『天坂理音という人間』その①
世界から大人が消えた。
それは、何の兆候もなく起こった。
20XX年 9月 12日 00時00分00秒───
それは何の意味も持たない日時。
強いて言うなら、00時、つまり24時という時間は、一日が終わる時間であり、一日が始まる時間であるが……
その、時計の二つの針が一番上に来たその瞬間に、まさか世界に異変が起こるとは誰も予想していなかった。
そう。誰も。
世界一の頭脳を持つ『彼女』でさえも───
「あっ………………!!!!」
彼女は目を見開いた。
「で……出来た…………これで……また一つ証明されてしまった………………」
彼女は夜な夜な発明をしていた。
今日の発明は、彼女自身も患っている『吃音症』の為の治療薬……それを完成させたらしい。
『世界一の頭脳を持つ女』。
それでいて控えめな…大和撫子である彼女は、
若干16さい─────
────友達からは『リオ』と呼ばれる。
だが今はその話は置いておこう。大切なのは発明の話より、朝を迎えて異変に気付いた後の話だ。
この世の子供は思った。
残された子供は思った。
大人が、訳も分からなく消えたその時……自分たちは、大人が居ないと落ち着かないと。
帰ってきて欲しいと……
戻ってきて欲しいと……
また会えるなら何でもする……と。
子供たちは嘆いた。
ただ一人……嘆かなかったのは彼女だけである。
世界から大人が消えて、
世界が子供のものになった時……
彼女が思ったのはただ一つのことだった。
『私が世界を支配しなければならない』。
この『物語』は、誰かが『不幸』になる物語……
『天坂理音という人間』
天坂理音は秀才である。
圧倒的に。
もちろんそれだけで彼女の全てを言いあらわせるわけがないが、それでも、人は彼女を一言で表せと言われたら『秀才』だと答えるだろう。
何故か。何故『秀才』なのか?
『天才』ではなく……人は何故彼女を秀才と呼ぶのか?……世界一の頭脳を持っているのに。
その答えは普段の振る舞いにあった。
学校にて……
何の変哲もない学校である。
彼女のように、特別凄い奴が集まる場所でもなければ、金持ちの御用達というわけでもない。
一応進学校と言われてはいるが、それでも普通クラス……彼女は、『リオ』は、家が近かったので通っていたのである。
「リオ〜〜!」
「はい。どうしたの?勉強?」
「全然わかんねー!何ぃ?積分って何ぃ?」
「積分っていうのはね……」
彼女はクラスの人気者……というわけじゃなかったが、勉強がやたら出来るヤツとしてある程度人権を得ていた。分からないところがあるなら、彼女に聞けと。
「まず、微分は覚えてる?」
「あれでしょ?なんかあれでしょ、Xが無くなるやつ。で、Xが無くなったら半分に……何だっけ?」
「…………はは。微分からおさらいしようか」
彼女は小難しい話をしないし、
クラスメイトに分からないことは言わない。
だから好かれる。
「今日カラオケ行く人ォーーーー!」
「はいはいはーい!」
「リオは行くぅ?」
「うん。ちょうどボヘミアンラプソディが歌いたかったんだ!」
ノリも良い。
クラスメイトは若干、カラオケで あのボヘミアンラプソディを歌えるのか不安になるが、歌ってみると何ということでしょう……めっちゃ……音痴である。
そういうところがあざとくで可愛いと、一部の男子から好意を寄せられることもある。
定期的に告白される。
「好きです……!」
「ごめんなさい……恋愛は出来ないの」
「だ、ダメなら理由を!」
「◯◯君はタイプじゃないかな……」
「がーん……じゃ、じゃあタイプを教えてくれよ!頑張って俺もそれを目指すからさ!」
「私が……付き合えるとしたら多分……」
「ごくり」
「………………思い浮かばないな……」
「?」
カラオケの帰りに告白されたが断ったようだ。
彼女は何故断ったのか?……それは以前の恋愛の歴史に理由がある……
中学生の頃、1年生の1学期に入って3ヶ月ほどが経った時、ある男子に告白された……OKしてピュアなお付き合いをしていくうちに、好きにはなれなかったが、本音を言い合える仲になった……のだが。
「え、じゃあ……さすがに一般意志は分かるよね……」
「それって中学一年生が知ってなきゃダメなヤツなのか……?」
「!」
彼女が本音を打ち明けるたびに、用語が難しくなっていって……最終的には、好きになりかけていた彼氏と、一言たりとも会話ができなくなった。
仲が悪くなるのが嫌だったので、早めに別れようということになった。今では友達である。
仕方ない。彼女が賢すぎるのが悪いのだ。
