前奏曲
△▼朝5時に目覚めた緋音は昨晩の事を思いだし顔を赤らめる。が、寝る前にいろいろと整理していたことにより体勢を立て直し、洗い損ねた体を洗うためにすぐに風呂に入り直す。
「はぁ…結局、妹としてしか見られてなかったんだよね。なんでこう…同い年なんだしもう少し大人に見ても良いと思うんだけど?胸は…ペタペタだし身長も低いけど、お兄ちゃんが知らないところで私だって…!!」
喉まで出掛けた瞬間はっと気付き、その先の言葉を飲み込む。緋音は言っても虚しいだけ、さらには言葉にしてはいけないことだと思い至る。緋音は脱力し、湯船に浸かるのはあきらめて部屋に戻ることにした。
▲▽
一方朝6時に目を覚ました瑠璃也は昨晩のことを思いだし頭を傾げる。
「緋音から誘ってきたのに、なにを恥ずかしがってたんだ?兄妹なのに。股間は蹴られるわ追撃受けるわで意味がわからん」
あくまでも緋音を妹としてしか見ていない瑠璃也は昨晩についての仕打ちの理由を考えるが、寝る前に十分に考えた上でわからない、と答えを出していた。一度答えを出した気持ちについてもう一度考えるのはもはや無意味に等しく、時間も無駄だ。今日瑠璃也は朝食当番なので浪費する時間はない。
「さてと、今日の朝マフィンは焼きましょうかね」
瑠璃也も緋音もマフィンが好物だ。マフィンと言ってもイングリッシュマフィンで、焼いたマフィンもおいしく食べるが、マフィンを焼かずにカットトマトなどの具材をのせただけのマフィンもおいしく食べる。朝は頻繁にマフィンが出るのだ。
マフィンをフライパンで熱する瑠璃也。この時代になるとやはり全自動で料理を作る機械はあるが、瑠璃也も緋音も自分で作った方が好みにできて美味しいという理由でほとんど自分で料理するのだ。
「よし、完成。今日はこのままでいこうか…あとは緋音を呼ぶだけだな。緋音ー!!…緋音?緋音~?」
いつもは呼んだらすぐに来るのに、と不思議がる瑠璃也。無自覚にも程があるというものだが、おいそれと何十年もの時間を過ごした瑠璃也はそれを崩すことができないらしい。
「仕方ない、呼びにいくか」
緋音の部屋へと向かう瑠璃也。瑠璃也の部屋も緋音の部屋も2階にあり、距離も近いというか正面だ。
「緋音?朝食のマフィンが焼けたぞ?緋音~…分かった。分かったから許してくれ。昨日のことは謝るから」
「現在進行形で謝ってほしいんですけど」
瑠璃也が謝罪したとたんにドアを開ける緋音。瑠璃也が思うよりも案外早く出てきた緋音に少し戸惑うが、体勢を立て直す。
「なんだ、いるじゃないか」
「ほらやっぱり。どうせ何が悪かったのか~とか考えてたんでしょ?」
「うっ」
緋音に図星を指される瑠璃也。いまでもいまいち理解していない上になぜ現在進行形で謝ってほしいのかも理解していない瑠璃也はかなりのものだろう。
「でもしょうがないからお兄ちゃんのマフィン1つで許してあげる。さ、早く食べに降りよ」
「はいはい」
食えない奴だと瑠璃也は毒づきながらも、許してもらえたことに安堵する。瑠璃也は先に降りた緋音に追い付くように歩き出すのだった。
「今日も絶妙な焼き加減」
「当然だ」
ここ3年、マフィンを食べるときは毎回やっているやり取りだ。緋音のときも瑠璃也のときも変わらず好みの焼き加減…だけでなくその日の気分によっても変わるためになかなかに毎日絶妙な焼き加減というには難しいはずなのだが。
「それじゃ、約束通り1つ貰うね」
「はいはい。こちらをどうぞお嬢様」
瑠璃也は焼いてバターを塗っただけのマフィンを緋音の皿に移す。緋音はそれを幸せそうに頬張り、瑠璃也に一言。
「少し硬い」
「緋音と俺とじゃ好みが違うんだよ」
肉体的な性別の違いで顎の強さも関係しているのだろう。味等に関しては好みは同じで、自分の好きな物は片方も好みという見事な双子なのだが。
「まぁ少し硬いのも歯ごたえがあっていいかな?ご馳走様でした」
「ご馳走さま」
緋音はそのまま立ち上がりコーヒーを入れる。瑠璃也は食器を片付けシンクに持っていき洗う。フライパン、皿2つ、バターナイフと手間はかからない。瑠璃也がすぐに洗い物を終えると、ちょうど緋音がコーヒーをカップに入れる所だった。
「はい」
「ありがとさん」
これが朝の日課だ。当番制で瑠璃也がコーヒーを入れたりと違いはあるが、やはり双子、味も似るためにあまり違いが無く思えるのだ。
「んじゃ、そろそろいくか」
「はーい」
瑠璃也と緋音は部屋に鞄を取りに行ってから靴を履いて玄関を出る。そこにちょうど翠沙が歩いて来るのが見えた。
「おはよーるーくん」
「おはよう翠沙。今日もグッドタイミングだな」
「おはよう翠沙お姉ちゃん!」
瑠璃也達はいつものように軽く挨拶をして共に歩き出す。中学時代から変わらないやり取りだ。
「今日からもう授業なんだってな」
「そうだね。教科書は忘れないで持ってきた?」
「もちろん」
そんな日常と化した会話をし、中学とほぼ変わらない学校生活を送り瑠璃也は1日を終える。
