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後編




「そこまでで良いだろう、ジール」


 どこか、面白がる口調で割り込んできたのは殿下。


 殿下…センディエル様は、隙あらば逃げようとする私をガッチリと抱き寄せ――傍から見たら、大切に守っているようにしか見えない――アンネローズ様を見た。


「殿下…」


「ローズ、君は変わったね。出会ったころは、私を一途に思う可愛い少女であったはずなのに、いつの間にか…」


「そうさせたのは殿下ですわ」


 センディエル様の言葉を遮るようにアンネローズ様が言う。


「私がいけないのかい?」


「殿下が…センディエル様がその娘に籠絡されるから!」


「異なことを言うね、ローズ。私はサラに籠絡された覚えはないよ」


「嘘ですわ。今だってその娘は貴方の庇護によって守られているではないですか!」


 守られている――それ、絶対に違います! 逃げられないように捕まえられているだけです!


 私の心の叫びは、センディエル様の微笑みでもって閉じられた。

 はい、大人しくしています。


「大切な女性を守るのは当たり前だろう」


「わたくしの前でそれをおっしゃいますか…」


「どこまでアンネローズを傷つけるつもりだ」


 再び参戦してきたのは、公爵子息。

 他の取り巻き一行も相変わらず私たち、いや、なぜか私ばっかりを睨みつけている。


 これはあれですか…。私の所為でアンネローズ様が非難を受けるのが許せない、とかいう理由ですか?


 取り巻きの三人は、公爵子息に同意するように頷いている。


「傷つける…ね。それ、本当かな?」


「傷つけているだろう! アンネローズが貴方とそこの娘が共にいる場をどれだけ見たと思っている! どれだけ心を痛めていたと思う!」


「私が誰と共に居ようが、ここは学園だ。自由に学友と話すことすら駄目なのかい?」


「その娘に対する扱いは、只の学友に対するものじゃないだろう!」


「そうだね、それは否定しない…。サラは私の大切な女性だからね。しかし、そういう君たちはどうなんだ?」


「…何を?」


 センディエル様の怜悧な瞳に見据えられて、公爵子息は僅かに後退りした。

 逃げ腰に見えるその姿に、先ほどまでの勢いはどうした、と言いたい。


「…ジールも何度か忠告していたはずなんだが…分からないのか? なら、口を慎め。お前たちに私を責める資格はない!」

 

 ジール様が忠告? ああ、さっき言ってた、殿下の婚約者でもあるアンネローズ嬢に好意を向けるな、という忠告だね。


 そりゃそうだよね、殿下の婚約者に好意を寄せ、あまつさえそれを隠そうともしない。さらにその殿方たちの気持ちをアンネローズ様が受け入れているとなれば、下手すると、アンネローズ様の不貞を疑われるよね。


 これに、気づいてないの?

 まさか……本当に?


 こっそりと取り巻き一行に視線を向けると、彼らは怪訝そうにセンディエル様を見ていた。

 その表情は、明らかに理解していない……。

 おそらくアンネローズ様も分かっていないと思う。だって、未だに取り巻き一行に守られて…いや、囲まれて、それが当然と言う顔してるもん。


 センディエル様は、呆れたようにため息をつくと、視線をアンネローズ様に向けた。


「アンネローズ、サラが何も言わないから、私はあえて貴女を罰することはしない。だが、私は真実を知っている、とだけ言っておこう。君の行動は全て報告を受けているんだよ」


「因みに報告してきたのは、国の諜報部隊だからね」


 ジール様の言葉にアンネローズ様の顔色が変わった。

 誤魔化しが効かない、とはっきり解ったんだと思う。だって、国の諜報部隊は王族に忠誠を誓っていて、虚偽の報告は絶対にしない。例えその相手が自分の大切な者で在ろうとも、だ。


