(2)
それから、12時間後雰風は日の光で目を覚ました。
目を覚ますと目の前には見たことのない天井が広がっていた。
「ここどこ?」とつぶやいて雰風は起き上った。
「いてっ!」頭をあげると頭のてっぺんにひどい激痛が走る。
「まだ寝てなきゃだめだよ?頭さっき縫ったばっかりなんだから」と声が聞こえた。
確かに、頭のてっぺんには大きなガーゼが貼ってある。
「雰風!ひさしぶりじゃん」と突然男が雰風の前に顔を出す。
「うわぁ!」と雰風は大きな声をあげた。
「記念すべき第一声が“うわぁ!”かよ…兄ちゃん泣いちゃう」と男は赤い髪を振り回して泣くしぐさをする。
「も…もしかして…陸兄さん?」と雰風は呟いた。
「そうそう!陸、陸!!」と陸は嬉しそうに雰風に笑いかける。
陸は6つ子の二男で、植物を操るフロラの力を持っている。
「ねぇ?陸兄さんここどこ?」
「兄さんなんて言うなよ…なんか照れるじゃん」と陸は言って苦笑いをして「ここは車の中で今、STGから逃げているところ」といった。
「STGだって!!」雰風は声をあげた。
STGとは青少年超能力者改革実行委員会のことであり、この国の超能力者の全ての管理を政府から任されている機関のことである。STGに追いかけられているということは犯罪者と同じく命の保証はなくなる。それに、いままでSTGから逃げられた者はいない…なぜなら、彼らは超能力者の中でもずば抜けて能力の高い者たちを集めた特殊集団SSCを使って犯罪者を捕まえるのである、SSCは超能力で人を殺すことを唯一許されている集団であり、雰風もこの集団に所属していた。
「なんで?STGに追いかけられているの?」
「雰風を国政強制少年超能力者更生教育収容所から連れ出したからかな?」と陸。
「収容所?違うあそこは学校だ!」と雰風。
「そうか…」と陸。
「僕を学校に返して!!」と雰風。
「それは出来ない」と助手席の金髪の男が雰風を見て言う。
「あっ…あ…アラシ兄さん?」と雰風は驚いてつぶやく。
そう雰風のほうを向いたのは6つ子の三番目、ロギアとして生まれた嵐士だった。
「ああ、久し振りだなぁ?」と嵐士はニヤリと笑うと話を続けた。
「STGはもうお前を犯罪者とする表明をだしたぜ?今頃、収容所に戻っても殺されるだけだ。」
「そんな……でっ…でも、ちゃんとした理由を話せば…」と雰風が苦し紛れにそう言うと運転席から声がした。
「残念だけど、過去一回もキープビリティの話が通った裁判は存在しないんだ。全て、一方的な裁判だからこの国が始まってから一度も無罪判決は出されたことないし、死刑以外の刑が下されたこともないんだ」
「そんなの…嘘だ!!!」と雰風は叫んだ。
「いや、本当だ。マンカイドが言うんだから間違えないよ」と陸。
「マンカイド?」と雰風。
「そうだ」と陸は言って運転席を見た。
「もしかして…壱にぃ…?」と雰風。
「そうだ」と壱。
運転席のバックミラーに壱の顔が映っていた…。
「なんで?」と雰風はつぶやいた。
もう、わけが分らなかった。なんで?10年前に離れ離れになった壱にぃ、陸、嵐士兄さんがここにいて、なぜ自分は学校ではなくここでSTGに追いかけられているのか?さっぱり分らず、雰風はこれが夢であって欲しいと思った。
しかし、雰風にはこれが夢ではないことが分かっていた。なぜなら、キープビリティの見る夢は全て予知夢か過去夢であり、その夢はどちらも見ている時はまるで写真をめくっているかのように一つ一つの場面がアバウトに照らし出され、映像が長い間映し出されることはまず予知夢は少ない。過去夢は映像の場合が多いが、その映像は過去にあった出来事のためにその画面全体がぼやけておりその画像に色鉛筆で色を塗ったというぬりえのようなアバウトな画像として映し出されるのだ。しかし、今、目の前にある画像は実にリアルに映し出されており、夢でないことが一目瞭然だった。
「6人合せて60万ベーギド…また、懸賞金が上がりましたね」と車の後部座席から声がする。
雰風はまさか!!と思って後ろを見た。
