41 観音堂の感覚
藤沢刑事は夜の闇を見つめながら、二年前の事件の記憶を思い出す。あれは雪の降り止んだ夜のことだった。田崎弥生という女子大生が殺されたということで、今日のように車で駆けつけたのだ。
その時、田崎弥生は硬い棒のようなもので後頭部を打ち破られたらしくすでに死亡した状態で、観音堂の堂内に倒れていた。
殺人現場の状況から、観音堂の密室殺人ということでテレビや新聞、SNSを賑わせたのであったが、この時、宝物館から何点か密教法具が盗まれていたのだった。
当時、宝物館はまだ防犯設備が十分ではなく、犯人を特定することはできなかった。
犯人が密教法具を何に使おうとしたのか、その点が判然としなかった。
盗まれた密教法具は、金剛杵や金剛鈴といったもので、いずれも平安時代のものであった。いずれも文化財としての価値はきわめて高く、警察はこれらの盗品が骨董品店などで取り引きされることを念頭において、さまざまなところに捜査の網を仕掛けておいた。しかし、そうした貴重な文化財が骨董品として取り引きされていたとしても、それを白緑山寺のものと特定することは容易ではなかっただろう。実際に密教法具はどこからも出てこなかった。
「二年の歳月を越えて、再び同じような事件が起こった。しかし前回は撲殺、今回は包丁による刺殺だ。今回は死体が移動されている……」
藤沢刑事は腕組みをしながら考える。
「明日は日曜日ですね。観光客が大勢訪れます。それなのに、あの観音菩薩像を拝めないのは残念ですね……」
と袴田は小さく見えている八角形の観音堂を見つめて言った。
「そんなに有名なのか。あの観音像は……」
「なんでも平安時代初期の名作らしいですね。最近の人は、あれを仏さんと見ずに美術品として見るそうですから、写真集なんかでもよく取り上げられる、本堂の阿弥陀如来坐像とあの観音像は特に人気なんです。阿弥陀如来坐像は平安時代後期のものですから、あの観音像の方が時代的にも古いもののようですし……」
と袴田は長々と説明をする。
「なんだ、お前、詳しいじゃないか、やけに……」
「いえ、そんなに……」
と袴田は恥ずかしそうに言うと、誤魔化すように腕時計を見る。
「なんだか、あの八角形の観音堂を遠くからみると、本島から離れた島みたいだな……」
と藤沢は、観音堂が本堂から百メートル近く離れている平らなところにぽつんと建っているのを見て、そんなことを言った。その先には手すりがあって、絶壁となり、付近の山並みが眺められるのだが、夜の闇の中では、ライトアップされている観音堂がまるで孤島のように浮かび上がって見えてくる。
(なんだろう、この不思議な感覚は……)
藤沢は首を傾げた。