「それと、もう一つだけ言わせてもらうなら、貴女との婚約解消は陛下並びに諸侯方はすでに知っているし認めてもいる。もちろん、宰相もな…」


「う…嘘です! 父が…父が認める訳…」


「宰相は認めたよ、そして、君の行いを恥じていた」


「…わ…わたくしが何をしたと!」


「…君のその現状から察してほしい。この場で言うのは、さすがにまずいからね」


 うん、はっきりこの場で言うのはさすがにまずいよね。

 だって、アンネローズ様が王子という婚約者が居ながら、他の男性と浮気していた、という話だもんね。


 センディエル様が向けた視線の先にいたのは取り巻き一行。

 アンネローズ様は、やっと理解したのか顔色を蒼くしています。


「か…彼らは!」

「アンネローズ」


 なにか言いかけたアンネローズ様の言葉をセンディエル様が遮りました。


「今ここで君が何を言っても、君の恥になるだけだ。これ以上、醜聞を晒すな」


 その言葉で、アンネローズ様は黙りました。

 黙ったというか、さすがにこれだけ騒げば周りの視線もあるわけでして……。ちらちらと目線で周りを窺ったアンネローズ様は、まるで隠れるように取り巻き一行の後ろに下がりました。


 彼らも彼らで、そんなアンネローズ様が可愛いのか、周りの視線から隠す様に陣取っています。逆ハーにブレは無い! 見ていていっそう清々しい程です。アンネローズ様、愛されてますね~!

 

「もう良いだろう、センディエル。ここでいくら話したところで彼らはまだあまり理解していないようだ。そもそも、サラを子爵令嬢と思っている事こそ大きな間違いなんだからさ…」


「……どういう事だ、ジール」


 またもや声を発したのは公爵子息。

 怪訝そうに見据えるその瞳は、私を居殺さんばかり。

 

「ああ、そういえば卒業するまでは極秘だったから知らなくて当然か…」


「ジール、それはサラ本人も知らない事だ」


 突然の暴露をかまそうとしているジール様を、センディエル様はものすご~く楽しそうに見ている。


 と言いますか、私も知らない事って何?

 私って、貧乏子爵家の娘で間違いないよね?

 

 恐る恐る二人を除き見れば、


「サラ、今日からは私を『お義兄様』と呼ぶんだよ」


 と、ジール様が爆弾発言をかましました!


 お…お義兄様?

 

 それって…どういう事!? 


 驚きすぎて口をパクパクさせる私に、殿下が跪き手を取る。

 懇願するように私を見上げるその瞳に思わず後ずさりかけたら、私にしか聞こえないくらい小さい声で「逃がさないよ、サラ」と言われた。


 いや、明らかにここは逃げた方が得策のような気がするんだけど―――!


 絶対に離さない、とでも言いたげに私の手をしっかり握りしめる殿下は、それはもう真摯に告げた。


「サラ・ネクリスト子爵令嬢…いや、改めて、サラ・ファンクィール公爵令嬢、私と結婚して頂けますか?」――と。


 え? 


 ―――結婚? 


 って、それより、ファンクィール…ファンクィールって! ジール様のっ!


「うん、君はすでに私の義妹なんだよ。だから、お義兄様、って呼んでね、サラ」


 頭の中が白くなるって、こんなことを言うんだ―――


 ドサクサまぎれのプロポーズも、なんなら、お兄ちゃんでも良いよ、とにこやかに告げるジール様の声も、驚愕のあまりシーンと静まり返った会場の事も、呆然と見入るアンネローズ様と取り巻き一行の事も、この時の私の頭の中には何一つ入ってこなかった。


 だって……だって…そんなエンディング、ゲームの何処にもなかったじゃないですか~!






 そうとう混乱していた私は「さあ、お兄ちゃんと呼んで」と嬉しそうに言うジール様の言葉に「…お兄ちゃん」と棒読みの如く呟き、更には、センディエル様のプロポーズの言葉に、返事は? と問われ、人形の如く首を縦に振り「嬉しいよ、サラ。これで君は私のものだ!」とその場で婚約成立と相成りました。


 いや、でもちょっと待って!

 こんな展開って本当に在りなの?


 本当なら、殿下のエンディングって身分違いの恋を実らせ、努力し周りに認められて子爵令嬢のまま王太子妃になる、だったよね?


 何処をどうしたら、こうなるの!?


 私たちの婚約成立を黙って見ていたアンネローズ様は、呆然としながらぶつくさと呟いていた。


「…どうして、どうしてヒロインが公爵令嬢? どこをどう間違えたらこうなるの? ゲームと違うじゃない」


 私もそう思います。

 思うからこそ、聞きたい!




 アンネローズ様、貴女はいったい今まで何をして来たの?




