1人目の犠牲者 丸吞みシーサペント大量発生事件5
「イチ!」
「イチさん!!!」
甲板上のエルビアニカらは叫んだ。
一瞬の出来事だった。
突然海中から浮上してきたシーサーペントがイチの頭をその肉柱で飲み込んだのだ。
「ばか! 何飲み込まれてるんだってのよ!!!」
タオ・メイメイは咄嗟に肩に背負ったショットガンでシーサーペントを撃とうとしたが救出対象のイチが射線を遮り、誤射の可能性を恐れて引き金を引けなかった。
メイメイは頭から宙吊りにされて脚をバタつかせるイチを見て唇の端を噛んだ。
「イチさん!!! イチさんを離せ!!!」
イルハは見張り台から魔槍ラットスレイヤーを手に飛び降りたが、判断が少し遅かった。
「むぐううううううう_____!!! _____ふぐううううううう!!!!」
シーサーペントはイチの身体を頭のつぎは肩、肩から胸といった具合にみるみる吸い込むようにして飲み込んでいってしまう。
イチのボディラインに合わせて肉柱が形を変え、その皮膜の表面に彼女の乳房の形が浮かんで見えた。
恐らく中に丸吞みされたイチは肉柱の激しい締め付けに呼吸もままならず、強烈な圧迫に骨のいくつかが圧し折られているに違いない。
「イチさん!! シーナ、魔法を!!」
異常に気がつき船長室から飛び出してきたミュルガルデは身体が宙空で逆さまになり無様にバタついている脚とキュウと尻を不随意に引き締めているイチの姿を見てシーナに助けを求めた。
彼女の習得した魔法に今の状況を打開し得る物はない。
数々の魔法を操り魔力にも長けるシーナであれば、と思ったのだろう。
_____今やってますって!!!
シーナはマナの集中が乱れるのを恐れて返事をしなかった。
既にイチは膝まで飲み込まれて殆ど抵抗力を失っている。
「夏の記憶……、嵐の日……、お兄様の温もり……、轟く雷…………」
シーナは魔法を発動させる際、深い瞑想に入りマナの世界に干渉する為に幼少時の記憶を辿る。
今彼女が発動させようとしている魔法は敵を痺れさせ動きを止める魔法であるが、そのイメージを具現化する為に彼女が幼少時、野原で遊んでいた時に急な落雷に怯えて兄に抱かれて泣いていた記憶を紐づけていた。
「………お兄様! 私に力を!」
遂にイチの全身が丸呑みシーサーペントに丸呑みにされたと同時にシーナの魔法が完成した。
シーナが万年筆より少し大きいサイズのスタッフを振ると、丸呑みシーサーペントの全身に瞬間的に電流が走り巨体を麻痺させ海中への潜航を阻止した。
怪獣は筋肉を痙攣させながら海上で悶えているが、しかしそれが事態を解決する一手となり得るだろうか?
「みんな伏せてっ!!」
しかしそれと同時にタオ・メイメイが咄嗟に準備していた烏賊キャノンを発射した。
凄まじいバックブラストと共に鉄の弾頭がシーサーペントの身体を食い破って体内に潜ると、弾け飛んで胴体を吹き飛ばし完全に命を奪った。
しかしこれが不味かった。
丸呑みシーサーペントのイチを飲み込んだ頭部がちぎれ飛び、浮力を失ったのかゆっくりと海の中に沈んでゆくではないか。
このままではイチはシーサペントの肉柱に包まれたまま酸素を失い、10分と少しの時間で海中でその冒険を終えるだろう。
「チャイセ!」(※1)
それを見たメイメイは最近若い冒険者で流行っているスラングで後先を考えずに力技で解決しようとした自身に悪態を吐いた。
「シーナ! なんとかできるかい!?」
状況を瞬時に察知したエルビアニカがシーナに打開を求めたが、
「無理です! ダメです! 私の魔法じゃ対応できません! 時間さえあればなんとかできるかもですが……っ、ああ、やっぱりできないかもしれません!」
シーナが彼女にしては少ない口数で対処の仕様がない事を伝えると、最初の部分だけを聞いてエルビアニカはすぐさま考えを切り替えた。
「ミュルガルデ、頼めるかい!?」
「是非もありません!」
ミュルガルデがエルビアニカに一も二もなく答えると意を決して海に飛び込んだ。
ミュルガルデはミノタウロス族の血により膂力に優れる。
しかし、千切れ飛んだシーサペントの肉柱ごとイチを抱きかかえて海面に戻れるだけの力がミュルガルデにあるだろうか?
「メイメイ! ウィンチでミュルガルデを引き上げる。手を貸しておくれ!」
「わかったわ!」
エルビアニカは冷静に状況を判断していた。
ミュルガルデをクレーンの吊りクランプに見立てて、イチを肉柱ごと掴ませたらウィンチで引き上げる心算であった。
危険を伴うが、最良の判断と言える。
しかし、この時エルビアニカにとって予想し得なかった事態が起きる。
「きゃあああああああああああああああああ!!!」
固唾を飲んで成り行きを見守っていたシーナの背後に突如浮上してきた丸吞みシーサペントがシーナに狙いを定め、その長い肉柱の首を伸ばしてきたのである。
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(※1)
チャイセ
この時代の若い冒険者達の間で流行った悪態・スラング。
愚かな行いやバカバカしい状況に直面した時に使う。
「チャーセ」「チャルセ」なども同意義。
語源は、かつて魔王大戦の際に無謀な山越えに挑み隊を壊滅させた冒険者『チャイセ・ムタグバル』に由来している。




