悪役は私には難しかったようです
そうなるだろうとは思っていた。
回避するための努力もしていなかった。
それでもやっぱり心のどこかで期待していた。
だけど、
「弁明があるなら聞こうか。」
少女を背にかばい私を冷たく見下ろすその目に、やはり駄目だったのだと悟った。
私は前世ではやっていた乙女ゲーム転生というものをした。しかも悪役令嬢。
それはもういろんなパターンの話がでてたよね。
私のは本当に基本中の基本の設定だ。
私パステル・シュトラスは公爵家の令嬢で、王太子ロディック・ゼロマッドの婚約者。もちろん幼いころに親が決めたものだ。
学園で王子は男爵家令嬢のヒロイン、フェリア・エスティと出会い、恋に落ちる。
二人を引き裂こうとしてヒロインをいじめた私は最後に断罪されて修道院送りとなるのだ。
私は生まれた時から前世の記憶を持ってたんだと思う。
いつもぼんやりとした記憶があったから。
ロディック様と初めて会った時も、初めてな気がしなかった。
きっと運命なんだと思った私はなんて馬鹿なんだろう。
前世の記憶のせいか、たまに変な言動や変な行動をしてしまう私に対して、よく怒られもしたけどロディック様は優しくしてくれた。
それはただ公爵家の令嬢だからという理由だったのだろうけど、その頃の私はそんなこと思いもしないでただただロディック様への想いを募らせていった。
ロディック様も私のことを嫌ってはいなかったと思う。
「俺の婚約者として恥ずかしくない行動をするように。」とはよく言われていたけど、逆に言えば婚約者であること自体は認めてくれていたってことだと思うし。
恋人にはなれなくても、愛のない結婚になっても、家族になれたら十分すぎるくらい幸せだ。
だけど、それが崩れたのは学園に入学してフェリアさんを見た時だ。
あいまいだった記憶がいきなりクリアになった。
ここが乙女ゲームの世界で、ヒロインがどんなルートを通ろうとも私はロディック様に振られ、修道院送りになるのだという未来が目の前に突き付けられた。
認めたくなかった。
ただ似ている世界だと、そう思いたかった。
だけど、予定調和のように国の有力者の子息たちと知り合っていくフェリアさんに、それが当たり前なのだと言わんばかりに彼女に笑顔を向ける彼らに、いやでも思い知らされた。
私は悩んだ。
どうしたらいいのかと。
私はロディック様が好きだった。
そう言う役だからじゃない。そんなこと関係なく好きだった。
婚約者であることがうれしかった。ずっとそばにいたかった。
だけど、フェリアさんに向かって柔らかく微笑んでいるロディック様を見て、決めた。
それがロディック様の幸せなら私は身を引こう。
修道院送りというのがどんなものなのか、私にはわからないけれども、死ぬわけじゃないのだから、きっと大丈夫。
そう自分に言い聞かせた。
そうと決めたら、私はフェリアさんをいじめなくてはいけなかった。
ゲームではいわゆる取り巻きの人たちを使っていろいろしていたらしいけれども、さすがに断罪されると分かっていて巻き込めない。
私一人でやらないとだめだ。
だけど嫌がらせってどんなことをすればいいのか、パステルとしての知識には残念ながらなかった。
公爵令嬢として結構箱入りに育てられたのでそういうことに疎いのだ。ちくちく言われる嫌味を聞き流すのは得意なんだけどね。
なので、前世の知識を参考することにした。
フェリアさんがなんだか全員に気があるような行動をしていることとか、私に対してやけに辛辣なこととかを見る限り、きっと彼女も転生者だ。
ヒロイン転生なんて羨ましい。
ちょっとだけ本当にロディック様を幸せにしてくれるのか心配だったけど、ちゃんとロディック様ルートを通っているみたいだったから安心した。
フェリアさんと仲良くしているロディック様を見たくなくて、出来るだけロディック様を避けつつ、半分本気でフェリアさんをいじめた。
なんてことを考えながらも、本当は期待していたんだと思う。
悪役令嬢転生はヒロインに痛い目を見させるものが多かったから。
振られた後で、前世知識を駆使して返り咲くものが多かったけど、振られないパターンも多かったから。
だけど、ただ諦めただけの私にはやっぱり無理だったのだ。
その時は、ちゃんと来たんだから。
「パステル、話がある。」
ロディック様がそう言って話しかけてきたのは学園の中庭。
