111話
何故アリータ神が気になるのかと聞いても、流輝は珍しく言葉を濁している。というか、上手く説明ができないといった風だった。
「まあ、いいけどさ。で、何かアリータ神のことで知りたいこと、あるの?」
流輝が神の話をしてきたからか、毛布にくるまっていたローザリアも少し不思議そうな顔で毛布から流輝を覗き込んでいる。ということはローザリアも特に流輝から神についての何かを聞いたわけではないのだろう。
「うーん……別に……あー、どうだろな。何が知りたいってわけじゃなくて、どういう神様なんだろなとか、その、あれだ。アスルガルタって、何」
アスルガルタ……アスル……。
一瞬頭の中にその言葉が入っていったと思ったら取り込まれていくような感覚がした。聞いたこともないというのに不思議に思い、琉生は首を傾げる。
「何って……えっと、それは俺が聞きたいけど……兄さんは何でその名前、口にしてるの?」
「これは何か浮かんだというか?」
「は?」
「……説明、難しいならいいよもう」
いや、むしろ兄さんが説明難しいというか面倒だと今、思って言っただろそれ。だいたい「アスルガルタ」って、何。こっちが聞きたいよ。
琉生は苦笑した。
この世界の最高神はアリータだ。
『光の神が祈ると
一滴の雫は海となり
やがて大地は生まれ
生命が誕生する』
と神話の最初にある。アリータ神がこの世界のすべてを創造したと言い伝えられている。
また他の伝承もある。
『悪が生まれし時
光の神が光の子を生みだした
人々はその子を「光の救世主」と呼び称えた
彼はその聖なる光で聖杯に力を満たす
輝く聖杯に恐れをなした悪しきものは
やがて消える
そして役目を終えた光の子は人々の前から姿を消した』
これは光の救世主の文献にもある内容であり、これを知った両親やローザリアが不安に駆られていた。
実際、過去の救世主に関しても、その後どうなったかが全く文献にない。光の救世主以外は神殿に入られないため、救世主がどうなったか知ることができないせいだろうと言われている。
ただ、それでもその後救世主が神殿から出てきて変わらず暮らしてきたとしたらこんな言い伝えにはならないだろう。ということは「どこかへ消えた」と思われるにも理由があるということだ。両親たちが不安になるのもわかる。
……もしかしたら、俺らもそうなるのかな。消えるというか、元の世界に帰るってことかなぁとも思ったりしてるけど。
一般的なアリータ神についての内容を流輝に話しながら、琉生はそっと思った。ローザリアも聞いているため、下手にこれについては口にしないほうがいいだろう。
「で、まあアリータ神は剣技に優れ、癒しと浄化の力を持つと言われてる、かな?」
ついでに、光魔法や闇魔法はとても繊細だと言われている。
闇魔法については魔族の力だけにあまり知られていないものの、聖属性である光魔法は癒しという優しい力だけでなく、絶大な力を持つ攻撃魔法でもある。ただ本来は安らぎや安定を授ける優しい魔法だが、そういった恐ろしい力も秘めているためか、かなり繊細な扱いが必要だと言われているようだ。よって普通の人間には扱えない、と。
扱っている俺も兄さんも人間だけどさ。
琉生は苦笑しながら自分の中にある光の魔力を感じ取る。
言い伝えでは光の救世主は光の子、要は神の魂を持っているため特別だからこそ光の魔力を扱えたとされている。
「でもさ、そういう神がいるなら神が光魔法でちゃちゃっとやってくれたらいいんじゃねーの?」
「創造神は世界に干渉できないって言われてるんだ」
「干渉?」
「うん。見守ることしかできないんだって」
「……ふーん。海や大地や命をつくったってのにな」
「まあ、地球でもそんなもんだったでしょ」
「宗教とかあんま知らないまま来たからなあ」
それは俺もそうだけど、と琉生はまた苦笑した。
にしても、何だろうな。何かこう、足りないというか……唯一神のわりにアリータ神の言い伝えが少ない気がする。魔族などとの絡みに関しても不明な気がする。
そう思いつつ、琉生も習った通りの内容しか知らない。流輝に「こんな感じだろうね」と言えば、流輝も何となく首を傾げているようだった。
「どうしたの?」
「いや。ふーん、って思って」
「? ほんと、どうしたの兄さん」
「どうもしねーわ。つか、神殿見えてきたぞ。ローザリア、あれが光の神殿」
「え、ほんと?」
先ほど毛布にくるまっていたローザリアはもう機嫌を直したのか、いつもと変わらない様子で馬車の窓から外を嬉しそうに覗き込んでいる。流輝はそんなローザリアを愛しげに見ている。
やっぱこの二人、何か微笑ましいんだよね。
琉生もアリータ神のことは置いておいて微笑んだ。
ローザリアも今まで一度も神殿を見たことがなかったらしい。
「金ぴかじゃないんだ」
「あはは、それ俺も思った」
琉生が笑うとローザリアが「だってそう思っちゃうよね」と琉生に笑いかけた後また神殿を見ている。
着いたら儀式が始まる。
もう後戻りはできない。いや、したいとも思わないが、多少緊張はしそうだ。
この世界へ送られてから今まで、この儀式のためにがんばってきたようなものだ。これを終えたらきっと間違いなく、何かが大きく変わる気がする。
何かが……。
琉生は神殿をじっと見た。流輝も真剣な顔をしながら神殿を見ているようだった。




