03話 移動
最早何も言うまい
翌日は晴れた。
「じゃ、行きましょうか」
早くに就寝したこともあり、さしものセラもあっさりと目を覚ましてくれた。
いつもなら幽鬼の様になっている今の時間帯でも、文字通りに輝く様な笑顔を浮かべている。
「ああ。頼むぜ」
そして一方のケイスは、目の下に隈があった。
無理をしない為に昨日は移動しなかったというのに、見るからに睡眠不足の顔をしている。
「……国にでも寄って馬を買う手もあるけど?」
その顔を見て、セラは思わず心配を顔に張り付けて問いかけた。
「……あそこは勘弁してくれ」
が、ケイスは首を振って断った。
魔法の影響で、誰もケイスを覚えてはいないし、覚えられることもない。
それでも、ケイスは精神的には故郷を捨てたのだ。いや、逃げ出したと言うべきか。
もし仮に知り合いにあったとしても、彼等はケイスに何の反応も見せないだろう。
そこらの奴らならば別に何とも思わない。
それでも、元・家族達と出会ったら。ケイスは自分が内心で傷つくだろうと確信していた。
よって、ケイスはもうあの国に戻る気は無かった。
「そう。ま、歩きながら考えましょうか」
セラはあっさりと頷いた。
彼女としても、冗談で口にしただけなのだろうか、食い下がって来る様子は無い。
そもそも、今のケイスの状況を考えるに、交渉事はセラが行わなければならない。なにせケイスは、少し目を離せば、たちまち忘れ去られるのだ。馬など借りても、翌日には借りた馬が行方不明扱いになりかねない。
そうならないためには、人嫌いの彼女に交渉を強いることになる。
彼女に態々、そんな嫌な思いをさせる必要もないのだろう。
「ああ」
ケイスは頷き、歩き始めたセラの後を追った。
そうしながら、睡眠不足に陥った原因を思い出していた。
それは昨晩の話であった。
「…………」
ようやく雨も上がり、ケイスも自分のテントを張ろうとした。
セラに散々ごねられたが、ケイスは固辞してどうにかこうにか彼女のテントから抜け出した。
そして自分の荷物から、テントを取り出した。
そして固まった。
「どうしたの?」
不満そうに唇を尖らせてケイスを見つめていたセラは、突然固まったケイスの背中に眼を丸くして問いかけながら、屈みこむケイスの頭上から手元を見た。
ケイスが手に持つテントには、ぽっかりと穴が空いていた。
「あら。破れてるわね」
空いた穴から向こうが見える。
セラはそれを確認した後、ケイスの荷物も見た。
見事に穴が空いていた。
「……何時だ畜生」
ケイスもそれを見て、唸る様に頭を抱えた。
幾度か交戦したうちのどれかであることは間違いが無い。
頭を抱えてうんうんと唸るケイスに、セラはにっこりと笑みを浮かべた。
「気にしても仕方ないじゃないの」
セラの声は、非常に上機嫌だった。
ギクリとケイスは身を震わせて、恐る恐るセラを見上げた。
「そりゃそうだが……」
セラはケイスに満面の笑みを浮かべると、突然ケイスに背を向けた。
そして自分のテントの前で立ち止まると、
「さ、いらっしゃい」
テントを開いて言い放った。
「セラ……」
ケイスは呻いた。
しかし、セラが楽しそうに楽しそうに首を傾げた。
「なあに?昨日は一緒に寝たじゃないの。私の胸に顔を埋めて――」
「ぬおおおおおおっ!?あ、あれは!……そう、弱ってたから!」
ケイスが絶叫をあげて、セラの言葉を遮った。
あれは違うのだと、内心で叫ぶ。
あの時は心底疲れていたし、精神的にも参っていた。
だからの時は特別で――。
「本心が出たのよね?」
まるでケイスの思考を呼んでいるかのようなタイミングで、セラがにんまりと笑った。
「グゥッ!!」
思わず、ぐうの音が出た。
顔を真っ赤に染めて、それ以上の言葉を出せずに口をぱくぱくと動かすケイスに、セラは頷きかけた。
「大丈夫よ、ケイス」
ケイスは苦虫を噛み潰した様な顔で呻いた。
「……何がだ」
セラは輝く笑顔を浮かべる。
そして言い放った。
「同意の上よ。……でも、するなら、初めてはもっとロマンチックな方が嬉しいわね」
ケイスは頭の中が真っ白になった。
数瞬停止してから再起動し、何事か言い繕うかとも考えたが、思い直して口をつぐんだ。
これは何を言おうが藪蛇だ。
「ふふ。でもケイスなら、いつでも、どこでもいいわよ?」
だからセラが色気に溢れた流し目を送ってこようとも、必死で受け流そうと思った。
「……体力使えないだろうが」
最悪の言い訳が口から洩れた。
言ってから、何を言ってるんだ俺はと自己嫌悪の海に頭から突っ込んだ。
案の定、セラは我が意を得たりと頷いた。
「そうよね。だからちゃんとしたところで休まないとね?」
「…………」
初めの結論に戻ってしまった。
ケイスは最早、ぐうの音も出なくなった。
しかし、ケイスはそれからも抗戦の構えを見せた。
