第三十三話 接触禁止
「今日はもう寝るだけでしょうし、本番は明日からになりますね。サヤカさんは彼女として、朝からユウお兄ちゃんにしてあげてることって何かありますか?」
マユさん? 何聞いてるのかな? 俺達の関係、本当にわかってて聞いてる?
「んー。そうだね、おはようのチューとか? 後は、朝から元気な」
「言わせねぇよ!?」
俺は手にしていた濡れタオルで、大慌てで先輩の口を塞ぐ。
「んんー!!」
まったく、この人はまた何を口走るつもりだったんだ。考えなしにも程がある。
ああもう暴れない! 先輩が悪いんでしょうが! いい加減マユにはセクハラ発言になるって学習しなさいよまったく!
「ちゅ、ちゅーですか。二人分の朝食を先に作るとか、遅れないように優しく起こしてあげるとか、そういうことを想定してたんですが……」
マユはマユでなんだかそれ、もうちょっとこう、大人寄りにならんもんかね? ちょっと子供っぽすぎるぞ?
「ちょっと、いつまで当ててんの! もう、人の話は最後まで聞きなさいって習わなかったかい?」
先輩は俺の手を振りほどくと、ふんすと息を吐いてご立腹モード。
「先輩の話は最後まで聞くと取り返しがつかなくなることが多いというのが、先輩と付き合う上で学んだことですけどね?」
今だってそうだったでしょうがよ。
「失礼な。今回は違うよ。ちゃんと気をつけて喋るつもりだったもの」
ということは、前回までは何も考えずに発言してたってことですね? 猛省しろ?
「いいでしょう。そこまで言うなら聞かせてもらいますよ。あ、でも一応先に俺の耳元へ小声でお願いしますね。内容判断するので」
「信用ないなぁ……まぁいいや。ほら頭、こっち!」
俺達はさっきから何故かずっと立ったまま話してるので、そのままでは先輩の体勢が辛くなる。
俺は先輩の側に身を寄せると多少腰をかがませて、先輩の口元へ自分の耳を持っていく。
と、背筋をぞわりと震わす感触にビクッと肩が跳ね上がる。
な、舐めおった……。このエロ先輩、マユに見えてないと思ってこのやろう……。
「じょ、じょーだんじゃないか。ほら、軽いじょーだん。キミはなんでそんなに睨んでるのかな?」
「次やったら、揉みますからね」
「エロいのやめろって言ったの、キミの方じゃなかったかな!?」
「俺はどこを揉むともなんともまだ言ってませんが……」
どうやらエロ助は見つかったみたいだな。
「…………」
エロ助が無事黙ったところで、話を進める。
「で、結局何の話なのこれ。なんで明日の朝?」
「彼女が彼氏にどんなことをしてあげるかの、事前調査?」
マユがペンとメモを持って小首を傾げる。
そのセット、いつの間に用意したの。
「で、それを知ってマユさんはどうするつもりなんですかね」
「それはもちろん、明朝身を持って知ることになると思うよ?」
マユさんからためらいという単語がなくなっておられる。
もうちょっとこう、慎みというものを取り戻したほうがいいと俺は思うんだ。
「じゃあ俺が教えてやろう。彼女はな、朝彼氏を起こす時には、必ず声をかけて起こすもんだ。やさしくがベストだが、起きないようならコラッぐらいは言ってもいいかもしれん。ただ、絶対に体には触れてはいけない。いいか、絶対に触れるなよ。振りじゃないからな」
触った場合身体の安全は保証しない。
理由はあらためて説明したりはしないが、とにかくやらないように。
「マユちゃん、体には触れちゃダメらしいけど、布団剥がないと、いつまで経っても起きてこないと思わないかい?」
それもダメだっつってんだろ。
この先輩、俺をハメることに関してためらいなさすぎませんかね。
なに、さっきのエロ助の意趣返しなの?
「接触禁止と言ってるでしょうが。もうこの際だから言っちゃうけど、俺の意識がない時に何かがあっても俺は責任取らないので、自分で回避してくれ。起きてる間は自制もするけど、寝ぼけてる時までそれが出来るとはとても思えん」
いいか。大変な目に遭うぞ。言ったからな?
