『天坂理音という人間』その②
「い……いやだよ!」
彼女は強く拒絶した。
「!」
「何のことか分からないし、私は……私だって、幸せになりたいよ!……変なこと言わないで、お父さん!」
「…………!……『違った』のか……?」
父親の言ったことの意味を知るのは、その随分あとになる……ともかく、この会話が原因で、なんとなく、父親と心の距離を置いてしまった彼女は、
帰ってすぐに勉強机に座るようになり、
かつてのように勉強を始めた……
すると、半年が経った頃、
宿題や自主勉強をしても『30分』しか時間を使わなくなったので、父親の本棚から拝借してきた色んなジャンルの『本』を読むようになった。
さらに半年が経った頃、
宿題と、量を増やした自主勉強、それに一冊200ページほどの本を読んでも30分しか経たなくなったので、
彼女は生活リズムを変えた。
さらに半年が経ったら、
学校から家に帰る前に近所の図書館に行き、宿題、自主勉強を終え、3冊の本を読んでから帰るようにした。
因みに図書館で、5冊ほどを借りて……
さらに半年が経った。
彼女は、父親との関係が少しだけ悪化してから2年間の間で、とんでもない頭脳を手にしていた。
その頃には1日に10冊の本を読んでいた。
この時点でまだ10歳……
ここから更にあと6年の研鑽、そして異常性を積んで、彼女は世界一の頭脳を持つことになる。
そして高校に入学……
勉強はもはややりがいを感じないが、青春を楽しんでいた彼女だった。
そして夜には様々な分野の開発に取り組む。
そんな生活を送っていた……
「で……できた!吃音……これで治る……多分……」
はてさて、ここまで彼女の過去を追ってきたが、現在に至ったのだ、そろそろナレーションも必要が無くなる頃であろう。
……と、思っている人もいるかもしれないが、それはもうすこし後。今の彼女にはまだ、ナレーションが必要なのだ。なにせ、今の彼女は……
「……また証明されてしまった……やっぱり私って……ううん、そんなはずない。『素質』なんて……」
Sadistなんて。
Devote(捧げる)なんて。
そんなことは自分には関係ないと……これほど異常な頭脳を持った彼女でさえも、証明できなかった。
逆に、素質が証明されていく……
彼女はこの吃音の治療法……正確には治療薬の研究のなめに、自分で人体実験を繰り返していたりしたのだ。
まさにサディスト。そしてディヴォート。
彼女は認めたくない…………
「……まあいいや」
やはり、5年前の父親の発言が引っかかっているから、こういった研究のことはあまり話したくない。
しかし彼女は、頑張ったことを黙っているのもそれはそれで嫌なので、毎回それとなーく伝えているのだ。
お父さん、あれあれこれこれがね、
と言うと、
まさか研究が上手くいったのか?
と返ってくる。
そこで声を出さずに静かに肯定すると、
父親は静かに微笑んで、目線で褒めてくる。
目線に何の意味があるのか。
それは考えたくない……
「おお、またこれで多くの人を救えるなぁ」
「うん……」
9月11日の、23時45分。
相変わらず自室で小説を書いている父親に、報告をしにいった。
今ではそこを、書き部屋と彼女は呼んでいる。
大量の本と、少し高価な机……それだけの部屋。
その日の父親は珍しく喋った。
「ガン治療の研究も進んでいると言っていたな。お前は自慢の娘だ……本当に」
「どうしたの?……お父さん。ははは」
「……物書きには時々、未来が見えることがある?」
「え?」
父親は変なことを言い出した。
急に立ち上がって、彼女を強く見つめて。
「……な、何……?」
「現実の世界は……小説の題材になる。それは何故か……理由は沢山あるが、私は伏線があるからだと思う……物書きだけが、異変に気づける……未来予知だ」
「……⁉︎」
父親が訳の分からないことを、また言い出した。彼女にとってそれは恐怖であった。
「リオ……理音。お前は自由だ。ずっとずっと、閉じ込められていたけれど……」