友人たちと昼食をとっているときだった。
その後ろにはフェリアさんと他の攻略対象者達が勢ぞろいしており、ああ、とうとう来ちゃったんだ、と思った。
「お前はフェリアに嫌がらせをしているな?」
今まで見たことのない目で睨まれ、わかっていても泣きそうになる。
「…はい。」
だけど、ピンと背筋を伸ばし、はっきりと答える。
腐っても公爵令嬢なのだ。情けない姿をさらすわけにはいかない。
慕ってくれている友人たちのためにも。
「どうしてあんな…ひどいことをするんですか!? 私が、殿下と仲がいいからですか? あなたに殿下を縛りつける資格はないはずです!」
フェリアさんが涙ながらに訴えてくる。あれ、演技なんだったらすごいなぁ。
周りの子息達が殿下に任せるように、となだめている。
「違うのです、殿下!」
「そうです! そもそも彼女が…!」
友人たちが私をかばおうと口を開いてくれたけど、それを押しとどめる。
巻き込むわけにはいかない。
「彼女たちは関係ございません。すべて私が一人で行ったことです。」
「そんなことはわかっている。あんなことをするのはお前くらいだ。」
ロディック様は私をまっすぐに見据えて言い放った。
「弁明があるなら聞こうか。」
ああ、嫌われた。
世界が崩れ落ちたような、そんな気がした。
弁明なんてあるはずがない。
あとはもうゲーム通りのセリフを言えばいいだけだ。
「お言葉ですが殿下、弁明しなければならないことがあるとは思えません。」
ああ、そういえばゲームでは殿下呼びだったっけ。
ゲームより好感度あげれてたのかもしれないのに馬鹿なことしたなぁ。
「私という婚約者がいる殿下に近づいたのですから、相応の報いがあるのは当然ですわ。」
周囲がざわついた。
当然だ。こんな、ロディック様に逆らうようなこと…。
「あなたがそんなだから殿下は「黙れ、俺がパステルと話しているんだ。」
フェリアさんがゲーム通りのセリフを言おうとしたのに、なぜかロディック様がそれを遮った。
「「え?」」
ぽかんと口を開けてそう言ったのはほぼ同時だった。
ロディック様の声は冷え冷えとしていて、とても恋人に言った言葉とは思えなかった。
「パステル、俺はそんなことを聞いていない。」
少し呆れたようにため息をついたロディック様は先ほどまでとは違う空気をまとっていて、私はその急な変化についていけていなかった。
それはフェリアさんも同じようで、何かを言おうとして周りに止められていた。
「なぜあんな嫌がらせをしたのかを聞いているんだ。」
さっき言わなかっただろうか。
「ですから、相応の報いとして…。」
あとは嫉妬だけど、それも言うべきってこと?
「そんなことはわかっている。男爵家の人間が俺に近づいたんだ。嫌がらせ程度で済んだだけ御の字だろう。お前が排除に動いたっておかしくはないし、責めるつもりはない。」
手を出すなと言ってなかったしな。というロディック様をフェリアさんが信じられないといった顔で見ていた。
だけど、それは私も同じだ。
これは、いわゆるヒロインざまぁなのだろうか。
でも、だったらどうして私は責められているのだろう。
どっちも捨てられるルートなのだろうか。
「あの、では、私は何を問われているのでしょうか…。」
嫌がらせをしたことが駄目じゃないなら、何を聞かれているんだろう。
「…自分で思い当たることはないのか?」
「………はい。」
考えてもわからない。なぜあんな嫌がらせをしたのか、だよね。答えたよねぇ。
「靴の裏にガム。鞄の中に虫の死骸。帽子の内側に小麦粉。……。」
ロディック様が次々と挙げるのは私がした嫌がらせだ。
こうやって並べられると、結構ひどいことしちゃったなぁ。
「…自分の行いに対し、思うことはないか?」
「えっと、ちょっとやりすぎましたか?」
意外と数が多かった。やりすぎだったのかもしれない。
ロディック様は大きくため息をついて、私に近づいてきた。
「…お前は公爵家の令嬢だよな?」
「? はい。」
「だったら…この嫌がらせの内容は何だ!! 下町のガキかお前は!!」
がしっと頭をつかまれ、怒鳴られた。耳がキーンとする。
「嫌がらせのことが報告に上がってきたとき、どんなに恥ずかしかったかわかってるのか!?」
え、ええー…あれ駄目だった? でも、令嬢らしい嫌がらせって何?
