第3話−3〜頼もしき援軍〜
セリカ先生の言っていたとおり、南に向かって一時間ほど進むと分かれ道に出て、その中央にはそれぞれの行き先を示す看板が立っていた。
「左は港町ミンフェン、右がバージェの森…か」
今回はミンフェンに行く用事はないので、迷わず右へ行く。
ミンフェンの港町は僕がファトシュレーンに入学するために定期船を利用して以来だからかれこれ三年ほどになる。港町としてはかなり小規模でどちらかというと定期船の出入りにしか使われていないような港だ。そのため、海にいけばよくあるシーフードというものはミンフェンにはあまり置かれていない。レストランとかもレアードにあるような主に肉や野菜を中心としたメニューが多かった覚えがある。レストランから見える海はとても綺麗なんだけどな。
さてと、いよいよバージェの森か。エスカルの森に比べると、かなり空気がおいしくて清々しい。こういうのを天然の森っていうんだろうな。
獣道を進みながら、僕は記憶しておいたハープの葉のコピー映像を魔法力で映し出す。
「この形の葉っぱを見つければいいんだな」
森の中には確かに木々の葉っぱが鮮やかに色づいているが、この中からハープの葉を見つけるのは至難の業である。木の枝についている葉や落ちている葉を一枚一枚調べながらコピー映像と比べる。
(色は緑だから、この森のほとんどの葉っぱは当てはまるんだよな。後は形と大きさなんだけど)
見たところ、ハープの葉は左右に分かれてちょうど果物か何かの新芽のような形をしていることから、きっと何かの木に枝についているわけではなく、地面に植わっているものだろうと思うけど…。
「そんなにむきになってなにを探しているんだい?」
「!?」
軽い感じなのに、どこか不気味なこの声は…。
「ヴァイス!!」
「お、名前覚えていてくれたのか。これは光栄だねぇ」
木の上に座っているヴァイスはケタケタと笑う。
「今日はお仲間とは一緒じゃないのかい?」
「お前には関係ないだろう…?」
「おやおや冷たいなぁ!?こうしてまた遊びに来てやったって言うのにさぁ」
「黙れ!またファトシュレーンを攻撃しにきたのか!お前達の主の目的は何なんだ!?」
「さぁ?あいつらの目的なんか知ったことじゃないし。それに、俺の主ってのは語弊だぜ?俺はあいつらの見方についた覚えなんざねぇ」
「え?」
「能力的に俺達より劣っている人間どもに付く義理なんざ持ってないって言っているのさ」
「じゃあ、お前はどうしてファトシュレーンを攻撃した!?」
「そんなもの決まっているじゃねぇかぁ!」
ヴァイスが馬鹿笑いをしながら両手を上にかざす。
「血だよ血。じわじわとなぶりながら血を噴出し、倒れ、死んでいく人間どものあの哀れな姿を見たいがためさぁ!」
「なんて狂った感情だ…」
「どうとでも言えよ。所詮、人間と魔物ってのは相容れない者同士だしな。さぁて、ここで会ったのも何かの縁だ。ちょっとの間、俺の遊びに付き合ってもらうぜぇ…」
ヴァイスは長い舌で自分の唇を舐めまわすと、木から飛び降りた。それに反応した周囲の木々がうねうねと動き出す。
「さっきまでただの木だったのに…?」
「くっくっく、驚いたかよ。だが、この程度の擬態能力も見抜けないなんざますます人間てのは下等生物だよな」
「………」
僕は静かに剣を構える。
くそ、何でよりにもよってこんなところでこんな奴と会ってしまうんだよ。僕一人でどうにかなる相手じゃない。
ここは逃げるしかない。逃げながら先生達に念話で応援を頼むしかない!