「キミ、そこまで自分に自信がないならなんでマユちゃん泊めようだなんて思ったんだい? どっちにしたって同じ部屋で寝ることになるのは変わりないだろうに」
「彼女が居るのと居ないのとでは、全然心構えが変わってくるでしょうがよ。先輩が居なけりゃ俺はさっきの注意をマユにして、普通に寝て起きるだけですし。マユも一人なら変なことはしないから、事故も起こらない。ほら、問題ない」
つまりだいたい先輩のせい。間違ってないな!
「なんだかわたしのせいって言われてるみたいで気分わるいなー。なんでわたしが居ると心構えが変わるのさ?」
みたいじゃなくてそうなんですけどね。
「だって先輩、寝起きで寝ぼけた状態で俺に抱きついてくるでしょうがよ。剥がすと余計にひっついてくるし。眠くても自動的に相手するクセが出来ちゃってるんですよ。マユ相手にあんなことしていいんですかね?」
今日の比じゃないことが起きるぞ? いいのか?
「よくないよ。いいわけないだろ。キミはふざけてるのかい? いい加減にしなよ」
普段の先輩の行動が発端なんですがねぇ……。
その辺少しは自覚してもらえないだろうか。
「ということだ。寝ぼけてる俺は危ない。だから絶対に触るな。先輩にそそのかされても絶対に近づくな。最後に、起こす時は必ず声で。おーけー?」
「う、うん。わかった……。ユウお兄ちゃんが汚れてしまったというのがよくわかったよ……」
「……否定はできないなぁ」
「わたしの教育の成果だね」
いやそこドヤるとこじゃねーから。
くそっ! 弾けるような笑顔しやがって。かわいいじゃねぇか。
「ところでユウ君。それで寝る時の布団の話って、結局どうなったんだっけ?」
「そういやいつもの途中下車の旅で横道それまくって、それっきりでしたね」
おひょいさん呼んでこないと。まだ小日向さんは慣れない派です。
「私が確認した時は大丈夫みたいなこと言ってたけど……一人増えちゃったしね」
「すみませんねぇ。一人増えちゃって。わたしはユウ君と一緒でも全然構わないから、問題解決しちゃったねっ」
しちゃったねっじゃねーでしょ。なんもしてないから。
俺達は脱衣所とリビングの間にある収納入れへ移動すると、中の物をいくつか外へ出す。
と言っても小物ばかりなので大した手間でもなく、無事に目的の予備の寝具を引っ張り出せた。
圧縮収納袋に入った布団が一組と、何やら入っている箱を一つ。それからその側に一緒にしてあったビニール袋が今回用意した予備の寝具セットとなる。
俺が一番大きな布団を持って、他は適当に部屋に運びこむ。
「一応、エアーベッドと予備の布団が一組あるんだが……。分離して使えばまぁ使えないこともないか」
箱の正体はビニール製のエアマットで、アウトドアで使うような足踏みポンプもセットでつけてある。
こいつでしゅこしゅこ五分ぐらいやれば、パンパンになって凄く具合が良くなるぞ。
なんか表現が卑猥になったが気のせいか。気のせいだな。
「それにしても、なんでこんなものがあるんだい?」
先輩は足踏みポンプを両手で持って、しゅこしゅこやって遊んでいる。よくやるよね、それ。
「その辺説明すると長くなるんで、まぁ預けられたとでも思っておいてください。これは俺が好きに使って構わないって言われてるんで、今日は俺がそれで寝ますよ。掛ふとんの代わりにタオルケットでもありゃなんとかなるでしょう。あとはベッドと予備の布団で二人分。ということで問題ないですね」
配置としては廊下側に俺のエアーベッドを置いて、予備の布団はベッドの隣というか下に置けば問題無いだろう。
予防措置として女子組とエアーベッドを少し離しておけば、安全対策も万全ってもんですよ。
「それで、ベッドですが……」
「もちろん、彼女のわたしが使わせてもらうよ」
「いえいえ、ここはお客様である私がベッドを使わせてもらうのが、自然な流れだと思いませんか?」