月日は流れ夏休み。中間テスト、体育祭、期末テストを終え解放感に浸れる長期的な休みだ。綿密な予定を組む者もいれば行き当たりばったりの気分で過ごす者もいる。瑠璃也はどちらかというと圧倒的に気分屋だ。今年も行き当たりばったりの夏休みになることだろう。とりあえず決まっているのは最終週に宿題を全て終わらせることくらいか。よって、瑠璃也は夏休みに誘われたら余程嫌なこと以外だったら基本断らない。
「みんなで一緒に海行かない?」
「あ、私行きたい!お兄ちゃんは?」
「いいぞ。明日な」
「え、あ、うん。早いね」
断らないがせっかちなのだ。
「そうと決まれば今日のうちに準備しないと。21時まで残り15時間…緋音ちゃん一緒に買い物いこう?」
「おっけー今すぐ準備してくるね」
緋音はトッタトッタと階段を上っていく。
現時刻は午前6時半ば。すこし早めの時間だが、夏休みは無駄にしない瑠璃也。それに同調する翠沙と緋音も同じ穴の貉か。
「私みんなに連絡するね」
「重三と遠士郎になら連絡しといたぞ」
「あ、うん。早いね…じゃ私も2人くらい呼ぼうかな。」
「お待たせ!何の話?」
緋音が準備を終わらせ戻ってくる。
「緋音ちゃんも早いね…友達を呼ぶって話してたんだよ」
「あ、それなら私冬迦ちゃん呼んでいい?」
「もちろん」
緋音は脳内でAR型電話PCを操り相良冬迦に電話をかける。夏休みの初日ということもあり冬迦もいつも通り早く起きていたのだろうか、すぐに電話に出たようだ。
「あ、もしもし?冬迦ちゃん?明日海行くんだけど一緒にどう?うん、行く行く。それでね、これからいろいろ準備するために翠沙お姉ちゃんと買い物に行くんだけど暇だったらこれから一緒に行かない?りょーかい!それじゃ、7時に迎えに行くね。え、早い?気にしない気にしない。じゃ、またあとでね」
緋音は電話を切り部屋に戻る。翠沙はもう準備を済ませて瑠璃也の家に来ているので、準備をする必要もなくすぐに出発できる。
「それじゃ、ローネさんよろしく!」
「かしこまりました。相良様のご自宅でございますね」
玄関に行くとメイドのローネンが車を準備して待っていた。それに乗り込む翠沙と緋音。
「それじゃ、お兄ちゃん。いってきます」
「いってきます」
緋音は大きく、翠沙は小さく手を振り遠ざかる。それを見届けた瑠璃也は部屋に戻ると、並列通話を始める。
「重三、遠士郎。さっき連絡した通り、明日、海にいく。分かるな?」
「ああ」
「ええ」
それだけ言い、瑠璃也は通話を終える。しかし再度操作し、複数に電話をかけ始める。
「もしもし?あぁ。それでだ。明日そちらに向かうことにした。よろしく…………もしもし?ご苦労。でだ。明日そちらを利用しようと思っているからよろしく頼む。あぁ。じゃ、明日…………もしもし?明日、海にいくことにしたから出してくれ。うーむ…10人は越えない予定だな。あぁ、よろしく頼む……うむ。まぁこんなものか?」
瑠璃也は俺の仕事は終わったとばかりにベッドに寝転がる。瑠璃也の仕事は大まかに言うとアポイントメントだ。久和は道路ナビゲーション上での貸し切り。桐谷は当日来てしまった客への対応の根回しだ。根回しと言っても入り口に従業員を立たせ、詫びと共に商品券を渡すという作業で、短期バイトのような物だ。もちろん給料は黒藤財閥持ち。というよりも、日本の経済状況は黒藤財閥の経済状況といっても過言ではないほどなのだ。国の上層部等はほぼ黒藤財閥の息がかかっており、黒藤財閥が支配しているも同然なこの国の状況をよく思っていない政治家や国民もいるが、黒藤財閥が磐石で強大過ぎるために敵意を失っている状況だ。そして、黒藤財閥はその莫大な財力を生産や発展に回しているため、外国も下手に手を出せばその財力を駆使されるどころか一手間で経済状況を狂わされることを理解している。だが、強大すぎるモノを排除しようとする人間の性質は変わらず…力をつけすぎれば不幸が待ち受けているのは必ずと言ってもいい。それを理解している今の当主、つまり瑠璃也の父黒藤和也は民間人との交流を深めるために世界を旅しているのだ。経営は和也からの指令書を持っている白江家がやっているようで、問題ない。
「お、重三、遠士郎。終わったか?」
「あぁ、準備は出来てるぜ!!」
「こちらも人が集まったようです。信用に足る人材なので、よほどの事がない限り人が入るということはないでしょう」
「おっしゃ!んじゃ、いろいろ買いに行こうぜ。とりあえず3日間貸し切りだもんな」
「えぇ、3日間働いてもらいます」
「…え?いや、1泊じゃねーの?」
「え?」
「え?」
「いやいや、3日も海いてどうすんだよ。やることねーだろ。バーベキューも2日連続でしたくねぇよ。俺らだけだったら無人島でサバイバルでもするが、女子も混ざってるんだぜ?」
どうやら少しずれていたようで、この後それを修正するためにじっくり話し合わなければいけない3人であった。




