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第二十話 田舎

「マユよ。その締まりのない顔はやめなさい。そして、なにか言うことはないのかね。さっきの先輩をとくと思い出すが良い」


 マユはしばし先ほどを思い出すように中空に視線を走らせると、何かを思いついた途端、勢い良くそれを口にした。


「…………やっちゃったんだぜっ」


 違う。そうじゃない。だからそのテヘペロをやめなさい。


 おい、後ろ。何ドヤってんだそこ。正解っみたいな顔はやめなさい。これ先輩のせいでしょうが。


 まったく。きょうびテヘペロなんて流行らないんですよもう。一体いつの流行なのか。


「えー、それで、結局炊飯はどうなってるんです? 先輩、セットしてくれたんですよね?」


「もちろん。気づいてすぐにセットしたから……そうだね、後二十分ぐらいで炊けるんじゃないかな?」


 炊飯器の炊きあがり予告は残り時間がもっと少なくならないと表示されない。それまでの間は推測するしかない。


 炊飯器が既に動いているのならあとは待つだけと、二人を並べて立たせて事情聴取を続ける。


「それにしてもだよ。二人とも普段はこんな凡ミスするようなタイプじゃないのに。なんで今日に限って二人してやらかしたんだ? というか、マユはうっかりでまだわかるとして、先輩は炊飯器セットするぐらいの間ぐらいなら別に鍋焦げ付いたりしないですよね? それだけが原因じゃないんじゃ?」


「それはだって……ねぇ?」


「やっぱり気になりますもん……」


 顔を見合わせて頷く二人。あれ、俺だけ仲間はずれですかねこれ。


「なにが? 詳しく言ってみ?」


「髪だよ、髪。さっきやってくれたでしょ、キミ」


 そう言って先輩は自分の毛先をつまんでくいくいと引っ張る。


「ええ、まぁ……。でも二人ともちゃんと順番にやったよね? どっちかだけやったとかならわかるけど」


 なんとなく、それだと揉めるだろうなーと思ったからマユにも声かけたわけだが。逆効果だったのか。


「だってさ。キミたちを二人っきりにさせとくと、またなにしてるかなんてわかんないからね。それで、炊飯器セットした後覗きに行ったらつい火をかけてる鍋を忘れちゃって……」


「……はぁ。だから、髪のセットしてただけだったでしょう。俺とマユで他になにするってんですか」


 俺がため息を付きながら目頭を押さえると、先輩は申し訳無さそうにしょんぼり縮こまる。


 しかし一方で先輩でもこんな凡ミスするんだなぁ、となんだか逆に新鮮な気分でもある。


 年上の綺麗なおねーさんがしょんぼりしてるのとか、なんか萌えるよね。


「私には、ユウお兄ちゃん達がイチャイチャしてたらそれをじっくり至近距離から眺めないといけないって仕事があるからね。とりあえず一区切りつけたら様子見に行くのは当たり前だよねっ!」