が、セラの口撃と、最後には腕づくによってテントに押し込まれた。
そしてケイスは理性を総動員して煩悩と戦った。
セラは気を利かせたのか、早々に横にはなってくれた。
土下座を辞さぬケイスの願いにより、背中合わせで。その代償は、果てしなく大きかったが。
背中合わせならば、なんとかやりきれると、ケイスは初めは思っていた。
まずは匂いが。そして、触れ合う背中から直接伝えられる体温が。更に、背中合わせで寝る条件として、いきなり唇を重ねられたりと。
それらのことが、ケイスの理性をガリガリと、ご機嫌な勢いで削ってくれた。
そう、削れる程度で、耐えることは出来ていた。
セラが寝るまでは。
背中から聞こえて来る規則正しい寝息を感じて、ケイスは安堵の息を吐いた。
これでおかしな絡まれ方をされる心配はなくなった。
それに、匂いと体温にも慣れて来た。
そう思い、ようやくケイスも睡眠に意識を逃げさせることが出来た。
そうなると後は早い。
ケイスはあっという間に自我を薄めて行った。
そして、うつらうつらと意識を飛ばしかけた瞬間だった。
背後から抱きしめられた。
そこからが本当の戦いだったと、今になって思う。
「?!」
ケイスは目を見開いた。
真後ろに温かい物体が居る。
細い腕が伸び、ケイスの腰に回された。
「おいっ!ちょっ!?」
ケイスは裏返った悲鳴を上げた
「ん……んん……」
しかし、その返答は意味のなさない呻き声だった。
身体を押し付けて来る。腰あたりにふくよかな何かが二つ、押し付けられる。
背中に熱い吐息を感じる。足が絡まれた。
「ん……」
身体を擦りつける様にして体勢を整えてくる。
やがて納得がいったのだろうか。
「ん」
やけに満足そうな声を最後に、セラは動かなくなった。
(ぬおおおおおおおおおおお?!)
そしてケイスも動けなくなった。
考えれば、朝起きた時は抱きしめられていた。
あれはケイスを慰める為にそうした訳ではないのではないか。
いや、寝る前にああいう体勢になっていたからそう言う意味だったのだろう。しかし、それ以前に、セラは、
(抱き癖があるのかよッ!!)
ケイスは内心頭を抱えた。
今朝の経験を思い出し、何とか脱出を図ろうと考えたのだが。
「……」
軽く体をずらしただけで、セラは何も言わずに力を強めて来た。
(起きてるんじゃねぇか!?)
ケイスはそう思ったが、後ろからは安らかな寝息が聞こえるばかり。
思わず探った気配でも、結果は変わらずだ。
動けない。動こうとしたせいで、拘束が強まった。
(どうやって寝ろってんだクソったれ!!)
ケイスは呻き、テントの壁を睨み付けた。
気付けば、陽が出ている。
それくらいの時間に、ケイスは辛うじて睡眠を取ることが出来る様になった。
それは仮眠と言っても差支えないくらいの時間ではあった。
そして、セラの起床と同時にケイスも目を覚ます。
睡眠をたっぷりと取って、寝覚め爽やかな彼女の微笑みを見ても、心拍数が上がることはなかった。
(――――ハッ?!)
そこでケイスは正気に返った。
歩きながら眠りかけたケイスは、慌てて首を振って眠気を飛ばし、セラの背中を追う。
意識を飛ばしたの一瞬だけだったようで、セラも気付いていないようだ。
ケイスもバランスを崩していないので、このまま無かったことにしようと心に決める。
そうしながら、思った。
(……保たねぇぞ)
それは果たして体力か理性か。
ケイスにもその判断は出来なかった。
その様な無意識化の襲撃があったり、セラが意図的にケイスの理性を削ってきたりと、色々あった。
たった十日間森の中を歩いた程度だったが、唇の柔らかさを理解できるようになってしまったし、セラがどういう下着を好んでいるかも分かってしまった。
それに抵抗するケイスは、精神統一のレベルが間違いなく数段階はアップした。
が、エルフの国に辿り着くまでに大人になってしまうのではないだろうか、と自分の理性に疑問を持ち始めるまでに至ってしまった。
セラにとってはあと一息、ケイスにとっては崖っぷちである。
しかし、セラにとって残念なことに、ケイスは最後の一歩がしつこかった。
(今の俺は……。――紐だ)
索敵、先導、狩り、警戒。果ては薪集めまでを一人で行うセラに対して、ケイスはせいぜい火を熾して食事の準備をするくらいだ。洗濯も危険なのでやってはいない。
そう、実際問題、ケイスは何もできていないのだ。
言わばセラに養われているようなものである。
男の甲斐性と言う、目に見えないものに支えられたケイスは、せめて自分も何か仕事が出来るようになるまではと、必死で耐え忍んでいた。
その決意も怪しくなってきたころ。
目の前に不思議な風景が広がった。
次からは物語動かし始めるので、どう頑張っても投稿できない!
頑張って書きまする




