スウィートバウム連続下着泥棒事件・序章
イチ達が住居としているスウィートバウム地区のルーナハイムはこの時代は先進的な女性専用アパートである。
アパートとは言うがその実態は我々の時代のシェアハウスと殆ど同意義で、この時代の中流以下の冒険者は他の冒険者と共同生活を送るのが当たり前であった。
ルーナハイムは2階建ての物件で、2階には寝室が8つあり、そのうち7つが埋まっている。
2階には他に便所とシャワー室。そして屋上に上がるための梯子が廊下の奥にある。
1階はキッチンとリビング。リビングには食事をとる為のテーブルとイス、後は各入居者が乱雑に飾った私物や部屋に置くには大きすぎる入居者の槍などもあるが、ここの寮母であるイリナ・ジーフ(人族。42歳)の居住空間が敷地の半分を占めていた。
入居者は以下の通り。
201号室 イチ 推定18歳
(銃士。人族。この物語の主人公であるが実はポンコツである)
202号室 シーナ・アハトゼヘル 16歳
(魔法使い。人族。魔法の才能に優れているが魔法の発動が安定しない。やかましい事で有名)
203号室 タオ・メイメイ 36歳
(銃士。ハーフエルフ。大変小柄であり難しい事を考えるのが嫌いで火力で物事を解決したがる。豪運の持ち主)
204号室 イルハ・ルチオリーヌ 18歳
(女騎士。人族。イロハ村からやってきた。剣の実力は確かだが気弱である。時折性格が豹変するらしい)
205号室 ヘルヒャン・バットフット 18歳
(クラフター。父親をコボルトに持つハーフコボルト。アウトローに憧れており金髪の体毛に赤いメッシュを入れている。手先が器用)
206号室 ミュルガルデ・レーリッヒ 24歳
(治癒魔法使い。ミノタウロス族だが暴力を嫌い治癒魔法の道を志している)
207号室 エルビアニカ・サーカッチ 29歳
(スカウト。人族。長身でスレンダー、博打好きの酒好き。婚期を逃しつつある。この寮のまとめ役でもある)
皆、冒険者の階級で言えばタオ・メイメイとシーナ、ヘルヒャン、ミュルガルデが山猫階級。イルハ、エルビアニカ、そしてイチが狼階級である。
この内、ヘルヒャン、イルハは冒険の為に部屋を留守にしており、残った入居者はとりあえず事件の現場である屋上に自然と集まった。
屋上は柵もない開けた空間で、雨水を溜めるタンクと洗濯のためのタライと物干し竿、ミュルガルデが趣味でやっているガーデニングで栽培している果実や野菜、薬草のプランターが並んでいるだけだ。
彼女らは洗濯が必要な時、個人でやる場合も勿論あるがミュルガルデが家事全般が好きなので彼女に多少の対価を与えてまとめてやってもらう事が多かった。
「私、昨日は早朝からギルドに用事があって陽が傾くまでに洗濯できなかったので夕方にみなさんのぶんも洗濯して夜のうちに干しておいたんです。そうすれば今日の昼頃には乾くと主思いまして」
ミュルガルデは申し訳なさそうに言った。
季節は春。確かに夜のうちに干しておけば昼には乾いていただろう。だがその洗濯物のうち下着の上下だけが綺麗になくなっていたのである。
この僧侶風の貫頭衣に身を包んだミュルガルデという牛頭人身のミノタウロス族の女性はこの種族にしては珍しく恵まれた暴力の為の体格に溺れず、自然を愛し他者を労わることのできる心優しい女性であった。
なので自分が担当した洗濯物が盗まれてしまったことに責任を感じているのだろう。
白い毛に覆われた牝牛のつぶらな瞳が悲しそうに黒く光っている。
ミュルガルデは長身で180cmほどもあり脂肪も筋肉も蓄えた肉体は豊満であった。
この寮の冒険者達はみなミュルガルデを好く思っている。
「ミュルガルデの責任じゃないさ。風に飛ばされていった可能性はないか?」
イチはミュルガルデを慰めるように言ったが、その言葉にハーフエルフのタオ・メイメイが反論した。
「下着だけよ。上下。他のはあるもの。泥棒の仕業に決まってるじゃない」
この金髪の巻き毛の少女はハーフエルフで、年齢こそ36歳ではあるがハーフエルフの成長には人族の3倍ほど時間を必要とし、実際は12歳程度の年齢なので子供同然に考えていいだろう。身長も139cmほどしかなく身体もまるで未発達である。
この少女は同じ銃士であるイチをライバル視している。
白いキャミソールにズロースだけという姿を見るに、今日は寮から出ないつもりなのかもしれない。
「しかし、下着だけ盗んでどうするつもりかね」
呆れた様子で腕を組んで考えているのがエルビアニカ。