 いつそれが仕事になったんだ。俺は初耳だぞ。


「それでポカミスしてたら世話無いでしょうがよ。見学はやることちゃんとやってからにしなさい」


「はーい」


 マユははいはいと手を上げて自己主張してくるのはいいんだけど、やらなきゃいけないことはちゃんとやらないと。


 マユはたまにそういううっかりポカミスがあるんだよなぁ。そこもかわいいっちゃかわいいんだけどさ。


「えー、なに。つまり、全部俺のせいってこと? マユが御飯炊忘れたのも、先輩がカレー焦がしちゃったのも」


「そうとはいわないけどさ」


「私だって自分のミスくらいは認めますよ」


「そもそもなんでこうなるのかが俺にはよくわからない。なんでそんなにお互いのことが気になるのか」


 キミ達あんなに仲良さそうにやってたじゃない。あれが全部演技だったら人間不信になりそうでイヤだぞ俺。


「えー、だってキミ。そりゃそうでしょ。こんな可愛いお隣さんが居たなんて、キミ、一言だって言わなかったじゃない」


「そりゃそうでしょうよ。マユは俺の実家の隣りに住んでるんですよ? 基本俺が実家に帰らなければ交流なんてないんだし。今回のようなケースでもなけりゃね」


 正直、家を出たらマユのこととか半分以上忘れてた。これは間違っても口には出さないけどね。


「でも今、こうなってるじゃない。教えておいて欲しかったな」


「そりゃ、まぁ昼のことは悪かったとは思ってますけど。俺にだってプライベートというか、人間関係ぐらいありますよ。先輩にだって、あるでしょう?」


「残念でした! わたしはこんなかわいい……男の場合はカッコいいか。そんな幼なじみもお隣さんも居ませんよ。当然別れた元彼氏なんてのも存在しないし」


「ちょっと。それが本当なら、先輩だって年齢イコールって奴じゃないですか。俺の青春時代笑えないでしょそれ」


 俺は忘れてないからな! 傷口に塩を刷り込まれたことをだ!


「……これが、ブーメランってやつなんだね。よく覚えておくよ。でも今はその話じゃない」


「そうですよ。私はユウお兄ちゃんとサヤカさんがどういう経緯でお付き合いするようになったかとか、その辺は全然知らないわけですしね。気になって当然かと」


「ああ、まだ話してなかったっけ。先輩とは小さい頃にずっと一緒に遊んでた仲だったんだよ。それが大学でいきなり再会できたもんだからもうびっくりでさ」


 普通思わないよな。小学生時代にちょっと遊んだだけの相手に大学で再会するとか。どんな物語だよ。


「ちょっと待って? ユウお兄ちゃんの幼なじみってこと? じゃあ私にとっても幼なじみってことになると思うんだけど。こんな綺麗な人、私達の周りに居たっけ? 覚えがないよ?」


 マユさんマユさん。なんでそんな自信満々に言い切れるんですかね。どんだけ周り注視してるんだ。おい。


「ああ、先輩とは夏休みにおばあちゃんの家に行った時に遊んでただけなんだ。ほら、マユだって一回俺についてきたことあったろう? だから一度は会ってるはずだぞ」



 俺がまだ小学生ぐらいの子供だった頃、俺の家は盆の時期になると親類一同で田舎の祖母の家に集まるという習慣があった。


 車で二時間か三時間ほどの距離で日帰りもできないこともないが、一同の集まり具合や、特にお酒が出るということもあって大抵は一泊か二泊かしていくのが常だった。


 残念なことに親類には俺と歳の合うような子供が居なかったこともあり、一人での外出が許されなかった。


 遊びにも行けない大人か乳幼児ぐらいしか居ない集まりなんて、俺には苦痛でしかない。


 正直行きたくなかったがそうもいかずで、嫌々連れて行かれたことをうっすら覚えている。


 しかし外での一人遊びが許される歳になれば、もう我慢などする必要もない。


 俺は祖母の家を飛び出すと、街の住宅街では体験できないような周辺の自然環境で夢中になって遊んでいた。


 楽しければ当然帰りたくないとダダをこねるのは子供の常で、祖母の取り計らいもあり、俺はいつも一週間ほど余計に祖母の家に滞在するようになっていた。


 その頃に出会ったのが、短めの髪を野球帽で押さえつけてその辺を走り回っていたサヤカだった。



「あー……。なんか、あったね。確かお父さん達が遠くの法事に行くとかなんかで私が一人で家に残るって話になって、ついでだからってユウお兄ちゃんに一緒に連れてってもらった時だよね?」


 当然小学生を一人で残しておける訳もなく、家で預かったついでに田舎に放り込まれたのが真相だ。


 もちろんマユの親とは相談済みのようだったが。俺も居なくなるならついでにマユも、と言うのは自然といえば自然な流れか。


「そうそう。あの時の野球帽が、これよ」


「どうも。野球帽のこれです。お久しぶり。おチビの麦わら帽子ちゃん。わたしのこと、覚えてて貰えてたかな?」


 俺がわざとらしく片手を先輩に当てて紹介すると、既に察していたらしき先輩もそれに乗って恭しくマユに頭を下げた。


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