前日譚 Case.12 大雨
こちらは前日譚の追加となります。
前日譚は先輩彼女と後輩彼氏の二人劇になっております。
それでは、今回もよろしくお願いします!
「雨、続きますねぇ」
昼下がりから降り続く雨はその雨脚を一向に弱めること無く、コンクリートの街並を打ち続けている。
俺は窓際から離れると、壁際の二人がけのソファに腰を落ち着けた。
隣では、先輩が静かに文庫本を開いている。
「そうだねぇ。ここんとこずっとだもんね」
視線も上げずに答える先輩に、俺はソファの背に流れる髪の房を弄って抗議とする。
それにしても、こう本格的な雨だと家に帰るのがついつい面倒になってしまっていけない。
昨日は結局自室に帰らずに朝を迎えてしまった。
一度こうなるとズルズル行ってしまいそうで、あまり良い傾向とは言えない。
「前半はあんなに暑くて、今年は空梅雨かと心配されてたぐらいなのになぁ」
あれは気温30度超える日も遠くないな、と思わせるほどの暑さだった。
夏を先取りするのはクリアランスセールだけでいいから。
「後半で一気に取り戻しちゃったね。固まって降りすぎると今度は水害が起こるから、また困るんだよね」
「ついこのあいだまではダムが枯渇しそうってずーっと騒いでたんですよ? 今じゃもう一切聞かないですけど」
今日のお昼の放送で、いつものお天気予報士さんはさんざん司会者に弄り倒されていた。
あの人も思えばかわいそうな役割だと言えなくもない。
一次情報として気象庁からのデータを発表してるのがほとんどなのに、何かあれば全部ツッコミが飛んで来る。
まぁそういうポジションでそういうお仕事で、またそれがハマってるからあれはあれでいいんだろうけどさ。
かくいう俺もあのコーナーが好きであの番組見てるまであるからね。何なら録画までしてる。
「そりゃこんだけ降ればねぇ。むしろもう放水してるんじゃないの?」
「まぁ水不足になるよりはいいんでしょうけど。うどんも気兼ねせずに茹でられますし」
と答えた瞬間、俺がいくら髪を編み込みに弄っていても微動だにしなかった先輩の視線が、文庫本から上げられる。
「おいちょっと。あんまりデリケートなことをいうもんじゃないよ」
はて。なにか変なことでも言っただろうか。首を傾げながら自分の発言を振り返る。
「水不足になるよりはいい?」
「そっちじゃない。後半だよ」
「気兼ねなく茹でられる?」
「そう、それだよ! それ! うどん県、水、と来たら次はもちろん……」
先輩は右手をぎゅっと握りこんで、俺をじっと見つめてくる。
いやあの、改めてそういう直視とか、やめてもらっていいですかね。
俺が緊張しちゃうでしょ! ひとまずネタクイズに集中して、気を紛らわすことにする。
「高知の怒り……?」
「用水止めるぞおまえらああああああああああ」
「文字通り干上がっちゃうからやめてっ! 溜池のライフポイントはもうゼロよ!」
良かった。無事正解を引いたようだ。
ふぅ。先輩のネタ会話についていくのも楽じゃないぜ。
「今年は香川の貯水率どうなんだろね」
先輩は既に何事もなかったかのように窓の外を見ている。
相変わらずオンオフ激しいなー、この人。まぁそれがいいんだけどさ。
「さあ。どっかで調べればわかるかもしれませんけど」
そこまでの興味は流石にない。県民の皆様、お気を悪くされたら申し訳ありません!
「それにしても、こんなに雨が続くと野菜が高騰したりしないか心配だね」
「今のところは特にそういう様子なさそうでしたけど、数年前とかすごかったですからね。レタスとかキャベツとか、値段倍になってたり。あれは酷かった」
野菜買うより肉買ったほうが安いんだもの。そりゃ肉買うよね!!
まぁお使いでそれやったから、当然怒られたわけですが。
でもね、俺が一人でいる時にスーパーにお使いなんて、頼む方も頼む方なんですよ?
普段買い物しない男子高校生にお金もたせたら、そりゃ惣菜か肉買ってくるに決まってるじゃないですか!!
「野菜工場がもっと一般的になればそういうのも減るんだろうけどねぇ」
工場なら屋根もあれば壁もある。大雨が降ろうが台風が来ようが全く関係なく収穫ができる。
品質も安定して、出荷量も調節できる。素人目にはいいこと尽くめに見えるんだけどな。
「初期資金の問題がありますからねぇ……。復興地域なんかは補助金が出てそういうの増えてるらしいですよ」
「後は販路か……。でも、もやしって作り方が野菜工場みたいなもんだよね。こないだ鉄腕テレビでやってたやつ」
「ああ、あの温泉地のやつです? すごかったですねあれ。すげーでかくて美味しそうだった」
ご当地の名産品をアイドル農家が訪問して、職業体験をさせてもらうというコーナーだ。
あの企画、地味に好きなんだよな俺。
いろんな名産品が出来る工程は、見ていて飽きない。
「さっと茹でて塩コショウにごま油垂らしても良さそうだし、焼きそばに入れても美味しそうだよねぇ」
茹でるのが面倒だったら、ラップしてレンジでチンでも簡単にできるぞ!
「ラーメンのトッピングにもしたいですね。シャッキシャキにしたやつ」
沸騰したお湯の中にさっとくぐらすぐらいの塩梅ね。茹で過ぎると食感が死ぬ。
「ああ、いいね。もやし入れるならパンチの効いた味噌味がいいかなぁ」
「サッポロで一番的なあいつですね? 正しい方も麺が太めで俺は好きですよ。あとは担々麺なんかもたまんないはず」
担々麺が袋麺で食べられるなんて、今はいい時代になったもんだよほんと。
ちょっと前まではお店に行かないと、担々麺なんて洒落たものは食べられなかった。
「ちょっとユウ君? こういう時に具体名を出すんじゃないよ。食べたくなってきちゃったじゃないか!」
「それの何が問題だというのです。食べたいなら食べてしまえばいいのですよ。ほら、ちょうどおやつの時間じゃないですか」
さあ、欲望を開放するがいい! 大丈夫。今は俺しか見てないから。
「ラーメンをおやつで食べるのはキミくらいなもんだよ! あれ普通の人は、一食の食事として食べるんだからね!」
「えー。ご飯がつくならともかく、袋麺一袋だけじゃちょっと物足りない……」
「……そんな物欲しそうな顔されてもなぁ。まったく、しょうがないね」
そう言うと、先輩は手にしていた文庫本を閉じて立ち上がる。
「先輩? もしかして作ってくれるんです?」
「しょうがないから、半分こで妥協してあげるよ」
そんな顔されたらしょうがないじゃない、って先輩もホントはちょっとは食べたかったりとか?
顔面に飛んできたクッションが、返答代わりとなった。