茶色が混じった銀髪の髪を短く刈った女性で、人族の女性としては長身で170cmほどあり、手足が長くスレンダーと言ってよいプロポーションをしている。
寮の中では最年長であり、酒と賭博の為に冒険者として日銭を稼いでいる女である。
年長者のためか寮で何か議論が必要になった場合まとめ役になる事が多い。
今日はこれからプライベートの用でもあるのか、タンクトップに薄いジャケットを羽織り、パンツスタイルで化粧にも多少の力が入っていた。
「シーナはですね、色々考えたんですがこういうことだと思うんです」
そう切り出した亜麻色の髪を二房のおさげに結った少女はシーナ・アハトゼヘル。この人族の魔法使いの少女は身長こそ157cmほどであるが上半身に豊満さが見てとれ、イチよりもプロポーションは男好みがするものだろう。
今日はこれからどこかへ行くのか魔法使いの冒険者がよく着る冒険用の赤いローブに身を包んでいるが、この少女に関して描写すべきは外見よりも特筆すべき点がある。
とにかくやかましいのだ。
「きっとどこかに下着に困った貧しい女の子達がいるんですよ! そういう人たちに義賊みたいな泥棒さんが街で下着を盗んで与えているんです! シーナの下着はそこそこお値段のするものなので盗られるのは困りものですが、言ってくれたら使い古しのパンツくらいは渡してあげますのに、でも人にパンツが欲しいなんて言うのは恥ずかしいですよね? だから仕方なく盗んだんです。かといって泥棒はダメです! けど泥棒さんには泥棒さんの事情があって………う~ん、シーナ解らなくなってきちゃいました!」
話し出すと止まらないのがシーナである。
身振り手振りも加え、機関銃のように早口で一気にまくしたてる様子はやかましい事このうえない。
さて、ここで少々補足を挟まねばなるまいか。
21世紀を生きる我々にとって下着泥棒の存在はある変質的な嗜好を持った人間が行うものであると知られており、特別珍しい出来事でもないがこの19世紀では珍事であった。
無論、19世紀以前もそういった変態による下着泥棒はあっただろうが、まさか変態的な欲望の為に彼らが盗んでいるという見識は広まっておらず、仮に下着が盗まれても何か魔物や怪異のせい。魔物や怪異のせいでなく人の手によるものであっても本来の意味での異常者の犯行と見做されいたので下着泥棒という言葉もなく、下着に対するフェチズムの存在も知られていなかったのである。
もうひとつ、バルティゴ都市国家連邦樹立後に服飾に関する革命的出来事があった。ひとつは産業革命である。魔王大戦時に活躍した蒸気機械は戦後、兵器などの製造だけでなく庶民の為の衣服の制作にも活躍した。
このことで庶民の間で服装の選択肢が大幅に増える事となりおしゃれ産業とも呼べる市場が形成される事になる。
更に写真技術、印刷技術の発達によりファッション誌『AN-NON』が刊行された事によっておしゃれ市場は更に広まり、その為に下着に関してもブラジャーは勿論、ショーツに関してもシルク生地で刺繡が入った高級なものや、煽情的なTバック、極めて布面積の少ないスキャンティ、胸から股間までを守る矯正下着やガーターベルト、履き心地の楽なコットンショーツや、サニタリーショーツなどが庶民向けに流通したのもこの時代である。
そしてその多種多様、色とりどりの下着が広まった事で下着に対してのフェチズムを感じる男女も現れはじめた。
「イチちゃん。今日は何もないんだろう? よかったら某支部に行って何か事件が起きていないか聞いてみてくれないか? どうも下着だけなくなっているというのが気になる」
エルビアニカはシーナの言葉を聞き流してイチに言った。シーナは少し不服そうに唇を尖らせた。
エルビアニカはどうやら今夜、男と会う用事があるらしいとシーナが昨晩噂していたのをイチは聞いている。
「私も行ってあげるわ」
「私も行きます! きっとシーナの頭脳がこの事件の謎を解き明かしてみせますよ!」
タオ・メイメイがイチへの対抗意識からか名乗りを挙げ、探偵気取りのシーナもそれに賛同した。
____おいおい。まだ行くともなにも言ってないぞ。
イチは心の中で呆れたが、確かに今日は何の用事もない。用事がないからこそ二日酔いの身体を休めようとしていたのだが…。
「わかった。準備をするから少し待っててくれ」
シーナとタオ・メイメイだけに行かせるのも気がかりだったし、問題が解決すればミュルガルデも安心するだろうと思い渋々だが承諾したのだった。
これが歴史上初めて記録される事になる下着泥棒事件の始まりであった。




