112話
光の魔力に満たされた光の神殿。
もちろん金ピカの建物ではない、普通の石造りの塔や防護壁だ。それでも光魔法が満ちているからか、近くで見ると心なしか黄金に光って見えるような気もする。先日までの戦いの時はこんな風ではなかった。
「綺麗ね。普通の石だろうけど、何だかキラキラ光ってるように見える」
ローザリアがため息をつきながら神殿を見上げている。
流輝も見上げた。
今からここに入って聖杯に光魔法を満たすという儀式を行う。その後どうなるかは明確ではないらしい。
もしかしたら本当に消えてしまうかもしれないし、もしかしたら来た時に突然呼ばれたように、突然元の世界へ飛ばされるのかもしれない。
ローザリアを慰めるため「俺は戻ってくるから」と言ったりしたが、正直なところ流輝にもわからないため、全く不安がないとは言えない。
せめてローザリアを抱いておくべきだったんじゃ?
思わずそんな不謹慎なことさえ考えてしまう。だがその後に「いやいや、本当に俺がいなくなっちゃうなら俺がローザリアを汚す権利なんてねーだろ」と思い直す。
流輝がそんなことを考えている間に、伝統なのか知らないが神殿前で聖職者たちが何やら儀式を始めた。見ていても魔力すら感じられないし、全くもって形だけの儀式なのだろう。この儀式を行うことで、アリータ神が平和について答えてくれるとかなんとか説明を事前に聞いた気はするが、おそらくは人間が勝手に作ったものだろうなと流輝は呆れたようにその儀式を見る。
琉生も同じ考えらしく「ただ入るだけでしょ」と言っているが、さすがは元々この世界、この国々の人間だからかローザリアと、モールザ王国を代表して来ている第二王子ロニーは「伝統や形式は大事だから」と苦笑していた。
形だけの儀式が終わり、いよいよ流輝と琉生が神殿へ入る時が来た。モーリスとカルナが二人を抱きしめてくる。
「気をつけて」
「うん。いってくるね、お父さん」
「帰ってきてね」
「ああ、もちろんだよ、お母さん」
四人で抱擁を交わした後、ローザリアも二人に近づいてきた。
「本当に気をつけて。そして、待ってる」
「うん。いってくるね、ローザリア。だから笑ってて」
琉生がぎゅっとローザリアを抱きしめた後、先に神殿の扉へ向かう。流輝もローザリアを抱きしめた。
「リキ。私ずっと待ってるからね」
「ああ。帰ってきたら俺、お前全部もらうから、覚悟して待ってて」
「……っもう、ほんとにリキは、もう……」
ローザリアは涙を浮かべながら笑ってきた。
「すっごく覚悟して待ってる」
「はは。じゃあ絶対帰らなきゃ」
流輝は少し笑ってからローザリアにキスをした。そして同じく神殿の扉へ向かう。二人で扉へ向き合うと、一旦振り返った。そして二人で皆に手を振った。
二人は皆に見守られながら扉に触れた。この扉は光の魔力がない者が触れると反発が起き、ひどい火傷を負うか消滅してしまうらしい。もちろん、魔族や魔物なら間違いなく一瞬で消滅する。神殿の中は文献によれば光の魔力がなくても大丈夫らしい。要は神殿の表面に結界が張ってあるためだとか。実際経験した者がいないため、信ぴょう性はないが、長年調べてきて判明した情報ではあるらしい。
さすがに少々緊張しながら触れたが、何も反応はなかった。そして扉は抵抗なく開く。まるで二人を歓迎するかのようだった。
中に入ると思っていた以上に天井が高い。そして中の柱や彫刻、大理石などは白く輝いてみえた。二人は誘われるように奥へと入っていった。
ずっと奥へ進むとまた大きな扉がある。自分たちの背の何倍もありそうな大きな扉だったが、開けようとすると自動で開いた。二人で顔を合わせ、唾を飲み込みつつ一緒に中へ入った。
扉の向こうはとても神聖な空気が感じられる広い部屋になっていた。大理石でできた輝く白い床には五芒星が描かれている。そしてその中心に、聖杯が置かれた台座があった。
「……あれに魔力を注ぐのかな」
琉生が呟く。流輝は頷いた。
「文献通りならそのはずだな。行くか」
「そうだね」
何となく五芒星の線を踏むのがはばかられ、何とはなしにそっと歩きながら二人は台座に近づいた。そして流輝が聖杯に少し恐る恐る、手をかざした。
手のひらから力が吸い取られるような感覚がする。魔力量が底なしだと言われている流輝だが、その流輝がかざしたまましばらく経つも、聖杯は一向にいっぱいになる様子はなかった。
さすがの流輝も、体に疲労を感じてきた。
「兄さん……俺も……」
「いや、お前はいい。まだ大丈夫」
流輝は首を振りながら、手をもう少し聖杯に近づけた。さらに力が吸われる感覚がする。これ以上吸い取られるとかなり厳しい、と思っていると聖杯がわずかに光った。そして流輝の手のひらから、魔力が全て吸い込まれるような感覚がした。
「……っぐ」
「兄さん……!」
口から血の味がした。めまいもする。
流輝はかざしていた手のひらをじっと見た。そして自分にあった光の魔力が全くなくなったことに気づく。おそらく今の全て吸い込まれるような感覚の時に、流輝の体から光の魔力のみ全て吸い取られたのだろう。まだ完全に魔力がなくなったわけではないため、かろうじて立っていられるが、それでもかなり体に負担を感じた。
「さすがにもう兄さんは無理だ」
今度は琉生が手をかざし始めた。
「ルイ……無理は絶対にするな。お前の中は光魔法の分しか魔力、ないんだからな」
「うん、わかってる」
琉生からも少ない量とはいえ魔力が注がれ、ようやく聖杯が少しずつ輝き始めた。
じわじわと琉生が消耗し始める。だがあと少し、あと少しと注ぎ続け、ぎりぎりのところで聖杯はいっぱいになり、輝きが満ちた。
二人は枯渇寸前といった状態のため、一緒になってその場に座り込んだ。




