終章
「おーい、藤澤」
友だちが向こうから琉生を呼ぶ。気づいた琉生は笑いかけた。
体はもう問題ない。目が覚めてからも半月くらい入院していたし、退院した後もしばらくは自分一人だとかろうじて歩けてもベッドから起きることすら困難だったが、ようやく最近走ったりすることもできるようになった。
琉生はやはり刺されていた。
塾帰りに立ち寄ったコンビニエンスストアで、運悪く強盗犯に襲われたらしい。病院へ運ばれた時はそうとう重傷で、親も覚悟するよう言われたらしいが、何とか一命を取り留めたのだという。だがずっと目覚めず、母親がひたすら毎日通ってくれていたらしい。また父親も仕事が休みの日は時間の許す限り付き添ってくれていたと聞いた。
ただ、戻ってきたはずの世界から流輝の存在が消えた。何とか琉生が流輝からの伝言を母親に伝えた時は、確かに母親は涙を流しながら受け止めてくれていたはずだというのに。
父親が駆けつけた時も一度目が覚めて、でもまだ体力が駄目だったのか、それともまた泣いてしまったせいなのかわからないがあまり喋られず、それでもかろうじて「キャンプ行けなくてごめんって……」とは伝えたはずだ。その時も父親は珍しく涙を流しながら頷いていたはずだった。
だが、その後もう少し長く起きていられるようになってから改めて二人に流輝の話をすると、二人ともに首を傾げられた。
琉生は一人っ子になっていた。
どういうことなのだろう。もしかしたら漫画でよくあるような、異世界へ行ったら元の世界では記憶や存在が消えるってやつなのだろうか。
退院して帰宅しても家具やら服やら全て琉生のものしかなかった。
はっきり言ってつらい。何より、大切な両親が大切な流輝の存在を忘れている、というか完全になかったものになっているのが、つらい。とはいえ「思い出して」と無茶を言っても両親を困らせるだけなのだろう。両親の中では忘れているというレベルではなく、最初からなかったものになっているのだろうから。
流輝のことはこの世界では誰とも話せない。つらいが、仕方がない。
でも……父さんと母さんが流輝の存在忘れてても、俺だけは絶対に忘れない。何があっても。
琉生は心に誓った。今後自分もどうなるかわからない。絶対に流輝の存在がずっと残っているという保証はない。だが琉生は間違いなく流輝と双子としてこの世界に生まれ、そして「光の救世主」としてあちらの世界へ行った。このかけがえのない事実と記憶だけは例え色褪せようが忘れない。
ずっと願っていた。もう一度、モリーナと、と。そして流輝と過ごせたあの時間を忘れたくない。何があっても。
「今行くよ」
琉生はエペ剣が収納された鞄を持ち直し、友だちの方へ駆け出した。
「ほーら、ルイ。高い高いだ」
流輝はまだ小さな子どもを両腕で持ち上げて笑いかけた。子どもが楽しげに笑う。
「リキ。絶対落としちゃ嫌だからね」
「落とすかよ。なー、ルイ」
「お義母様、この人こんなこと言って、この間ルイを落としかけて慌てて抱き留めてたんですよ」
「まあ」
「あ、ローザリア! 言うなよ! お母さんにだけは言うなって」
流輝が慌てて向き直ると、ローザリアとカルナがティータイムを楽しみながら笑っている。流輝がもし万が一大事なルイを落としかけても魔法ですぐ支えるのがわかっているのだろう。でもルイを落としかけたこと自体が許しがたいローザリアにはその後かなり叱られていた。
琉生が元の世界へ帰ってから数年経っていた。あの後ローザリアと結婚した流輝は、生まれた子どもに「ルイ」と名付けていた。言い出したのはローザリアのほうだ。
カルナは「この子はきっと誰よりも優しい穏やかな子になる」などと言ってくれる。
そう、琉生のように。
「そういえばリキ。ルバスとアリアンが次の休暇に遊びに来るって。ルバスのところにアリアンが泊まりに来るらしくて」
「おお。んじゃ休み、合わせるか。あとでキャスやフラン、ソリアにも言っておくよ」
「うん」
ローザリアは改めて流輝と我が子を優しく見つめた後、部屋の奥へ目をやった。先ほどから黙って茶を飲んでいたモリスも同じように一枚の絵画を見つめている。
絵画にはタイトルがあった。
『光と闇の最後の英雄』
そしてその絵に描かれているのは琉生と流輝だった。
「よーし、ルイ。パパと絵本読もうな」
最初は手慣れていなかったが今は慣れたもので、流輝はルイを片手で抱きながら子ども用のスペースへと歩いて行く。そして一冊の絵本を手に取った。
「……忘れちゃいけない俺の戒めと……、よし、ルイ。この話はずっと伝えてかなきゃいけない大切な絵本だからなー。お、そうか。ルイは好きかー? この話」
小さく呟いた後、流輝はルイを下ろし、喜んでいるルイに話しかけながら自分の足の間に座らせた。
『昔、双子の創造神がいた。
アリータ神は、剣技に優れ、「癒し」と「浄化」の力を。
モリーナ神は、魔法の力に優れ、「安らぎ」と「眠り」の力を。
どちらも優し力で、そして二人の絆は深く、いつも一緒だった。
ある時、モリーナ神は人間に憧れ降り立った。
アリータ神は深く深く寂しさから心を閉ざし、世界に背を向けた。
だが、心のとても綺麗な優しいモリーナ神にとって世界は残酷だった。
優しいモリーナ神は疲れ果て、闇の魔力は黒く濁り暴走してしまった。
アリータ神は、背を向けていた事に後悔した。
己の行いに深く傷つき反省したモリーナ神は、世界の濁った闇の魔力を消す長い長い旅に出る。
アリータ神も、共にそれを手伝った。
そして、長い旅の終わりに、互いに大切なものが出来た。
二人は再び別れることになるが、二人の絆はどこまでも、深く、深く繋がっていた。』
絵本を一緒に読んでいた双子の少年たちは読み終えるとその絵本を閉じた。数百年前からこの国に伝わる有名な童話で、双子の大好きな絵本の一つだった。昔から何度も読み返しているせいで少しボロボロになってきている。
「モリー、アリー。おやつ食べにきなさい」
向こうの方で母親が双子を呼んでいる声が聞こえた。呼ばれた双子は仲よく手をつなぎ、母親の元へ走っていく。
繋がれた二人の手首には白く美しい絆の輪が刻まれていた。
『我 愛しき創造神に、再び出会える祝福を』