しかし。話を戻すと、彼女は賢いだけであって、別に生まれつき才能があったわけでもないし、IQが高いというわけでもない。
むしろIQだけを比べるなら、元カレの方が高いかもしれないくらいである。しかし……
彼女の賢さはその、『IQの低さ』に由来する。
8歳の時、IQテストを受けたら、彼女の結果は『80』だった。つまりは正常とされる数値よりも低かった。
そのあと……母親の様子がおかしくなった。
妙にリオに対して、厳しく当たるようになったのだ。
……母親はパートをする専業主婦で、父親は小説家だったが、母親はリオが小学校から帰ってくると、父親が自室に籠っているのを確認して、リオの髪の毛を掴み、勉強机に向かわせた。
「あんたはね、勉強するしかないのよ。弱い頭を持って生まれてきたんだから」
「……」
リオは次第に、帰るなり勉強机に向かう癖がついた。母親は、勉強さえしていれば、暴言を吐かないから……
しかしリオは気づいた。
今まで、嫌々やってきた勉強が、全然身についていないということに……
それが感覚でなく具体的に分かったのは、次のテストがあった時だった。
リオは友達より勉強を沢山したはずなのに、友達が取った100点を彼女は取れなかった。
……それを知った母親は怒鳴り散らした。
ついに殴られた。そしてそのあと………………
「……ねえお父さん、それ何してるの?」
「これは……小説と言うんだ」
「小説?」
「ああ。物語を書いて人に読んでもらう……人の心に残るストーリーが書ければ、儲かる。父さんの仕事だ」
「お仕事?」
「ああ」
「お父さんはお母さんに言われてやってるの?」
「…………?」
その一言から全てがバレた。
夫婦関係は終わり、離婚することになった。
親権は父親に……
寡黙な父の部屋に入っていって、作業を見ながら話をしたのはそれが初めてだった。
父との2人暮らしが始まると、勉強を強制されなくなり、彼女は開放感を感じた。しかし……
気がつくといつも勉強机にいた。もう癖だ。
しかし、勉強はもうこりごりなので、彼女は、リオは、父親のように小説を書こうと思った。
しかしどうだ……彼女は何も書けなかった。
ネタが思い浮かばなかったのだ。
そして数ヶ月が過ぎ……彼女はある日、授業で、地球温暖化について習った。
彼女は笑った……これは小説のネタになると。
彼女がその時書いたのは、ある女の子のおはなしだった。バレエを習っているが、体が柔らかくなくて、足が180度 開けられなくて馬鹿にされる……
しかし地球が暑くなって、体がドロドロに溶け、彼女はバレエが上手くなりましためでたしめでたし……
「なんだこれは⁉︎」
父親が大声をあげたのはこの時だけだった。
お父さん、小説書いたから見て〜〜と見せて読んでもらったら、そんな反応をされた。
「そ、そんなに駄目……?」
「いいや……リオ、お前、もう一つ何かを書いてみろ……素質があるかもしれない」
彼女はその時、てっきり、自分は父親のように小説家になれるのだと思っていた。
張り切って次回作を書いた。
授業で習ったことを参考にしてネタにした……
二作目、砂漠化が進み、縄張りが増えて喜ぶサソリのおはなし……その番外編は、海の水位が上がって同じく縄張りが増えて喜ぶお魚の話。
三作目、貧富の格差がある国で、高台に住む貴族が財布を落として、お金が階段の上から落ちてくるのを喜ぶ貧民の話。貧民街はその日喜びに包まれた……
「お前はサディストに違いない!」
期待してきた感想と違って彼女は落胆した。
父親の表情も、なんだかよく分からなかった……嬉しくはなさそうだが、若干楽しそうで不安そうだった。
「いいか……リオ。お前は心の何処かで、人はある程度傷ついても良いと思っている」
「そ、そんなことないよ!……人間はみんな幸せにいるべきでしょう?」
「『みんな』?……それは誰に教わったことだ?」
「……⁉︎」
「母さんは教えてくれなかったことだろう。俺もお前にそんなことは教えた覚えはない。学校か……幼稚園か?とにかくそれは嘘だ」
「そんなことない!」
「落ち着け……いいか……お前は、天坂理音。俺の娘だ。だがしかし、お前は俺には似ていない」
「…………え」
「随分、社会問題に関心があるようだ……それが既に、お前が『血』を受け継いでいる証拠!」
「何を言ってるの……⁉︎」
「ディヴォートの精神だ。……この世界は、全員が幸せにはなれない。誰かが間違ったり、誰か傷ついたり、そういうことは絶対に起こる。
だからお前がそれを引き受けるんだ……リオ。自分が罪を背負い、自分以外を幸福にするんだ。
普通の人間と違い、お前はその覚悟ができる血統の元に生まれているんだ!」




