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過去編 四年前 秋 その二

こちらは前日譚よりもっと以前の時間軸の追加となります。

今回の過去編は先輩彼女(サヤカ)と彼女の親友(ユキコ)のそれぞれの昔を書いていきます。

「そっかー。あの先輩、遂に今日ようやく振られるのかー」


「いやユキコ。まだ振られると決まったわけじゃないからね?」


 わたしとユキコは、この二学期から知り合った三年の先輩を見送っていた。


 彼は今から、かねてよりの戦場へ向かうのだ。見送りぐらいは、しておかねば。


 この先輩は変わり種で、わたしに告白ではなくお友達付き合いをして欲しいと言ってきた珍しい人だった。


 どうも話を聞いてみると、わたしのここ半年の撃退っぷりをどこかで聞きつけたらしく。


 そして自分も今人気の高い女の子を狙ってて、告白したいのだと言ってきた。


 ついては件の彼女と同じように男の子を振りまくってるわたしに、どうしたら上手くいくかアドバイスを貰いたいということのようだった。


 とは言っても知らない二年の先輩の女の子が相手では、わたしも適切なアドバイスを返せるとは思えないという事で一度はお断りをしたのだ。


 しかしそれでもいいそんな話ができる女の友人は自分にはいないから、という事で再度お願いをされたわたしはこの話を受け入れることにした。


 終始会話のテンポが軽妙で、話ているだけでも楽しかったというのもある。


 数少ない中学時代を思い出させる気安い関係性に飢えていたというのも、ある。


 だが、そのわたしに似ている女の子が上手く行ってくれたらいいな、という思いもそこにはあったのだ。


 わたしにはまだそういう人は居ないけれど、その人にとってのいい人が見つかる手助けになれれば。


 今回の告白対象が自分ではないということに、気が抜けてしまったのもあるのかもしれない。


 ユキコの付き添いもなく中庭で会ったりしているうちに、いつの間にかわたしは完全に気を許してしまっていた。


「いやいや。……いやいやいや。サヤカ、それ本気で言ってんの?」


 そう言って、ユキコが大真面目な顔で突っ込んでくる。


 何かおかしなことでもあっただろうか。


「……か、可能性は、誰にだっていつだって残されてるものだよ」


「それ、ほとんど脈なしって言ってるのと何にも変わらないからね?」


 確かに、件の彼女は誰に告白されても即座に切って落としているらしい。


 正直なところを言ってしまえば、難しい話なのかもしれない。


「それでもユキコみたく、振られることが前提みたいな言い方はしてないよ」


「もはや言い方の問題でしかないという事に気付こうか。言ってる事は同じだよ」


「それでも、チャレンジしなかったら永遠にゼロだよ」


 それにきっと、彼女が断り続けてるのも彼女の心の中の問題だと思うから。


 相手がどうのじゃないのだ。きっと。なら、きっかけがあればあるいは。


「おやおやぁ? いつもそのチャレンジの餌食にされてべそべそしてる人がなんか言ってますねー? 私の気のせいかなー?」


「なっ! べ、べそべそはしてないでしょ!? 風評被害もいい加減にしなよ!」


 し、失敬だな君は! わたしがいつべそべそなんてしたと言うんだね!!


「ほー。べそべそ、してないと?」


「べ、べそべそはしていません!」


 べそべそは、してないよね? ちょっとぐらい、落ち込んだりしただけだ。


「じゃあ、それ誓える?」


「もちろん誓えますとも!」


 何に誓うのか知らないけど。日本人だからお天道さまにでも誓えばいいのかな?


「じゃあ、次振った振られたでべそべそしたらサヤカにはなんかしてもらお」


「なんかって何!? なんでも一つ言う事を聞く系は怖いよ!?」


 と、ユキコがいきなり恐ろしいことをいい出した。


 思いつきで物を言うのはやめましょう。迷惑ですよ!


「えー? だって、自信とかあるんでしょ?」


「自信があるとかないとかより、何でユキコの言うこと聞かなきゃいけないのさ」


 ユキコの何でもは、本当に何が飛び出すのか予測がつかない。


 試しに誰かに一度自分から告白してきてみろとか言われても全く不思議はない。


「あらー? それ言っちゃう? いつも誰かさんの後始末してるの誰だっけー?」


「ぐっ……! それ今言うの、ズルくない?」


 またそういう、わたしが抗えないところをピンポイントで……!


