夜会①
すみません。つらい話しです。
「そんな…。」
ナターリアは呆然として立ち尽くしてしまいました。
アンナは急にこんな話しを聞いたものですから、何と言っていいか分からず困ってしまいました。
アレクセイ付きの女官としてずっと仕えていたアンナは、アレクセイにナターリアの侍女が急に辞めたから代わりに仕えて欲しいと言われて来たら、こんなことになってしまったのでした。
今にして思うと、アレクセイの様子もナターリアの様子も少しおかしいなとは思いつつでしたが。
それによく考えるとおかしなことでした。
側妃の侍女が辞めたからといって、国王陛下付きの女官を仕えさせるなんて聞いたことがありません。側妃が新しく侍女を雇えばすむ話しなのですから。
これはいったい何が起こっているのか…。
「あの、恐れ入りますが、ナターリアさま…。このまま夜会にご出席なさってもよろしいのでしょうか?」
アンナは思わずナターリアに確認するように話しかけました。
「え、あの…。私は…。」
ナターリアは口ごもってしまいました。
カールのために王妃になろうと、アリスまで手放したのに、それなのにカールは王女に仕えることになってしまいました。
でも、
ここまできて…。
いまさらやめることも…。
私さえ我慢すれば実家は安泰なんだし。
メアリーも結婚したのだから。
ふぅ~。
ナターリアは目を閉じてため息をひとつつきました。
そして、アンナに向かって言いました。
「このまま出席するわ。いまさらやめるわけにはいかないでしょう。」
「それはそうでございましょうが…。」
アンナが少し心配そうに答えました。
コンコン…。
「失礼いたします。夜会のお時間でございます。」
「どうやら時間のようですね。参りましょう、アンナ。」
ナターリアが姿勢をただして言います。
「は、はい。ご案内申し上げます。」
アンナが部屋の扉を開けて夜会の会場へ向かおうとしました。
そのとき、迎えに来た侍女が遠慮がちに
「あの、恐れ入りますが陛下から緊急のお手紙を預かっております。」
「緊急のお手紙でございますか?これから夜会でお逢いになれますのに…。ナターリアさま、どうぞ。」
アンナが不思議そうに侍女から手紙を受け取り、ナターリアに手渡しました。
「ありがとう。何かしら…。」
そう言いながらナターリアが手紙を読むと驚きの内容が書かれていました。
「アンナ…。参りましょう。」
ナターリアは唇を噛み締めて、震える声で言いました。
「どうなさいました?陛下は、何と…。」
アンナは心配そうに尋ねました。
「いえ、いいの。急ぎましょう。」
そう言うとナターリアは会場へ急ぎました。
ため息を一つ残して…。
王宮の広間では、それはにぎやかに夜会が行われていました。
上段にアレクセイと王太后が鎮座していました。
そして、その近くに当然のようにシャルロッテも控えておりました。
「あら、ナターリアさまよ。珍しいわね。夜会に出られるのは…。」
「本当ね。出られるってことは何かあるのかしら?」
「もしかしたら、もしかするかもよ…。」
ざわざわとナターリアの噂話が飛び交います。
ナターリアは、決意はしたものの初めてのことに思わず、足がすくんでしまいました。
「ナターリアさま、大丈夫でございますか?」
心配そうにアンナが声をかけます。
「あ、いえ…。大丈夫、ありがとう。」
ナターリアがハッと したように答えます。
「では参りましょうか。陛下もお待ちでございますわ。」
アンナは微笑んでそう言って、アレクセイのもとへ案内します。
ナターリアは少し暗い顔で、アレクセイのもとへ行きました。
アンナは王妃候補として紹介されるものとして張り切っていますが、恐らく歓迎されないのはナターリアは分かりきっていました。
それにさきほどの手紙で無理だと分かりましたし…。
「側妃ナターリアさまご到着でございます。」
アンナは誇らしげに告げました。
ナターリアの姿を見たアレクセイは嬉しそうでしたが、すまなそうな顔をして、当たり障りのない挨拶を交わしました。