「閉じ込める……?まさか、お母さんとの離婚の話⁉︎……私は、別に、お父さんもお母さんも、何を……恨んでもないし、ずっと自由だったよ!」
「違う……お前はもう、ディヴォートからも、サディストからも解放されるんだ……」
「‼︎」
彼女が一番気にしているワードに、
彼女はすくむ。そして父親に肩を掴まれる。
「……すまない。私の頭はおかしくなってしまったのかな……変なことを言っているのは自分でも分かっているんだ……でも、これだけは分かってくれ」
「な、なに?」
「私はお前に幸せになってほしい」
「……!」
その言葉を聞いて、彼女はうなづき、
父親は何もなかったかのように作業に戻った。
「……あまり夜更かししちゃダメだよ?」
「夜明けだ」
「?」
「あと少しで夜明けが訪れる……」
「お父さん何言ってるの。まだ真夜中だよ」
「そうだな。……『まだ』……」
「……」
「お前は幸せになれる」
「……そうかもね。……おやすみ」
「おやすみ」
そして……9/12 00:00:00……
大事件が起きたことを彼女は知らない。
『幸せになってほしい』。
その言葉が頭の中で循環して……何やら様子がおかしかったけれど、幸せな気分になって、眠っていたからだ。
そして翌朝。
7時に起床して、顔を洗い、うがいをして、ラジオ体操をして目が覚めたところで、その静けさに気付いた。
「……お父さん?」
最初は。
最初は、彼女は父親がどこかへ行ったのかと思った……ゴミ出しとか、もしくは平日だけど町内清掃があるのかと思った…………
だがしかし、事はそう単純でないということに気付いた。色んな異変が起きていたのだ。
テレビをつけた。
だけど、何も映らない……何故?
国営放送すらも……このテレビが壊れたのか?
住宅地とはいえ、外から音が聞こえない。
道路を通る車が無いのか?
外に出てみたが、やけに静かだ。
その辺の家に近づけば、家庭の音が聞こえてくるはずなのに……みんなで寝坊したのか?
彼女の頭に疑問が現れまくる……
だがしかし、彼女の頭脳を持ってしても、謎は解けない。一体何が起こったのか⁉︎
まさかゾンピパニックが起きたのか⁉︎
そう、彼女は思った。
冗談ではない……それぐらい、彼女でさえも、全く説明できず、奇妙な現象だった。
だがしかし、説明は出来なくても、何が起こったのかは予想できた。
この賢い、秀才な彼女だけでない。
この町の、県の、全国の、全世界の子供たちはその現象を理解していた……何故、こんなにも静かなのか?
大人がいなくなったんだ!!!!!!
──────
昨日の父親の発言など、どこかへ吹っ飛んでしまった彼女は、とりあえず学校へ向かった。
およそ600メートルの通学路。
歩いている間、彼女は頭をフル回転させて謎の解明に取り組んだが……結論は出なかった。
それでも候補に上がった予想は次の四つ……
・町全体でドッキリをしている
(うちの父親がそんなのに参加するわけがない)
・実は地震があってみんな逃げた
(見る限り町はどうともない)
・ウイルスや放射能があって逃げた
(起こしてくれるはず)
・私がよっぽど起きなくて父は諦めた
(なら私の体はこんなに元気なはずがない……)
全部違うだろうなと、彼女は理解した。
そして……彼女が学校の校門に来た時、何やら大勢の人間が集まっていた……どうやら、門が開いておらず、中に入れないようだった。
彼女は質問責めにあった。
やはり『異変』は皆感じ取っていたようで、既に集まっていた生徒たちの中で出た結論は……
『大人はみんな異世界に転生した』
であった。
彼女はそれに対してどう答えたのか……?
「割とそうかもしれない……」
その一言に、世界一の頭脳が焦っていることが見受けられるその一言に、生徒たちは絶望に打ちひしがれた。
テレビもラジオも通じない。
状況が全く分からない。
さて、しかし彼女には、
世界一の頭脳を持つ身として、ここにいる大人数に対してリーダーシップを発揮して、今後の指示を下す必要があった。