「格の違いを見せつけて屈辱を味あわせるとか、権力を使って学園内ではぶらせるとかいろいろあるだろう!」
そ、それ貴族令嬢らしいの?
いや、たぶんロディック様も半分やけで適当に言ってるよね。
人前で怒ってる時点で冷静じゃないし。
次々発せられるお怒りの言葉を黙って受け止める。
こういう時は言い訳せずに黙って聞いておくのが一番早く終わるの。これ経験則。
「いつも言ってるだろう。俺の婚約者として恥ずかしくない行動をするように、と。」
つまり私の嫌がらせは恥ずかしい行動だった、と。
セリフが違うだけで修道院送りかな…。
フェリアさんもそう思ったのか自信を取り戻した顔をしている。
「次はないからな。」
だけど、ロディック様はそう言って私の頭を軽くたたいただけだった。
「…終わりですか?」
「なんだ、もっと叱ってほしかったか?」
決してそんなことはないのでぶんぶんと頭を振って否定する。
その後、令嬢らしくなかった! と気づいて慌てたけど、ロディック様は何も言わなかった。
「な、なんで!?」
その前にフェリアさんがそう叫んでいたから。
「確かに嫌がらせの内容は微妙だったけど、ちゃんとシナリオ通りだったのに!」
微妙…ごめんなさい。あれでも精いっぱいやったんだけど…。
「何を言っているのか知らないが、いい加減にしろ。シークの想い人だからと優しくしていればつけあがりやがって。」
ロディック様のその言葉に私だけではなくフェリアさんも、ロディック様の幼馴染で親友のシーク様も慌てた。
「フェリアさんを好きなのではないのですか!?」
「私を好きなんじゃないの!?」
「別に俺は何も思ってねえぞ!?」
フェリアさんがさらに驚いたようにシークを見た。
「どういうこと!?」
「どういうことも何も、ロディックが優しくしてるから優しくしてただけで…。」
「…俺はシークの想い人だと思って優しくしてたんだが、違ったのか。」
二人のその言葉を受けて、他の攻略対象者の人たちも拍子抜けしたような顔になった。
「…殿下のお気に入りじゃなかったのか。」
「なんだよ、気に触れたらまずいと思ってたのに。」
「取り入る意味なかったのかよ。」
フェリアさんは顔を真っ青にした後、私をにらみつけてきた。
「こんな…こんな…、全部あんたのせいよ! あんたがちゃんと役割を果たさないから! うまくいっているように見せかけてこうやって蹴落とすのが目的だったのね! 絶対、絶対許さない!」
そう言って走り去っていったフェリアさんを追いかける影があった。
あれは、たぶん幼馴染君だ。
「…ここまでが計算だったのか?」
「ロディック様、あれはあまりにもかわいそうです!」
「なわけないか。」
こんなひどいこと狙ってするわけないじゃないですか。
「それこそ相応の報いだろう。むしろ俺があいつを好きだと思う理由がわからん。あんなあからさまの媚びを見抜けないほど馬鹿なつもりはない。」
…向けてた笑顔は本物に見えたんだけどなぁ。私が見抜けない馬鹿だっただけかぁ。
「誤解も解けたみたいだし、移動しようぜ。超注目浴びてるしな。まあ、パステル嬢のは今更だけど。」
シーク様がそう言ったけど、私の何が今更何だろう。
「今更っていうな…。せめて、せめて国外には…!」
「…無自覚コンビめ。」
シーク様がぼそりと何か言ったけどうまく聞き取れなかった。
結局、私は助かったってこと?
何もしなかったのに?
このまま幸せになれる?
無欲の勝利? いや、欲いっぱいだったよ?
なぜ悪役にならずにすんだのか、よくわからない。
フェリアさんのことも気にかかる。
だけど、
「行くぞ、パステル。」
愛する人から伸ばされた手を取らないなんて選択肢はない。
まっすぐに手を伸ばし、私はその手を取った。