そこには銀髪の青年がノート型パソコンをいじっていた。その隣には体格の良い青い髪の青年が静かに座っていた。
「えっ?…鏡平?と燦ちゃん?」
「そのクエスチョンはなんですか?まさか自分の兄の顔を忘れたわけじゃないですよね?」と銀髪の青年、鏡平は雰風の顔を見て魔王のように笑った。
「そうじゃなくて…」と雰風は10年ぶりなのに変わらない鏡平の皮肉な言葉に怯えながらそう言って、隣にいる燦を見た。燦は無表情のまま雰風の頭を撫でると10年前より低くなった声で「おかえり」とただそれだけを呟いた。
「た…ただいま」と雰風は燦にそう返す。
「雰風…?」と燦が優しく声をかける。
「えっ?」
「涙…」
「へっ?」と雰風は燦にそう言われて初めて自分が泣いていることに気づく。
「どうした?雰風!!」と陸が慌てた声を出す。
「やっぱ頭痛いのか?」と嵐士。
「言い過ぎましたか?」と鏡平も少し慌てている。
雰風は首を振る。
燦の「おかえり」という言葉で全ての感情が溢れ出てきた。
「もう…会えないと思っていた…」と雰風はポツリと言った。
10年前のあの雨の日、幼い壱兄が血だらけで弟達の名前を呼んでいた。
強制的に施設へと連れて行かれようとする弟達に手を伸ばし、必死に…
弟達を乗せた車をもう走ることも辛いであろう血の滲みでた足で追いかけてくる兄の顔を雰風はこの10年忘れたことがなかった。
「そうか…」と陸は雰風の背中を撫でる。
「俺だって壱が国義務第一特別ロギア教育西中学校の寮に忍び込んで来なければ、身分の違う俺らがまた会うことができるなんて思ってなかったぜ?ましてや雰風に生きている内に再会できるとは…」と嵐士。
燦が雰風の頭をポンポンと三回近く優しく叩いて「泣くな…」と言った。
「うん…」と雰風は涙を拭う。
「ところで壱兄貴。逃げ切れるのか?」と嵐士。
「う〜ん…どうだろ?」と壱。
「どうだろじゃねぇだろ!!」と嵐士。
「だって…」と言う壱に嵐士は溜息を洩らす。
「あれ?ここって高速道路だよね?」と突然壱は今気づいた!とでもいうように言った。
「えっ?そうだと思うけど…」と嵐士は窓の外を見る。
「じゃあ、鏡平の出番だねぇ?」と壱は車を運転しながら笑う。
「…必要最低限で良いですか?」と鏡平はパソコンをしまいながら言う。
「いいんじゃない?たぶん十分だよ」と壱。
「STGに超能力者がいたら一瞬で壊されますよ?」
「う〜ん…たぶんいないよ、まだ朝の六時だし…」と壱。
「でも、透視とか…」
「それはないと思うよ?」と雰風が鏡平の話を裂く。
「透視してれば、僕わかるし…それに」と雰風は嵐士を見る。
「嵐士が後ろに台風を置いてきたから透視の妨害にもなっている」と壱が笑って言う。
「うん…」と雰風。
「あら?壱兄貴も雰風もなんで台風置いてきたって分かるの?」と嵐士。
「透視しょうとしたら嵐士にぃの台風で方向分らなくなった」と雰風。
「ラジオで台風情報やっているんだ」と壱。
「あらあら?俺迷惑かけている?」と嵐士はいたずらをしたように笑った。
「ですね?」と鏡平は皮肉のように言い、
「でも、なんとか逃げられそうですね?」と壱に言った。
その瞬間、六人を乗せた車の後ろの道路が盛り上がった。
そして、その道路はどんどん成長しやがて空に届きそうな大きな壁が道路を塞いだ。
後ろから追いかけていたSTGの車は急ブレーキをかけて止まりその後ろから来た一般車も立ち往生した。
STGの車から出てきた男がそれを見上げて呟いた。
「…これは…リードの力…しかし、こんな短時間で壁が作れる奴がいたとは…」彼は背筋が凍った感覚を覚えながら、STGの本部に連絡した。
「脱獄者。捕獲失敗。突然道路に立ちふさがる壁出現、すぐ写真送る」
STGの本部に道路を立ちふさぐ壁の写真が送られると委員達は騒ぎ始めた。
「こんな壁を作れるのはリードしかいない…」
「短時間でこんな大きな壁を作れる能力者はそう多くはないだろう?RUGに連絡しろ!!」
「超能力者達はどうした?何!!台風で力がつかえない?誰だ!台風をつくったのは!!!」
STGは脱獄者が逃げられるという異常な事態に混乱していた。