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石の中にいる スィートバウム少女石化事件17

  石の中にいる。



 それがイチを襲った最初の感情であった。

光も臭いも一切が感じられない。

身体の感覚は死んでいるが、身体が存在している事は感じている。

呼吸ができないのに、喫緊に迫る生命の危機は感じず、痛みもないがそのくせ無限に続くような息苦しさだけは感じる。


 ____きっと、エルビアニカたちが来てくれるさ。


 押しつぶされそうな苦しさの中、イチはそう自分を勇気づけた。

完全に石化される感覚というものが筆者には想像できないが、

それは緩慢に自分という存在が失われていく悲しさと言われている。

その感覚は真っ暗な狭い箱の中に身動きがとれないまま置き去りにされる不安と、暗黒の夢の中で目が醒めない心細さに似ているのかもしれない。


 ____けど、もしエルビアニカが来てくれなかったら……


 石化の暗闇の中に時間という概念はない。

時間とは、五感で感じる周囲の変化によって初めて感じられる環境の変化なのである。


 石の中に時間は流れない。


 ____もしかしたらエルビアニカ達も石にされてしまったかもしれない。


 ____このまま、このままになってしまったら……。


 ____私は、石のまま一生を終えるのか?


 イチは底知れない不安を感じた。

自分という存在が、こんな悲しい終わり方をしてしまう絶望に叫び出したくなったが、叫ぶための口も喉も肺さえも石になっているのだ。


 ____嫌だ。誰か、誰か助けてくれ!


 やにわにイチは恐慌を引き起こし、心の中で叫んだ。

その叫びは時間の停まった自分の中でしか響かず、彼女の不安を煽るだけだった。



 ____このままじゃ不味い! クソ! なんで動かないんだ!


 イチは全神経に気合いをかけて身体を暴れさせようと試みたが、まるで生糸で大樹を動かそうとするように何の手応えも感じなかった。


 ____クソッタレ! なんでこんな……! こんなところで終わってたまるか!


 イチは半ば半狂乱で身体が石化したまま全身全霊の抵抗を試みたがその全てが徒労に終わった。

石化とは緩慢な自己の消失であり、自由の死である。

どのくらいの間、そうしていたか時間感覚の消え失せたイチにはわからない。

しかし、やがて一切の抵抗が無駄と知るとイチは諦めたくても諦められない自分という存在がなくなってゆく悲しみに、とうとう泣きだしてしまった。


 ____嫌だ。嫌だよ。こんなの嫌だよ。こんなのって酷いよ。誰か、助けてよ……。


 その涙は誰にも見えず、当のイチさえ感じられず、彼女の叫びは誰にも届かず、自由と冒険の悲しい終わりが永遠に続いていくしかなかったのである。














 ……しかし。それでも光は蘇る。





 「イチ! イチちゃん! しっかりしろ!」


 イチの目に急激に光が差した。

そして灰色だったイチの全身に色が急速に戻っていった。



 「あんた、生きてんだろ! なんか言ったらどうだい!」


 頬を思いっきり叩かれた。

エルビアニカだった。


 「自分の脚で立つんだよ! ほら!」


 エルビアニカに抱かれるように引き寄せられ、生身のイチはそのままエルビアニカの胸の中に包まれた。

包まれて、泣いた。


 「怖かった……、怖かったんだ、エルビアニカ」


 「大丈夫だ。大丈夫だから。もう、大丈夫だよ」


 エルビアニカの胸の中でイチは泣きじゃくった。

その近くではミュルガルデが血に塗れたパーカスの隣にしゃがみ込み治癒を施している。

エルビアニカは胸の中で震えるイチの頭を撫でて生の感触を与えてやった。

イチはエルビアニカの体温を感じながら生の実感を、徐々に、ゆっくりと取り戻していったのである。



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