「ズルくないズルくない。正当な主張だよ! ことは振った振られたの話だし」


「そんな、何も感じないなんて無理だよ! 見てるだけならそりゃいいけどさ!」


 あれ結構来るんだよ! 最高潮に期待されて、その直後に失望される。


 その後の期待どおりにならないならもういいやという、あの視線。


 あれが一番、こちらの精神にダメージを与えてくるのだ。


 そして彼らは手に入らなかったものには、遠慮もない。


「おいおい? それを見せられる方だって、別に愉快な気分じゃないんですぜ? なんならお手軽男子の横っ面、引っ叩いてやりたいぐらいだよ?」


 それは確かにそうなのだろうが……。


 それを頼んでるのも自分である以上、そこで反論もできやしない。


「……そう言われちゃうと、もう何も言えなくなっちゃうじゃん……。バカ」


「へーへー。バカで結構。そのぐらい、サヤカのべそべそがなくなるなら甘んじて受けましょう」


 ユキコはそう言うと、肩を竦めた格好からいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべる。


 ホント、かなわないな。


「……でも、ありがと」


 そう言ってわたしがはにかむと、ユキコのテンションが突然天井を突き抜けた。


「きたー! サヤカのデレ期が遂にきたー!」


「なっ! そのデレってなんなの!? わたしそんなにデレてませんー!」


「んん? これってもしや噂の恥ずか死ぬってやつですか? 顔超真っ赤だよ?」


 この女は……! そういう自分は超ニヤニヤしてるじゃないか!


「ぐっ……ユキコ。これ覚えときなよ? わたしは絶対に忘れないからね」


「こわっ! サヤカその顔は怖いよ!? やめて!? その顔はやめよう!?」


 言いながら中庭中を逃げ惑うユキコを、わたしは小走りで追い回す。


「絶対に、忘れないからね?」


 いつかお返しするその日まで、ね。



***



「えー、それでどう……聞くまでもないですね」


 中庭で一人待ってたわたしの前に現れた先輩は、がっくりと肩を落としていた。


「いやー、やっぱ無理だったわ。ちょっと俺には無理目過ぎだったみたい」


 そう言って力なく苦笑する先輩。わたしが悪いわけでもないのに、何だかわたしまで申し訳ない気分になってくる。


「んー、先輩結構いい感じになったと思うんですけどね。残念です」


 先輩はわたしの助言を受け入れて、髪型やメガネを変えたり身だしなみを常に整えるようになっていた。


 見た目だけで言うのなら、そこまで苦戦するほどでもないというのがわたしの見立てだったのだが。


「いやー、俺さ。結構軽い感じとか見られることもよくあって」


 確かに軽妙な感じといえば聞こえはいいが、見方によっては軽薄とも取れる。


「うーん。その二年の先輩は、あんまりお喋りとか得意な人じゃなかったのかな」


「どうだろう。前に友人と話してる所を見たことあるけど、結構笑ってたよ」


「やっぱり、もう少し二年生の人達とかに情報収集とかした方が良かったのかも」


 わたしは、その告白先の女の人の事を直接調べるのは先輩に止められていた。


 何かのはずみで告白のために調べていることを先に相手に知られると、高確率で失敗するからと言われたらわたしは素直に従う他なかった。


 ことが自分一人で済むのならともかく、先輩まで巻き込んでしまうことになる。


「かもしれないけど、彼女結構人望あるっぽくてね。周囲のガードが硬いんだよ」


 どうも常に複数人で行動していて、周りには耳の早い人も居るらしい。


「なるほど。確かに、その状況じゃバレちゃうかもしれないですね」


「だろ? まぁ、それも失敗しちゃった後じゃどうしようもないけどなぁ」


 と、先輩がボヤきながら校舎の壁へ歩み寄ると、背中を壁にもたれかけさせた。


 確かに、中庭の通路のど真ん中でする話でもない。誰が見てるとも限らない。


「うーん。諦めきれないなら、時期を見て再アタックという手もありますけど」


 離れては会話もしづらい。わたしも先輩の隣へ移動すると、壁へ背中を預ける。


 こうするとちょうど樹木の影になって、校舎の上の方からは誰かがいるなぐらいにしかわからないだろう。


「だなー。っても、どうも俺の中でちょっとした変化があったみたいなんだよ」


「変化、ですか?」


「そ。俺、なんかもう告白の前から彼女のことは吹っ切れてたみたいなんだ」


「えっと。もう好きじゃなくなってた、ってことですか?」


 先輩、あんなに告白を成功させるんだって頑張ってたのに。


 何か、別の目標でも出来たのかな?