 ★




「―――ですから、わたくしは自分の未来を回避したくて、攻略対象たちと接していたのですわ」


 彼らから敵対されると、あの最悪エンドに行き付きますもの。


 そう、話すのはアンネローズ様。


 長閑な王宮の庭園。

 その一角で、私は今アンネローズ様とお茶会をしている。




 あれから3年。

 その間にもいろいろすったもんだがありましたが、私は王太子妃となり、アンネローズ様は取り巻き一行の一人と結婚した。

 なんでも、父親である宰相から「誰でも良い、嫁に行け」と言われたらしい。もちろんその誰でも、と言うのが取り巻き一行を指しているのは暗黙の了解というもの。


 アンネローズ様は、あの卒業パーティーで、不敬にあたると知っていながらも、自分の為に殿下に詰め寄っていた公爵子息を選んだという事だ。


 他の三人?


 未だにアンネローズ様を取り巻いてますよ。それを公爵子息が許しているという事だから、すごいと思うけど…。


「でも、それがいけなかったのですわ。殿下の攻略で一番してはいけなかった行為ですもの」


 悔しげに話すその内容は、件の乙女ゲーム。

 あれから、アンネローズ様に私も転生者という事を暴露し、今回の騒動についていろいろ訊いた。


 そう、なぜ殿下の攻略を失敗したのか――とか。


「ああ、確か麗しの王子様のルートって、一途さが重要でしたわね」


「そうなのよ。攻略中に他の攻略対象者と会っていようものなら…」


「好感度がすぐ下がる……でしたわよね」


「そうなの……。すっかり、失念していましたわ。本当にお慕いしていたから、気が付いた時にはショックでしたわよ、もう手遅れでしたもの。だから、方向を変えたの。小説でよくあるでしょう? 悪役令嬢が、ヒロインをざまぁするって」


 それも、楽しそうでしょう? とにこやかにいうアンネローズ様は、ある意味、この乙女ゲームの世界を楽しんでいたんだと思う。


「それも、失敗するとは思わなかったの?」


「その時にはすでに攻略対象の4人はわたくしの味方でしたもの。何があっても、最悪の展開にはならないと思っていましたわ。まさか、隠しキャラが伏兵とは思いませんでしたが……」


 ええ、そうですね。

 アンネローズ様の行動を訝しんだジール様が陰で暗躍してくれていたおかげで、私は何故か公爵令嬢となり、今に至るもの。


「それにしても、貴女が殿下に恋をしていたわけじゃないとは知りませんでしたわ」


「捕まった…と言うのが正しいわね」


「…それも、殿下の攻略に在りましてよ」


「え?」


「束縛が強いのですわ。だから、他の殿方といるのを許さない」


「束縛? ふつう溺愛って言わない?」


「あれは、そんな可愛いレベルじゃないでしょう? 貴女、これから苦労なさいますわよ」


「…それはもう諦めていますわ」


「…お幸せ、という事ですわね」


「その強引さが、逃げ腰の私には丁度良いという事ですわ」


 そういう事にしてくださいませ。


 そう、付け加えると、アンネローズ様は晴れやかな笑みを浮かべ「…ありがとう」と呟きました。


 首を傾げる私に「…幸せなエンディングを迎えられたことに対してですわ」と何処か顔を赤くして答えています。


 ああ、公爵子息はアンネローズ様をとても愛していらっしゃいますものね~。


「何はともあれ、この世界で私たちは生きていかなくてはいけないのですね」


「楽しめば良いんですよ、サラ様。折角ゲームの世界にいるのですもの。エンディング後の後日談、自分で描いて行かれれば良いのですよ」


 お互いの顔を見合わせ微笑み合う私たちの目に、何やら賑やかな一行の姿が映る。


「来られたようですわね」


「ええ。では、お茶会の第二弾、始めましょうか?」


「お手伝いなさいますわ、王太子妃様」




 招かれているのは、愛しの旦那様――こう言わないと拗ねる――と側近であるジールお義兄様――お兄ちゃん呼びはさすがに許してもらった――とアンネローズ様の旦那様含む取り巻き一行。




 さあ、乙女ゲームの攻略者たちと―――お茶会を始めましょう!








完結です。


読んで下さってありがとうございました!

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