生活には全く影響ないやつだからね? 全力ダッシュなんて、普通に生活してたら普通しない事でしょ?」
「確かに。普通は全力ダッシュにならないように、早めにお話を切り上げて行動を開始しますよね」
だが逃しません。自分一人だけいい子ぶろうったってそうは行きませんよ!
「……その通りです。私も、正直ちょっとはしゃぎすぎた感はある」
と、先輩の前にユキコさんの方が被弾してしまった。むぅ。さじ加減が難しい。
「ユキコさんだけの責任じゃないですよ。私達みんなの責任ですから」
「うう。マユちゃんもやさしいねぇ。初見で厳しくしちゃってごめんね?」
お、ナイフフォロー。マユは、ユキコさんのポイントを稼ぐ方針に出たのかな?
「いいんです。私も悪いところ一杯ありましたから。今は反省してます」
「マユちゃんっ! なんていい子なの! ユウ君、何この子可愛いんだけど!」
ああ、チョロい。先輩も大概だけど、ユキコさんも結構なもんだなこれ。
「でしょう? マユは黒くなければ、俺の自慢の妹ですからね!」
そう、黒くさえなければな……。こんなこと、知りとうなかった……。
「黒ってなにかな? ユウお兄ちゃん。私、そんなに悪い子なのかな?」
「ほらちょっと漏れ出してきてるぞ。黒いの。それだよそれ」
「これは、ユウお兄ちゃんが変なこといい出すからでしょ? そういうの、やめて欲しいなぁ」
風評被害とでも言うつもりか? それ、全然風評被害じゃないからな!
「自分でバラしといてよく言うよ。ホントに」
「だって、今までの私じゃ駄目だったんだから。今度の私は、前とは違うって所を見せていかないと。再アタックとか無理でしょう?」
……んっ? 今マユさん、サラッと何か言いました?
「え、諦めてくれたんじゃなかったの!? わかったって言ってたじゃん!?」
「今の私の力不足は痛感したよ? だから、今度は次の私で勝負するんだよ。なにかおかしいとことかあったかな?」
「いや何もかもがおかしいからね? 俺は、今先輩と付き合ってるの!」
「そんな事知ってるよ? 今更そう言うの、強調しないでほしいかな。不快だよ」
そう言って苦々しく表情を歪めるマユ。ホントそういうの隠さなくなったなー。
「おーう。出ましたね。黒マユさん。むしろそういうの隠さなくなってきたのか」
「これも私の一部、だよ。ユウお兄ちゃん」
確かにそれはそうですけどね!
いや黒い所も見せればなにかが変わるって言われたら、それはそうですけども!
それ、いい方向に変わるかもどうかもわかんないやつだからね!?




