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第四十六話 サイドポニーの優位性 執事セットを添えて

「さてお嬢様。今日は一体どのような髪型にいたしましょう?」


 俺が脱衣所に入ると、マユがセットに必要な道具を一通り洗面台の前に用意していたところだった。


 服装は既に出かける時の物にしているらしく、余所行き的な着こなしが伺える。


 もしかしたらいわゆるナチュラルメイクとかもしてるのかもしれないが、俺にはよくわからなかった。


 俺は鏡の前にマユを立たせると、ドライヤーで軽く髪を煽りながら本日のオーダーを受ける。


「そうねぇ。今日はサイドポニーにしてちょうだい」


「元気っ子と大人っ子が選べますが、いかがいたしますか?」


「それじゃ、元気っ子でお願いするわ」


 今日のマユの格好は、ボーイッシュ風なショートパンツスタイル。


 それに合わせるとなると大人しめよりは元気系で来ると思ったが、やはりなというこのチョイス。


 俺はオーソドックポニテ辺りを予想してたが、まさかサイドポニーで来るとは。やるなマユめ。


 まぁ、ここで大人っ子で攻めてきたとしても、それはそれでアリではあったとだけ言っておこう。


「かしこまりました。お嬢様」


 いつもの小芝居も終わったとこで、まずはマユの髪をドライヤーで乾かしていく。


 今回は元気っ子スタイルなので、それも意識して調整しながら乾かしていく。


 だいたい後ろが終わって、前に移行するためにマユをくるっと反転させる。


 視線はいつも通り俺の目……を通り越して額のあたりを見ている気がする。


 なに、そういう嫌がらせのシーズンかなにかなの?


 根拠もなく不安になるから、そういうのほんとやめて。ね?


 しっかり乾かし終わったら、次はサイドポニーの制作にとりかかる。


 その前にと櫛で念入りに梳いていると、マユの視線が先ほど俺達が居た辺りを見ていることに気づいた。


「ねえ、ユウ兄ちゃん」


「なんだ?」


 なんとなーく、嫌な予感。


「さっき。サヤカさんと、なにしてたの?」


 なに、と来ましたか。マユさんってば、キスって答え以外の何を言わせようとしてるんですかね。


「なにってなにさ。マユだって俺達が何のために移動したのか、わかってるだろ?」


「……キスするため、だよね」


「だな」


 あれだけ大騒ぎして出てったんだから。それぐらい覚えておいてくれないと困りますよ。


 こっちも結構気とか色々使ってんだからさぁ。


「キス、してたんだよね」


「いっぱいな」


 それも結構ガチなやつをな。


「……やっぱ、気持ちいいものなの?」


 マユはぼんやりと、相変わらず俺達が居た場所から視線を動かさない。


「……まぁ、な」


「……ふーん」


 そこで一旦会話が途切れる。ドライヤーも使い終わった今、会話もなければそこには静寂しかない。


 俺の手だけが、静かにマユの髪を整えていく。


「……なん?」


 なんのことはない。先にその沈黙に耐えられなくなったのは、俺の方だった。


「別に……」


 やっと視線を床から外し、静かに目をつぶるマユ。


 別に……じゃないでしょおおおおおお! 絶対別にって感じじゃないし!


 そんなこと言ってると、どっかの女優みたいに仕事干されるよ! って女子高生の仕事ってなんだよ!?


「俺と先輩は付き合ってるからな。そういうことだって日常的なんだよ。よくあることだ」


 むしろ毎日何らかの形でしていると言ってもいいぐらいだ。


 だからつい、言い訳だかなんだかよくわかんないことを口走ってしまう俺が居ても決しておかしくない。おかしくはないのだ。


「……いいよね。サヤカさんは。そういうの気軽にできてさ」


 それに対してのマユの返事は、ぽつりと呟くこの一言。


「気軽って……。これでも俺達、お付き合いに至るまでは結構苦労したんだが」


 誰かによく頑張ったって褒めてもらったって、一向に構わないんですよ?


 何故か敵対的な態度を取って来る人とか、ゴミ虫を見るような目を向けてくる人とか、積極的にイジってくる人とか、人を……もうやめよう。悲しくなる。


 てか先輩の周りの人達ってロクな奴居ねぇな!? あんま人の交友関係に悪口言いたくないけどさぁ!


 ああ……そういや数少ない常識人寄りだったユキコさんも、昨日見事に煽り芸の人だって判明したんだっけ……。


 先輩の周りから、常識人が絶滅しかけている。これはもう絶滅危惧種に指定して保護すべき。特に俺とか。俺とか。俺とかも!


