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潜入、パーカス邸。豪邸のトイレに感動するイチ スウィートバウム少女石化事件13

  バルティゴ都市国家連邦歴18年6月20日土の日。

既に石化したミュウを発見してから1週間経過した。

記録が残されている限りでは、完全に石化させられた者が生身に戻った際、一命を取り留めた最長の記録は半月である。

猶予はなかった。


 夕方にパーカスと待ち合わせたイチは夕食を共にした。



 そこはイチが生涯で数度しか入る事のなかったセクサティギーの超高級なレストランであり、彼女は個室でパーカスと共にナイフとフォークを動かしたがとてもではないが料理を楽しむ気にはなれず、どんな会話をしたかも思い出せなかった。

最終的にグラスに入ったワインを揺らしながらパーカスが「家においでよ。そこでゆっくりしよう」と誘って来たのでイチはそれに従い彼の邸宅に向かう事になった。

彼の家はラグジュバウムにあり、馬車で向かう事になりイチはエルビアニカが自分を見失わないか心配になった。

しかし馬車に乗る際、さりげなくエルビアニカを探すと男のセールスマンに変装したエルビアニカが馬車に乗っているのを見てイチは安堵した。(そして聡明なエルビアニカの事だ。ミュルガルデには別の馬車で自分の馬車を追わせた事だろう)

イチは揺れる馬車の中で窓ガラスに映った自分の姿を見た。

先日パーカスに会った時と同じ紅いドレスを着て、慣れない化粧で色気を出した顔が不安そうな目をしていた。


 「どうしました?」


 「あ、いや……にゃんでもない」


 なんでもない、と言おうとしてイチは噛んでしまった。

思わず笑うパーカス。


 「酔いましたか? 舌が少し千鳥足になっているようですね」


 「あ! いや! その、少し………」


 実際、イチは酔ってなどいなかったのだがいつもより舌が動かしにくく、喋りにくさを感じていた。 


 ____しっかりしろ、イチ。


どうにも昨日のブリーフィングから気持ちで負けている気がしてならない。

気がつくと下唇を吸って音を鳴らしているのをパーカスが面白そうに見ていた。



 イチはパーカス邸の外からわかる大きさにまず驚き、その中を飾る調度品の数々に驚いた。

どのような資産があればこのような贅沢ができるのか。

彼の家は平家ではあるがひとりで済むにはあまりにも広く、子供部屋を合わせて寝室が3つもあった。

もしかすると誰かと暮らす為に建てられた家なのかもしれないとイチは思いはじめた。


 「たまたま裕福な家に生まれただけですよ」


 そうパーカスは笑いながらグラスにワインを注いだ。


 「だけど、こんな豪邸……」


 イチは彼の寝室に招かれ、寝室に置くには贅沢すぎるように思われるソファに腰をおろしていた。


 「ひとりで住んでいるのか?」


 「えぇ。寂しいものです」


 「結婚をしようとか思わなかったのか?」


 一瞬、イチの無神経な質問にパーカスの動きが止まった。何か彼の嫌な過去を抉ったらしい。


 「昔はそうも思いましたが、もう歳ですしね。たまにこうやって若い子を家に呼べれば十分です」


 「そ、そうか……」


 イチはどうもパーカスに悪い事を言ってしまった気がして、奇妙な事だが気の毒に感じた。


 「さぁ、年代物のワインです。一緒に飲みましょう」


 「すまんが、その前に、少しお手洗いに……」


 イチは信頼できない相手から注がれた飲み物に口をつけるほど迂闊ではない。

しかしそれ以上に、先程から催していたのは事実だった。


 「おっと、失礼。お手洗いは反対側の廊下の突き当たりです」


 「わかった。行ってくる」


 そう言ってイチをひとりで行かせたパーカスも迂闊である。

しかし、貴族の血筋であり幼い頃から他人に世話をされる事はあっても他人を世話する立場にないパーカスはイチを手洗いまで案内してやるという発想がなかった。

イチを待たずに先に自分のワインに口をつけたのは、事業が上手く行く確信を得た余裕からだろうか。



 一旦パーカスの寝室を出たイチはひとまず逆側にあると言う手洗いに向かった。

パーカスの邸宅は彼がひとりで済むにはいくらなんでも多すぎる部屋があり、廊下は長く、等間隔にぶら下がるオイルランプの薄明かりがどこか不気味に輝いていた。

パーカスは「家の事はメイドに任せている」と言っていたが、それらしい人影は見えず、今日だけたまたま外に出しているのか、それとも住み込みで働いているわけではないのか……。