側にいた王太后が微笑んで声をかけてきました。
「ナターリアどの、夜会でお見かけするのは初めてですね。今日は楽しんでらしてね。」
「恐れ入ります、王太后さま。」
ナターリアが俯いて答えます。
「そうそう、おめでたいことがありましてね。シャルロッテどの、こちらへおいでなさい。」
王太后は楽しそうにそう言うと側にいたシャルロッテを呼び寄せました。
「はい、王太后さま。ナターリアさま、お久しぶりです。」
にっこり笑ったシャルロッテが現れました。
「実はね、シャルロッテどのの妹のルイーズ嬢が結婚することになりましてね。」
「そ、それはおめでとうございます。」
ナターリアは戸惑ったように答えます。
「ありがとうございます、ナターリアさま。王太后さまのお計らいで素晴らしい方をお迎え出来て、我がペトロヴィチ公爵家にとっても名誉なことですわ。」
シャルロッテは自慢げに話します。
「そうなのよ。ペトロヴィチ公爵家は女の子ばかりで男子がいないからいい婿養子をと頼まれていたのだけれど、テオドラ王女が嫁ぐ隣国の王太子殿下の従兄弟にあたられる方なのよ。素晴らしいご縁でしょう?」
含むような笑顔で王太后が話します。
「まあ、それはそれは…。誠におめでたいことでございます。心よりお祝い申し上げます。テオドラ王女さまもご縁のある方が我が国においでになられると、さぞ心強いことでございましょう。」
ナターリアは感情を押し殺して、微笑んで言います。
「ありがとう、ナターリアどの。本当にこれで王女を安心して、嫁がされますわ。頼もしい側近もついておりますし。あとは陛下に早く王妃を決めていただければ私も安心なのですけれどね。」
少し含み笑いをしながら、話しかけます。
ふふ…。
どうかしら、ナターリアどの。
私の頼みを断るからよ。これで王妃は難しくなったわね。
あなたに恨みはないのだけれど、悪く思わないでちょうだいね。
それを聞いたナターリアは、暗い気持ちになりましたが、
ああ、やっぱりカールさまは隣国に行ってしまわれるのね。
もうどうでもいい…
けど、せめて実家だけは守らなくては!
「さようでございますね。早く王妃さまを迎えられますようにお祈り申し上げます。」
「ほほ…。陛下、ナターリアどのも薦めてくれたことですし、早く王妃をお決めなさいませ。」
王太后は横に座っているアレクセイに含んだ笑顔で話しかけました。
「母君、まだ王妃を迎えるには早いように思いますので。」
アレクセイは苦々しい様子で答えます。
母君、ナターリアを王妃に迎えたいと思っていたのに、邪魔をした張本人がそんなことを言うとは…。
「あら、そうですか。もういいころだと思ったのですけれど、ね。」
王太后は怯むことなく、答えます。
「まあ、いずれはお考え下さいましね。ではどうぞゆるりとお過ごしなさいませ、ナターリアどの。」
「ありがとう存じます。では御前失礼いたします。」
ナターリアはそう言うと淑女の礼をしました。
アレクセイからは、申し訳なさそうな表情で、楽しんでくれと声をかけました。
しかし、ナターリアは堅い表情で会釈をして去って行きました。
もう愛想笑いをする気分にもなれなかったからです。
アレクセイはもう、不安な気持ちでいっぱいになりました。
しかし、国王であるのに席を離れるわけにもいきません。
ただ、黙って見守ることしか出来ませんでした。
ナターリアが挨拶を終えると、その様子を見守っていた周りの人々が囁きました。
「あら、どうやら王妃はナターリアさまじゃなさそうね。」
「そうよね。隣国の王族を婿に迎えた大臣の息女が側妃で、別の妃を王妃に迎えるわけにもいかないですものね。」
「王子さまの母君でいらっしゃるのにお気の毒なこと…。」
ナターリアはそんな人たちの中にいることが耐え切れずに走り出していると、遠慮がちに声をかけてきた人がいました。
読んでいただいてありがとうございます。
書いててどっちつかずの陛下が憎たらしくなってきました。
頑張ってナターリアをなんとかしたいです。