高校三年、進学前のこと
桜の舞う頃、3月も終盤。二人は積み上がったダンボールを見上げて溜息をついた。
「おかしい。最低限の荷物にしたハズなのだが」
「こっちもだ。なんでこんなダンボールテトリスになってるんだ」
「並べて消えればいいんだがな」
「消えねぇな」
第一志望に二人そろって合格したのが、つい先日のこと。合格通知を貰ってからの二人は素早く動き、すぐさま家を契約して引っ越した。ダラダラしていると引っ越した後で「あれが無い」なんて騒ぎになりますよという榎本のアドバイスに従った結果だった。
引越し先で新しいものを買うことを見越し、荷物は最低限にしようと前々から決めていて。家具だの電化製品などは持ってきていない。あるのは衣服と本ぐらいのものなのだが…その本が多かった。それでも一般的な引っ越しより遥かに物が少ないのだが。
二人はごろんと床に寝転ぶ。マットも何も敷いていない硬いフローリングは、まだひやりと冷たい。
「広いな」
二人は大学から少し離れたところの部屋を借りた。閑静な住宅街にある2LDK、学生が住むには広すぎる。それこそ二人揃って寝転んでも余裕があるほどだ。
「これから色々揃えるから、すぐ狭く感じるだろ」
「そうだろうか?寝室は1つだぞ」
「なっ、おま、それ」
「違うのか?」
「違わねぇ!」
瑠璃は呑気に「買ったベッドのサイズが合えばいいのだが」なんてぼやいている。家具を買いに行った時、迷わずクイーンサイズを選んだ。おかげで部屋の1つがベッドで潰されそうである。店員にしれっと「同棲するので大きなベッドを」と説明した時は目眩がしたものだった。
響はぎゅうと瑠璃の手をにぎる。
「瑠璃」
「なんだ?」
「お前はいいのかよ?」
中学生の頃からずっと瑠璃を諦められなくて、ここまで走ってしまった。だけど瑠璃はそんな響と一緒に人生を選んでしまって良かったのだろうか、今更ながらそんな不安にかられる。
瑠璃はべちんと響の顔を叩いた。
「私は嫌な時はちゃんと言える」
「いやまあ、そうなんだけどよ」
手に力をこめて握り返し、瑠璃はフローリングに顔を押し付けた。髪に隠れた耳は、びっくりするほど赤く染まっている。
「今だから白状するが」
「うん?」
「諦められなかったのは私も同じだというわけだ」
は、という声がでる。そんな響を無視して瑠璃は話を続けた。フローリングに吐息が吸い込まれて聞き取りづらい台詞を、逃さないよう耳をそばだてる。
「お前に告白された時に返事を保留してしまったのは、私では重すぎると思っていたからだ。だが、それを理由に断れなかった時点で答えは出ていたのだろう」
ぐうと息が詰まる。響も瑠璃も、とっくの昔に互いのことが好きだったのだ。ちょっとやそっとじゃ諦められないほど、受験だの距離だので片付けられないほどには。
響だけが一方的に愛しているように見えて、瑠璃も同じ量の愛情を返している。
「瑠璃」
「うん?」
「すげー好き」
若気の至りなんかじゃ片付けられないほどに、人生を左右するほどに。荒波に逆らうように船を漕いで、気がつけば二人で遠くに来てしまった。そしてそれは、きっとこれからも。
「もう1つ白状してもいいか」
「んー?」
互いの呼吸音が聞こえるほどに近づいて、瑠璃は響の耳に声を吹き込む。それはひどく熱を帯びた艶っぽい声だった。
「私はお前が思っているより二人暮らしを待ち望んでいたんだ」
「お、おう?それは嬉しいけどよ」
「早くベッドが届けと思うぐらいには」
ばっと距離をとる。妖艶に微笑む瑠璃を見て、響の顔はみるみるうちに赤くなった。恋人と二人暮らしで、邪な気持ちがなかったわけではない。それは瑠璃も同じだったという、それだけのこと。それでも実際に誘われれば恥ずかしくもなる、同時に嬉しくも。
「あー、その、あれだ」
「どれだ」
「不束者ですが」
「なんだそれは」
二人でくすくすと笑って、もう一度と手を握り合う。
この時間が止まってしまえばいいのにと思う反面、もっと大人になって二人で色んな事ができればいいのになんて話しあった。学生の時に燃やした混沌も混乱も狂熱も、未だ冷めそうにない。
また新たな春がやってくる。