「くっくっく、安心しろぉ。まずはこいつらでお前のウォームアップをしてやるからな」
ヴァイスが片手を上げると、木に化けていた魔物達がじわじわと僕との距離をつめる。
「うわあああ!」
僕は炎の魔法を剣に宿し、突進した。
「ぶらぁぁんち、にぃどるぅー!!」
魔物の一体が自分の枝を飛ばし、僕の動きを牽制する。その隙にもう一体の葉っぱによるビンタを食らう。
「まだまだ!」
僕はビンタをするために近づいてきた木の魔物を剣で斬りつける。
「火炎裂波!」
「キシャアアアアアア!!!」
炎をまとった斬撃が木の魔物を足元から焼き尽くす。
「よし、次!」
僕はそのまま近づいてくるもう一体に炎の魔法を浴びせるが、生半可な炎では逆に奴の攻撃性能を上げてしまうことになり、返って危険だった。
燃えた枝や葉が僕に容赦なく襲い掛かる。
「くそ、これじゃ手がつけられないな」
魔物自体も自分の体が燃えていることでかなり混乱しているのだろう。辺りの普通の木や草まで燃やしにかかっている。
ポロロン。
『!?』
何だ?
森の中なのに竪琴の音色が聞こえる?そして、竪琴の伴奏に合わせるように綺麗なテノールが魔物の気を落ち着かせている。
「今よ、セシル君!」
魔物の後ろから聞こえた声に従い、僕は氷の魔法で作った矢で木の魔物を貫いた。
「誰だ!?」
ヴァイスが叫んだ。
その声に応えるようにふたりの男女がヴァイスを挟むように現れた。
「クルツさん、メリッサさん!?」
「セシル君、無事か!?」
「は、はい。でも、お二人はどうしてここに…?」
「話は後だ。今は目の前の敵を倒すことに集中しようぜ」
「は、はい!」
突然の助っ人がまさかこのふたりでということには正直驚いたが、この二人と一緒ならば、ヴァイスに一泡吹かせてやれるかもしれない。
「気にいらねぇな。人の遊びを邪魔する奴は…」
「何が遊びだ。遊ぶならもう少し明るい遊びをしろってんだ、この陰険野郎」
クルツさんは竪琴をしまい、腰の剣を構える。
「クルツさん、メリッサさん気をつけて!こいつは…」
「ああ、すべて聞いているぜ。とんでもない悪漢だってこともな」
「お二人とも、どうしてそこまで知って…」
「死にさらせぇ!」
ヴァイスの声と同時にハッと我に返った。
(まずい!今からじゃよけきれない!)
僕が気づいたときにはヴァイスの顔が目前に迫っていた。
「時間よ、我が魔力にて停止せよ!フラッシュストッパー!」
メリッサさんが魔法を唱えるや否や、まばゆい光がヴァイスに降り注ぐ。
「ぐぁ!」
閃光に包まれ、ヴァイスの動きが止まる。
「セシル君、早く間合いを取って!いくら高等魔法といえど、時間を止める術は長くは持たないわ!」
これも高等魔法の一つ!?どの魔法研究でも時間を止めることができるなんて聞いたことがなかったのに。高等魔法はそれすらやってのけるのか!?
「ちっくしょう。何なんだ、今の閃光は…」
少し時間が経ち、ヴァイスが時の凍結から醒める。その間に僕達三人の魔法がヴァイスに集中放火する。
「うおわわぁー!」
ヴァイスが雄叫びにも似た悲鳴をあげる。
(効いている?この間の戦いの時はまったく効かなかったのに…)
「くっそ。何だよ、この間よりもかなり違うじゃねぇかよ…」
「大道芸人をなめるなよ。世界を旅して回っている分、戦闘は手馴れているからな!」
「ち、威勢がいいこって…」
ヴァイスは舌打ちをしながら、もう一度攻撃態勢に入る。
狙いは……この三人の中では一番弱い僕!
僕はサッと身をかわし、ヴァイスの直接攻撃をよける。そして、狙っていたかのように、ヴァイスにクルツさんとメリッサさんの魔法の集中砲火が浴びせられる。
「ち、パーティのリーダー格っぽいお前を倒せば少しは楽になるかと思ったのに、世の中思い通りにはいかないねぇ…」
さっきまでとはうって違い、おどけた表情で言うヴァイス。
「ここは一度帰るかな……と」
ヴァイスはそう言うと、この間のように転移の術で一瞬に虚空に消えてしまった。