「苦労なら、私もしてたんだけどね。随分、見当違いだったみたいだけど」


 ため息とともに吐き出すマユの言葉は、後悔のニュアンスが色濃く出ていた。


「見当違い? マユ、なんかやってたのか?」


「五月の、年次一回目の模試対策」


 そっか。最近まで全然音沙汰なかったのは、模試対策に集中するためだったのかな。


 マユはマユで、やっぱちゃんと頑張ってたんだな。


 俺にはなかなか真似できないことだから、素直にマユが凄いと思える。


「ああ。余裕のA判定だっけ。凄いよな。マユはよく頑張ったよ」


「ありがと、ユウ兄ちゃん。でもね、私がすべき努力は、そこじゃなかったみたいなんだ」


 模試でA判定ならまず大丈夫ってとこだろうし、結果ちゃんと出てるじゃん。何が不味いんだろうか。


「? 受験は、これからが本番だろ? 今のマユがすべきことって、合格圏内に身を置くことで間違ってないと思うけど」


「……そっか。それもそうだよね。受験、頑張らなきゃね。じゃないと、この先まで無くしちゃう」


 未来を繋げないとね、とマユは鏡の中の自分をじっと見つめる。


「おう。頑張れ。俺はいつでもマユを応援してるからな。辛い時はちょっとぐらい休んでもいいからな」


「そんなことしちゃって、いいの? せっかく高めた緊張感とか、無くしちゃわないかな?」


「それで息が詰まっても、能率落ちるだけだしな。オンオフがしっかり切り替えられればいいんじゃないの?」


 そういうの、マユは得意だろ?


「またなかなか難易度の高いことを、もうサラッと言ってくれるよね。ユウ兄ちゃんはたまに私に対しての期待値が物凄く高くて、すっごく苦労するよ」


 おやおや。マユさんの弱音とか珍しいですね。マユにしては珍しく、弱ってるのかな。


 いつも平気な顔してもちろんだよって自信満々に乗り越えてくのがマユってやつだと、俺は思ってるんだけどな。


「そのための週末訪問じゃなかったのか? 平日だけ頑張るって、結構わかりやすいオンオフだと思うんだけどなぁ。先輩もこの話、結構楽しみにしてると思うぞ。もちろん俺もな」


 だからそうやって水を向けてやれば、マユは必ず食いついてくる。これはもう信頼とかそういうものだな。


「……しょうがないなー。ユウ兄ちゃんだけじゃなくサヤカさんにまで期待されちゃってるなら、応えないわけには行かないよね」


 そしてそういう時にしっかり期待に応えてくれるのが、マユって女の子だ。うん。いつも通り。


「そゆことだな。自分だけで頑張れない時は、誰かのせいにしちゃえばいい。平日サボってたっておばさんに聞いたら、容赦なく追い返すつもりなので。そこんところよろしく」


 そこは厳しくいくよー。そういうことがあるとも思えんけど、一応ね。


「私を誰だと思ってるのかな? 逆にユウ兄ちゃんがだらしない生活してたら、容赦なくおばさんに言いつけるからね」


 え、元気になったと思ったらすぐそれなの!? ちょっとマユさん、酷くないですか!?


「え、ちょっ……、それはやめてね? やめよう? ね、マユさん?」


 もう一度考えなおすんだ。大丈夫。まだ時間はある。マユはそんな酷いこと、しない娘だよね?


「さあて、どうしようかなぁー。私もなんやかやで、色々ストレス溜まることも多いんだよねー」


 くそっ! この勝ち誇ったニヤニヤ顔。先輩の悪いところ感染っちゃったかな? よくないですねー。


「わかった。交渉には応じようじゃないか。要求を聞こう」


 だが今はそんなことを言ってる場合じゃない。下手な弱味を握られるわけにはいかない。俺の平穏な生活のために。


「それじゃあね……」


 と、俺が卑劣な魔の手に屈しようとした時、コンコンと響くノックの音。ここに救いの神現る。


「ユウ君、マユちゃん。わたし、ちょっと先に部屋戻って準備しとくから。ここを九時半ぐらいに出る感じで頼めるかい?」


「あ、はい。わかりました。じゃ、後でそっち寄りますね」


「うん、待ってる。よろしくね」


「わかりましたー」


 最後をマユが引き取ると、しばらくしてバタンと玄関の扉が締まる音が聞こえる。


 ふう。危なかった。今のうちにこのシチュエーションを終わらせてしまおう。この状況は危険過ぎる。


「さて、このような感じに仕上がりましたが、いかがでしょうか?」


 左耳よりやや上でポニーを作って注文通りのサイドポニーとし、フロントにも一房垂らして、手持ちの髪留めからかわいい系のをチョイス。


 うん、間違いなくかわいい。今日の活動的なイメージにもぴったり。これぞ元気っ娘って感じだ。


「ん。いいと思うよ。ありがと、ユウ兄ちゃん」


「気に入っていただけたようで、なによりです。お嬢様」


 そう言って大げさな執事礼をしてやれば、マユはくすぐったそうにクスクスと笑った。

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