「案外、そこを見透かされたのかもしれないな。そりゃ好きでもないのに告白とかされたら、それはもう不愉快極まりないだろうしな」


「それは、確かに……」


 それはもう、自分にも痛いほど覚えがある。される方の話ではあるが。


「だからさ、もう彼女のことはいいんだよ」


「はい……。結局、あまりお役に立てずにすみません」


 先輩が溜息と共に区切りをつけるのを、わたしは見ている事しかできなかった。


「いやいや。そんなことはないよ。だって、それは俺自身がよく知ってるし」


 しかしそんなわたしの様子を見ると、先輩はぱっと両手を広げてわたしの発言を打ち消すように向き直る。


「先輩?」


「いやだって、そうだろう? 髪型とか、このメガネもそうだ。サヤカちゃんのおかげで俺、今結構イケてる感じとかしない?」


 そう言って、先輩はややおどけたような仕草をしてみせる。


「あは。確かに。わたしもそこは頑張りました」


 ユキコにも協力して貰って、男子と女子の好みの折衷案を導き出したりもした。


 今の彼は、贔屓目なしにカッコいい。恐らくは。わたしの好みではないけれど。


「だからさ。……な?」


「? 先輩?」


 いつの間にか先輩は壁から身を起こし、わたしの正面に立っていた。


「俺、結構頑張ったと思うんだよ」


「そ、そうですね。先輩は頑張ったと思います」


「それ、何でかわかる?」


 何だか嫌な展開になってきた。これあれだよね……。


「それは……。告白に向けて頑張ってるのかなと思ってましたけど」


「まぁ、それも間違いじゃないよね。でも、相手が違う」


「……ねえ先輩。もし間違いだったら申し訳ないんですが……」


「間違ってないよ。俺は、君のために頑張ってたんだ」


 うわぁ……。


「…………」


「あれ? 今の俺って、君の好みにかなり近いんじゃないのかな? 俺、そのためにここまで遠回りとかしたんだけど」


 いや全然そう言うの好みじゃないですから。色々調べたって言っただろうに。


 てか遠回りって、もしかして。


「まさか……」


「あ、告白してきたの嘘だと思ってる? いやいや、あの娘にはちゃんと振られてきたよ。それは間違いじゃない。もっとも、別に最初から好きじゃなかったけど」


「……最低」


 最悪な予想ほどよく当たるとは誰が言った言葉だったか。


 こんなの、当たらない方がよっぽど良かった。


「だって君、こうでもしなきゃ仲良くなってもくれないじゃないか。聞いたよー? 脈あるような素振り見せておいて、いざ告白したらごめんなさいって。それってちょっと酷くないか? 男の純情何だと思ってんの」


