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丸呑みシーサーペント

  バルティゴ都市国家連邦歴18年。

雨の多い季節が終わり、本格的な夏季が近づきつつあった。


 夏季である。


 魔王大戦後のこの季節、束の間の平和と繁栄に浮かれるバルティゴ連邦の市民にあるレジャーが流行りつつあった。

海水浴である。

かつて魔王大戦以前、海水浴はかつて存在した貴族や当時の王族関係者のみの娯楽とされ、民衆は整地された海水浴場に立ち入る事は許されなかった。

「民草が高貴なる者の素肌を見る事は許されない」という訳である。

しかし魔王大戦により旧バルティゴ王国は壊滅的な戦争に突入し、王国内深くまで魔王軍が侵攻してきた際に貴族は外国に逃げ延びるか、戦火の中で生命を散らしていった。

(その際、魔王軍の貴族狩りに少なからずバルティゴ王国民が手を貸した事も記述しておく)

その結果、大戦後期、魔王軍の侵攻に対抗するためにバルティゴ王国最後の15代目国王、オカピ名誉失国王は西カンティネント大陸の全体が一体となり、東から来る魔王軍の脅威に対抗するバルティゴ連邦構想を唱え、賛同した国家と共同で戦線を立て直す事で魔王軍に抵抗。

そして戦火によりその権威を失った貴族や軍に代わり連邦軍内で指揮権を任されたのが大烏、髑髏など高位階級にいた冒険者達である。

最終的に勇者の魔王討伐により魔王大戦は一夜にして終結するのであるが、バルティゴ連邦樹立時にオカピが宣言した「全ての種族に階級はなく、全ての市民は平等である」という宣言から貴族や王族という階級は存在しない事になり、とにかくそのような歴史の流れで海水浴は広く庶民にも解放された娯楽となったのである。


 しかしながら当時、開放された海水浴場で大変な獣害が起きてしまう。


 丸呑みシーサーペントである。


 この、鮫の身体に筒状の頭部を持つ海の怪物は、海中や海上の獲物を急襲し、その筒状の頭部で獲物を丸呑みにして捕食する。


 当時バルティゴ都市国家連邦歴2年、開放された海水浴場に多くの庶民が訪れたため今まで海岸部にあまり寄らなかった丸呑みシーサーペントの群が豊富な餌を求めて来襲。

多くの人命が無抵抗のまま海の向こうへ連れ去られて帰ってこなかった。


 海水浴場は急遽閉鎖する事になり、市民から海水浴の楽しみが奪われてしまったかのように思われた。

しかし、海水浴場で出店や貸しボートなどで利益を得ていた地元の商業組合は諦めなかった。海水浴客から得られる収入を。

最初は冒険者ギルドに冒険者を斡旋してもらい船を貸してやることで事態の解決を計った各地の商業組合であったが、ある程度の成果はあったものの問題も少なくなかった。

まず、冒険者へ支払う報酬が決して安くなく、討伐の為に船などを貸してやるのだが大体の場合どこかしらが破損して戻ってくるのである。

冒険者への報酬に加えて船の修繕費用も重なった。

更に、それで討伐に成功すればまだ良いが冒険者は時に成果を挙げず船だけ壊して帰ってきた。

商売人としては出ていく金は出来る限り抑えたい。

そこで冒険者ギルドを介さず所謂闇冒険者に依頼する商業組合も出てきたりもしたが、結局は上手く行かず、逆に海水浴場に反社会勢力を招きみかじめ料を取られて泣きを見る結果に終わったという話もある。

しかしながらどこの世界にも商売上手という者はいるものである。


 バルティゴ東海岸のシーリーフ海水浴場で船を貸す商売を営んでいたサカイという蛙人族が、画期的な企画を思いついたのである。


 『丸吞みシーサペント討伐大会』


 これは討伐したシーサペントの頭の大きさを競うという趣旨の催しで、上位5名には十分な賞金を出し、落選した者にも討伐したシーサーペントの首の数に応じて報酬を用意するというルールを作った。

サカイはやり手で、シーリーフの商業組合全体で大会を盛り上げるよう舵取りをし、冒険者ギルドの者にも根回しを欠かさず大会へのエントリー料を冒険者ギルドで徴収させるよう提案した。


 その結果どうなったか。


 一時的には賞金のためにまとまった金額を必要とするようにはなったが、冒険者達は駆け出し階級や山猫階級を中心に多くの者が賞金を目当てに集まるようになり、その冒険者達がシーリーフの旅館や飲食店、貸し船屋に金を落とすようになったのである。

のみならず、シーサーペント狩りに挑む水着姿の主に女性冒険者(※1)の姿を見物しようと観光客が集まるようになり、結果として出て行く金よりも入ってくる金のほうが多くなったのである。