 ともかくイチは手洗いに辿りついた。

手洗いひとつとっても下手をすればイチの部屋と同じくらい広く、18世紀まで存在していた貴族という身分の凄まじさに圧倒された。

個室に入ると、便器がまるで剥き卵のように輝いている事に驚いた。

嫌な臭いもまるでせず、この中だったらどれだけ長い時間いても不快な気分にはならなさそうだ。

イチが冒険で行った各都市で、使うのも憚れるような最低最悪の便所を見かける事も稀な事ではない。

とは言え、下着をおろして座ってしまえば所詮は排泄物を流す場所であるには変わりない。

イチは股間から熱が流れていく感覚に僅かに安らぎを覚え、そして個室の壁にかけられた便所紙の柔らかさに深く感動した。


 ____やわらかくて優しい拭きごこち!


 そしてイチは余計な事に関心を寄せられる余裕が生まれつつある事に気づいて喜んだ。

この余裕が土壇場で鋭い観察眼や閃きを与えるので、マインドとして可能な限り余裕を残しておいたほうがいい。


 ____さて、問題はエルビアニカが中に入れるかだな。


 イチは下着を履き直すと内腿の隠しベルトに挿した手のひらサイズのファンクル17式護身拳銃を確認した。

これは旧来のファンクル護身拳銃の欠点であった威力の問題を解決するために特殊弾を採用したもので、装弾数は1発きりだがイチはこれを両腿に挿している。

パーカスに特別な魔法などがなければ2挺で十分無力化し尋問する事は可能に思われた。

しかしイチはドレスの中の隠しポケットに入れたガラス製の筒を取り出し蓋を開けると、中にいるブンタイムシを指で突き刺激した。

するとブンタイムシが鋏になっている前肢を振り上げイチを威嚇しはじめた。


 エルビアニカは恐らく尾行を悟らせないように敢えてイチ達が乗ってきた馬車より少し離れた先で馬車を降りたはずだ。

そうするとエルビアニカがこの邸宅の近くに来るまで若干のタイムラグが生まれるが、今くらいのタイミングでブンタイムシを使った合図を送れば丁度良いだろう。

怯えて興奮しているブンタイムシの入った筒はそのまま便所の死角に隠した。これは、万一逆にパーカスに捕えられた際、外部に合図を送っている事を知られたくないからだ。


 問題は、エルビアニカの鍵開けなど斥候としての技術は一級で、しかしその技術を持ってしてもこの邸宅の鍵を開けるのは困難である事だろう。

外から見たところ、窓には全て鉄格子がかけられ窓から侵入するのも厳しい。更に玄関の扉はあまり見ないタイプの鍵がかけられており、エルビアニカの鍵開けの知識で対応できるか不安だった。


 ____そういえば、窓がないな。


 その時、イチは手洗いに窓がない事に気がついた。

パーカス邸は凹型の間取りをしており、トイレが廊下の突き当たりにあれば窓があってもおかしくないような気がした。

というより、外から見た時に位置的に窓があったはずなのだが……。

イチはハッとして手洗いを出ると廊下の壁をしっかりと観察した。廊下の突き当りには大きな長方形の鏡があり、やはり窓がなく不自然である。

振り返って廊下全体を見ると、逆側の廊下より奥行きが少しだけ足りない気がする。


 ____まさか……。


 イチは鏡を調べると、鏡の枠は何匹も絡み合う蛇のレリーフで縁取られていて、もしこの鏡が扉だとしたら、丁度ドアノブにあたる部分に鎌首をもたげた蛇の頭が付き出ている。

イチがその蛇の頭を引いたてみると、僅かだが動きそうな手ごたえを感じた。

そのまま頭を引きながら鏡を引いてみると……。


 ____開いた!


 鏡は隠し扉になっており、その先には地下に降りるための階段と何かを運搬する為のハンドル式昇降装置があった。


 ____貴族の家にはだいたい隠し部屋があるって聞いてたが、まさか本当にあるとは……。


 この時、イチは地下の先を確かめようとしたがこれが良くなかった。

地下を調べるのはエルビアニカらの応援を待ってからのほうが良かったのだが、イチは何か決定的な証拠があると思い、それを好奇心の言い訳にして手近な燭台から一本蝋燭を手に取ると暗い階段を進んでしまったのである。


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