 勝手なことを。わたしは普通に仲良くしてくれるなら普通に友達になってたよ。


 そんな男の側から物言われたって。脈とかそんな物見せたこともないんですが。


「……だったら、先輩は好きでもないのに告白された娘の気持ちは何だと思ってるんですか」


 さっきの話が本当ならば、件の二年の女生徒には悪いことをしてしまった。


 こんな奴のためにと思うと、悔しさも倍増で。


 わたしはそっと唇を噛みしめる。


「おお、言うねぇ。流石に告白されまくってる人は言うことが違うや」


「わたしは、貴方のしてることのほうがよっぽど酷いと思います」


 あくまで飄々(ひょうひょう)としている目の前の男は、全く悪びれる様子もない。


 もっとも、ここで悪びれるようならそもそもこんなこともしないだろうが。


「まぁ、そうかもね。でもさ、男は時として強引にでも行かなきゃいけない時があるもんなのよ」


「少なくとも、それは今なんかではないと思いますけど」


 男はキザっぽい言い方で指を一本立てて左右に振っている。


 カッコいいとでも思ってるのだろうか。気持ち悪い。


「いいや、今だね。君、結局さ。強引に迫られるの待ってるんだろ? だから、ちまちま告白なんてされるのはお気に召さないんじゃないの?」


 こいつは一体何を言ってるのだろう。わたしが一度でもそんなことを言ったか。


「もう答えるのが馬鹿馬鹿しいほど的はずれなんですけど。どこをどうしたらそんな考えになるのか、心底不思議です」


 だからって別に真相なんて知りたくもないけど。


 どうせ気持ち悪いことしか言わないだろうし。


「まぁ言っても俺、結構モテるのよ。君の攻略に取り掛かってからはそりゃ控えてたけどさ。だってお遊びがバレちゃったら、今までの苦労とか全部水の泡じゃん? それは普通に避けたいよね。で、話戻すと俺って結構経験豊富なわけ」


 独りよがりもここに極めリ。こいつなんで生きてるんだろ? 死ねばいいのに。


「それはどうもおめでとうございます。お遊びでもなんでも好きにやったらいいじゃないですか。わたし以外で。わたし、もう帰らせてもらいます」


 てか、ユキコは一体何をしてるのだ。


 トイレ行くって校舎入ってから、一体何分経ったんだ?


 早く助けに来なさいよ! もうキモくて死にそう。


「いやいやいや。ここまで話といて普通、帰す? わけないよね」


 そう言うと、男はわたしの行き先を塞ぐように右手を壁につく。


 ……これ、壁ドンってやつなのか? 何でこんな奴にされなきゃいけないんだ。


「……今に、ユキコが戻ってきますから」


 だから早く! 戻ってきて! たのむ!!


「あー、それはないなー。さっき先に会って、もう帰らせたって伝えといたから」


 わたしは自分の耳を疑った。今こいつ、なんて言った?


「なっ!? うそっ!?」


 帰らせた? こいつの言うことを信じて? あのユキコが? そんなまさか。


 わたしは、ずっとこの男に懐疑的だったユキコの顔を思い出す。


 よく考えれば、わたしがこの男のために調べて欲しいと言った時もなんだか嫌そうな顔をしていたではないか。


「おー? サヤカちゃん、初めてその余裕の顔が崩れたね? もしかして、彼女が戻ってくるまで時間稼ぎでもしてたかな? それは残念だったねー。ご苦労さん」


 その瞬間、男の目線が上から下へ素早く走ったのがわかった。


 この手の強引な手合をやり慣れている。そう感じさせる仕草だった。


「…………」


 一度そう意識してしまったら、もう体など動かない。


 わたしはいつの間にか、指一本動かせなくなっていた。もちろん声も。


「だんまりってことは図星かな? ま、そろそろお喋りも飽きてきた頃合だよね。ああ大丈夫。こんなとこじゃそんな大したことは出来ないよ。まぁそれでも、キスぐらいはさせてもらうとするけどね」


 そして、男の目の色が欲望に染まる。


 人を人とも思っていないような、(あざけ)るようなその視線。


 わたしは。


「…………」


 決して男の方を見ないように、わたしは何とか顔ごと視線を横に逸らしていた。


「でも目はまだ死んでないんだよな? なに、まだなんか隠しだッ!?」


 その瞬間、目の前のゴミ男は空を飛んだ。


「そのくっせぇ口いつまでもペラペラ回してんじゃねーよ! このクズが!!」


「あ……あが……ッ!」


 ゴミ男改めクズ男は地面に寝転がったまま、脇を押さえて悶絶している。


 今のはかなりいいのが脇に決まった。なにせ人体が空を飛ぶほどなのだ。


 その威力はいかほどか。想像するだに恐ろしい。


「すまない。私のせいで迷惑かけちゃったね」


「い、いえっ! むしろ、わたしの方が巻き込んでしまってすみません!」


 拳を胸の前で揃え、両手を脇に戻して息を吐く。


 そこまでやって初めて、女子生徒(マミさん)はわたしの方を振り向いてそう言った。

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