114話
「どうかモリーナの魂を」
アリータ神の願いを聖神アスルガルタは受け入れ、救いの手を差し伸べてくれた。モリーナ神に罪を償わせるチャンスを与えてくれた。
『濁った闇の魔力に対抗する光の魔力で六回、世界を救いなさい』
それが聖杯に光の魔力を注ぐことだった。その力で世界に広がってしまった、濁った闇の魔力を消すことができる。
だが、それに必要な光の魔力量は途方もない量だった。一度では神であっても足りないほどの量だ。その上、モリーナ神には光の魔力など持ち合わせていなかった。
「私が力を授ける」
アリータ神がモリーナ神に光の魔力を授けることで、モリーナ神が自らの手で光の神殿にある聖杯にありったけの力を注ぐ。それを時間を開け繰り返すことで途方もない量が必要である聖杯は満たされ、光の魔力は世界に広がってしまった濁った闇の魔力を消すことができる。
そのため、作られた光の神殿は役目であるモリーナ神しか入られないようアリータ神によって結界が張られた。
毎回、あらん限りの力を聖杯に注ぐことで、そこに描かれた五芒星の一つ一つが満たされていく。線に囲われた中は全部で六つ。六回繰り返すことが罪を償うための罰だった。
モリーナの魂はそのため、自らの精神を歪めてしまった人間のあらゆる世界で転生を繰り返していた。当然だが、転生後に自身の記憶はない。ただひたすら人間として生き、酸いも甘いも味わい、そして時が満ちれば召喚され、力を注ぎほぼ使い果たしては自分を思い出して罪を嘆き、また元の世界へと戻っていき、人間として残りの生を記憶など抱えたまま全うする。
モリーナの魂が人間として生まれるであろう周期はおよそ三百年。それをアリータ神が予期して人間たちに神託として残し、人間はモリーナ神のことを知らないまま光の救世主として召喚していた。
途方もない長さを、そうして繰り返していた。
流輝はひたすら涙を流した。
琉生は床に浮かび上がる五芒星をそっと眺める。そこは歴代の「光の救世主」たちが聖杯に注ぐことにより溜め込まれた光の魔力に満ちていた。
「……五芒星に魔力が満たされた時、それは完成し、世界に広がった濁った闇の魔力が浄化され消え去る……」
琉生は呟いた。
そして本来の優しい闇の魔力に戻る。
本来は安らぎと安定さを授けると言われていたはずの闇の魔力は精神系の魔法であり、繊細で優しいが故に「悪」にも簡単に染まってしまう。
人間に追いやられ、追い詰められてしまった弱った魂は暴走してしまったものの、そのまま突き進むのでなくのちに我に返ることができたのは元々神の魂だったからだろうか。錬金術師が普通の人間だったならば完全に濁った闇に染まりきり落ちてしまっていただろうか。
とはいえ、完全に人間だったならばそもそも人間の手で闇魔法を作り出し、魔獣や魔族を作り出すことは不可能だっただろう。
「魔獣が蔓延る世界にしたのも魔族を生み出したのも、モールザ王国をあんな目に遭わせてしまったのも……全部俺のせいだ……なのに何もかも忘れていたなんて……今さら罪をあがなうため思い出すなんて……」
流輝が呟きながら嘆き悲しんでいる。
多分、記憶がなくても本当ならば流輝も闇の魔力は使えたのだろう。だが強い罪の意識により、無意識に封じていたのではないだろうか。厳重に封じていたから、本人どころかソリアさえ気づけなかったし、調べてもわからなかったのだろう。
その流輝が今、思い出してとても嘆き悲しんでいる。
流輝を支えるように抱きしめていた琉生はさらにぎゅっと抱きしめた。そして目を瞑る。
琉生自身も理解した。自分が光の神アリータの魂の欠片から生まれたものだったと。本当ならばここに召喚された時に完全なるアリータ神の魂となるはずだったことを。
ただ、今の自分がアリータ神の魂の欠片でしかなくとも、過去のことは今受けた傷のように覚えている。
モリーナ神が人間に憧れ、自分のそばから去っていった時の悲しみも昨日のことのように覚えている。
モリーナ神が去った後、アリータ神はひたすら悲しくて寂しかった。いつもそばにいた大切な片割れがいない日々はつらく、苦しかった。
それでも自分は自分が創り出した世界を責任もって見守らなければならない。
ある日、新たにアリータ神の手によって生まれた世界の中に、モリーナ神の魂を持つ人間が生まれたことを知った。アリーナ神は特別その人間から目が離せなかった。
その人間は神の魂であったがために、優しく純粋だった。それ故に、人間の世界で生きるには弱く、脆すぎた。
アリーナ神はその魂の輪廻をただ見守った。見ているだけしかできないことがあまりにつらかったが、干渉の許されないアリーナ神はただ見守った。
人間らしく染まって欲しいとまでは思わないが、どうか、人間として生きることを選択したならば強くあれとそして願った。
だが、必死にあがいているその魂をアリーナ神は見ていたくなくて、とうとう背中を向けてしまった。その隙に魔が差したのだろう。モリーナだった魂はとうとう闇の力を暴走させてしまった。
背を向けるのではなかった。気づくのが遅かった。
ぎゅっと抱きしめながら琉生は流輝に「俺のせいでもある」と囁く。
「ごめんね……。決まり事なんて無視して助けるべきだったんだ」
「お前は悪くない……」
「ううん。見守ることすらできずに背を向けた俺の責任でもある。干渉できなくとも、魔が差すことは防げたと思う」
「違う。お前は悪くない。お前が止めるのも聞かず人間に憧れて、そして未熟すぎた俺が弱すぎたからだ」
そんな二人の目の前に、先ほどからゆっくりと近づいてきていたアリータ神が立った。