 それ以来『丸呑みシーサーペント討伐大会』は海開き直前の恒例行事となり、バルティゴ連邦が内戦状態になるまで続いてゆく事になるのである。


 そしてバルティゴ都市国家連邦歴18年の今、初の大会が開かれて10年目になるその日、ひとつの大事件が起きるのであった。



 バルティゴ都市国家連邦歴18年7月1日大樹の日。


 月夜。


 夏の夜ではあるが、その日の東バルティゴ海岸は不自然なまでに雲のない空であった。


 静かな波の音に包まれた闇の海を目掛け、天からひとりの女が真逆さまに落ちていった。

目を隠すように黒い帯を巻いた、足首までラズベリー色の髪を伸ばした不気味な女は、闇を吸い込むようにして重力に引かれて行く。

奇妙なことにどういう工夫があるのか着ていた紫色の服が自然に脱げてゆき、海面に衝突する直前には目の周りに巻いている黒い帯以外に一糸纏わぬ姿となっていた。


 果たして女は頭から海面に衝突した。

海鳥が飛ぶほどの、普通は奇跡が起きぬ限り助からぬ高さからである。

しかし、なんの不自然か女は海の泡に包まれるとそのまま狂った人魚のように海中を物凄い速さで泳ぎ、その時漁をしていた漁船に接近していった。



 バルティゴ海岸の東ではこの季節、アマイカが近海で漁れる。


 「今、何か________空から」


 その時イカを獲っていた漁船の人族の男がひとり、何者かが海に飛び込み水が弾ける音を聞いていた。


 「何ボケっとしてんだい。早く終わらせて朝飯一緒に食べようって________あ、あれ?」


 イカを獲るための竿を止めた男を訝しんだ青い髪の鬼人族の少女は悪い夢のような光景を目の当たりにした。

海中からラズベリー色の髪を濡らした女が幽鬼のように船縁から甲板上に這い上がり、濡れて乱れた髪で隠した裸体を月光で輝かせながら物憂げな表情で甲板に4人ほどいた船員を見ていたのである。


 「あ、あんた、いったい………」


 女は美しく、欲情を掻き立てるような身体をしていたが船上の者が感じたのは恐怖であった。


 「________この船を、貸してもらうわ」


 女はそれだけ言うと何か歌のような呪文を口ずさんだ。

それは伝説にある海に巣食う半鳥女のように美しいが物悲しい音色であった。


 次の瞬間、海中から、長い筒状の口を伸ばし丸呑みシーサーペントの群れが一斉に船員に襲い掛かったのである。


 「ぎゃっ!!! ________むうっっっっ!!!」



 「うわあああああ!!! んんんん!!!! むぐうううう____!!!」


 「ひいいいいいい!!! むぐぅ________っ」



 船員の男たちは一瞬の間にブヨブヨとした弾力と、不浄な滑りのある肉の柱に飲み込まれ、言葉を失い海獣の腹の中に飲み込まれていった。

不幸な偶然でひとり残された鬼人族の少女がおり、人族との混血であった。

その為鬼人族の闘争本能を受け継がなかったようである。


  「いやっ! いやっ! たすけ________」


 青い髪の少女はまだ若く、背丈も胸も角も成長しきっていなかった。

腰を抜かして甲板上で震え、怯えた表情で逃げ場を探し四つん這いで這いずっていたところに尻から肉の柱が迫り、まるで唇に吸われるように身体が飲み込まれてしまった。


 「いやあああああああ!!! いやあああああああ!!! たすけて!!! お願い助け________」


 ショートパンツを履いた小ぶりな尻が飲み込まれ、粗雑な半袖シャツだけを着た筋肉質な上半身が飲み込まれ、顔だけが肉の柱から出た状態でラズベリー色の髪の女のほうを一瞬向き、


 「助け________おぶ____!! むううううううううう____________!!!」


 次の瞬間には完全に肉の柱の中に丸呑みされて彼女のバルティゴ連邦での漁は終わった。


 「ありがとう____ありがとう____みんな、大好きだわ」


 紫色の髪をした狂女に、獲物を捕らえたシーサーペント達の頭が擦り寄り、彼女の肌を愛撫した。

狂女は優しげな、しかし物憂げな微笑みを浮かべながらシーサーペント達の肉の柱を愛おしそうに撫でてやるのであった。


 討伐大会が開かれる前夜に起きたこの事件を知る者は、2名を除きまだ存在しない。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


(※1)

前魔王大戦で戦える男が多く死んでいった影響もあり、当時のバルティゴ連邦では女性冒険者の数が男性冒険者よりも多く、バルティゴ連邦で冒険者と言えば女性というイメージが少なからずあった。本小説ではその部分を誇張し、登場人物に女性が多い事をここで断っておく。

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