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第八十二話 青いフェアレディZの棲む世界

「いきなりフルスロットルかよ! 最初からクライマックス過ぎんだろ!!」


 俺は急加速に耐えるべく、シートのどこでもいいから掴めるような所を探り……あれ?


 止まっている。


 急加速どころか、世界のすべてが停止している。


 あ、俺こういうの知ってる。イナバウアーして銃弾全部避ければいいんでしょ?


 あと、黒いトレンチコート着なきゃ! 救世主として世界を救わないと!


「……PRESS START押してくれないと、始められないんだけど」


 などと馬鹿な現実逃避をしていると、隣から呆れたような声で突っ込みが入る。


 どうやら導入部が終わっても俺はのんびりアホのように周りをキョロキョロしていたらしい。


 確かに、さっき液晶パネル越しに見た時もこのボタンあったわ。


「あっ、そうでした。そうでした。すみません今押しますね。ポチッとな」


 俺が慌てて視界中央のボタンを押し込むと、続いてコースの選択のためのパネルが四枚出現し、俺の視界を塞ぐ。


 えーと……。それじゃ、順当なところで三番をぽちっとな。


 ここまで順当に順番通りに来てるからね。無理に変える必要性を感じなかった。


「オッケー。コース3ね。じゃ、気を取り直していっくよー!」


「あ、そういやこの人アクセルベタ踏みだったような――」


 俺は、その台詞を最後まで言えなかった。


 いきなり再開された世界に、俺の意識は吹き飛ばされそうになったのだ。


 甲高く響き渡るV8サウンド。タイヤの鳴く音。追い越しをかけた時の風圧。


 すべてが俺に襲い掛かってきた。いや、エンジンがV8かどうかは知らんけど。


「すげーなこれ! 一体何km/h出てんだ!? ……160km/h!?」


 気になって運転席の速度パネルを覗き見てみれば。信じられないこの数字。


 高速道路で違反を覚悟で飛ばしたところで、せいぜいが120~140km/h程度に収まるだろう。


 普通、それ以上はなかなか出そうと思っても出せないのが日本人である。


 アウトバーンを常用するような、高速度域に慣れた外国人ならともかくとして。


 160km/h。しかも首都高などという狭く曲がりくねった、混み合った道でこの速度。


 まさに正気の沙汰とは思えない。しかもこの女性、更に加速の態勢である。


「え、待って。まだ加速すんの!? いやもうやめようよ! 十分だから!!」


「なーに言ってんの! まだまだこれからだよ! 本番はもっと飛ばすからね!」


「てか首都高でドリフトとかしないで! 先行車も居るんだよ!? 正気か!?」


「だいじょーぶだって。なんせ、慣れてる(・・・・)からね!」


 このおねーさん、警察官でなかったら間違いなく検挙される側の人間である。


 それも、一発免停無免許一直線の危ない人種であろうことは想像に難くない。


「いやそりゃ事故とかありえないってのはわかるけど! だからって怖くないってわけじゃないんだよ!? 普通にこええよ!!」


 何でお化け屋敷でもないのにこんなに怖い目に合わされるのか。


 怖がるのは次のプログラムではなかったのか。


 本来このプログラムは爽快感を楽しむものなんじゃなかったですかねぇ!?


「そうそう。ことドライビングテクニックについては、信頼してもらって大丈夫! だからね! 危ない目にはあわせませんよ!」


 この人、こんな軽口叩きながらも鮮やかにコーナリングを決めていく。


 言うだけのことはあるのだ。確かに。腕はある。


 でもちゃんとグリップ走行もできるなら、首都高ドリフトとかもうやめてもらってもいいですかね!?


「今! 今あってるけど!! 前トラック! トラックで両車線塞がれてるけど、どうすんのこれ!?」


「えー? こうする他、無いよね?」


 言うなり超パッシングを始めるおねーさん。クラクションまで混ぜている。


 何この人。アグレッシブ過ぎて超怖い。どこの走り屋なんだこれ。


 俺、今すぐ降りたいんで、次の出口で首都高降りてもらえたりしないですかね。


「ほらほらー。早くどかないと、公務執行妨害で検挙しちゃうぞー」


 危ない。その発言は危ない。それ以上いけない。


 追い越し車線を塞いでいたトラックは面倒事に巻き込まれるのを嫌ったのか、両並び状態からやや下がり、走行車線のトラックの後ろへ収まって行った。


「ホントにもう。車線塞ぐとかマジで検挙してやろうか。君も運転するようになったら、こういう運転とかしたら駄目だからね?」


「もちろんです。絶対にしません。絶対にだ」


 どの口がそれを言うのか。そのきれいな形の唇からか。無駄に美人。


 こんな運転、多分警察内部でもそうそう許されていないはずなのだが……。


 この女性がどうやってその辺の叱責や追求や再教育を免れているのか気になって仕方がない。


 もうちょっと頑張ってくれ。このおねーさんの上司達。


「んー、少し離されちゃったかな。仕方ない。ちょっと飛ばすよー!」


 確かに、犯人車両と目されていた黄色いスポーツカーはその姿を消している。


 先ほど車線を塞がれて立ち往生してる間に犯人車両はとっとと先へ逃げてしまったのだろう。


 だからってまぁ、諦めるわけ無いですよね。なんせ追跡中ですもんね。


 わかってた。わかってたけど、心の準備はもうちょっと待って欲しかったかな!


「いくら直線区間だからって180km/hをちょっととは絶対に言わねぇ!!」


 これもう、検挙されたら一発で交通刑務所行きなんじゃないの?


 その辺の罰則とかよく知らないけど、こんな人を市井に放つのだけはやめて!!


「だいじょーぶだいじょーぶ。このぐらいの方がかえって運転しやすいんだから」


「おねーさん普段はプロレーサーでもされてるんですかね!? ねえ公務員!?」


「やだなぁ。公務員は副業禁止だよー。……別に仕事じゃなきゃいいんだけどね」


「おい今ぼそっと何言った!? ちょっと!?」


 今絶対言った! 聞き捨てならないこと言った! 趣味!? 草レーサー!?


「おーし、追いついた。あのクソトラックが居なけりゃ、こんな離されることもなかったんだけどね! 追いかけっこも飽きたし、そろそろ仕上げにかかろっか!」


 ……ついでにお口も悪いみたいだ。このおねーさん。

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