王子の誕生
いじめがじわじわと始まります。苦手な方はご注意下さい。
「本当なのですか、母君…。」
心なしか震えた声でアレクセイが王太后に尋ねます。
「嘘は申しませんよ。なにしろ王宮お抱えの医師の診たてですよ。さあ、ラウル卿、陛下にご報告なさい。」
王太后が笑顔でそばに控えていた医師に報告を促します。
王宮お抱え医師ラウル卿が進み出て、微笑みながら報告しました。
「陛下にご報告申し上げます。さきほど、側妃ナターリアさまをご診察いたしましたところ、ご懐妊なされておられます。おめでたきことにて、お祝い申し上げます。」
それを聞いたアレクセイは、うれしさのあまり絶句してしまいました。
「何と…。ナターリアと私の子が出来たと…!」
「おめでとうございます、陛下。こんなに早く陛下のお子に恵まれるなんて、マーヤもうれしゅうございます。」
女官長も笑顔でアレクセイに話しかけます。
アレクセイは満面の笑顔で顔を硬直させて、
「ナターリアと私の子供が…。」
その様子を見た王太后が、
「陛下、どうなさいました?」
話しかけますが、上の空です。
王太后がアレクセイに近づき、その肩を叩き、
「陛下、陛下!どうしました?」
そうするとアレクセイはハッと我に返り、
「あ、母君。あまりのうれしさにぼんやりしてしまって…。
ところで、ナターリアはどちらに?
王太后はやれやれと思いながら、
「隣の寝室で休んでいますよ。ラウル卿、よろしいですか?」
尋ねられたラウル卿は、
「はい。落ち着かれましたので、大丈夫でございます。陛下が参られましたら、側妃さまもお喜びでございましょう。初産は不安なものにございますからな。」
「そうか。では、行ってまいるぞ。」
そう言うとアレクセイは、笑顔でスキップをせんばかりに寝室に入って行きました。
その後ろ姿を見た王太后が不安そうに、
「大丈夫かしら?あの子…。」
「おそらく大丈夫だと思いますが…。でしたら、すまないけれどアンナ、陛下のそばについていてもらえませんか?」
女官長がアレクセイに付き添ってきた娘の女官アンナに話しかけます。
「かしこまりました、女官長さま。」
アンナはそう言うと陛下について寝室へと入って行きました。
陛下が部屋からいなくなったとき、ラウル卿がおずおずと王太后と女官長に話しかけます。
「王太后さま、女官長さま、恐れながらナターリアさまのことでお話ししたいことがございます。」
「ナターリアどののことで…?それはどのような…」
王太后がラウル卿に尋ねます。
「はっ、それは…。」
ラウル卿は俯いて何かを訴えるように女官長の方へ視線を送ります。
それに気づいた女官長が、
「王太后さま、恐れながら人払いを願います。」
それを聞いた王太后が周りにいた侍女に目配せをすると、侍女たちは下がっていきました。
「これでよろしいか?それでどのようなことですか?」
王太后はラウル卿に改めて尋ねます。
「恐れ入ります、王太后さま。実は…」
ラウル卿は陛下に内密でと念を押しながら話し始めました。
そののち、表向きは女官長の指示、本当は王太后の指示でナターリアの部屋の警護に護衛がつくようになりました。
侍女も陛下付きの女官アンナが臨時で仕えるようになりました。
それから時は流れて、ナターリアは難産でしたが元気な男の子を出産しました。
第一王子の誕生です。
アレクセイ17歳、ナターリア19歳のときです。
第一王子の誕生に国中が喜びで沸き立ちました。
ナターリアの実家も王子の誕生に貴族たちが我も先にとお祝いの品々を贈ってきました。
傾きかけた家に見向きもしなかったのに、貴族たちの手の平を返したような振る舞いに公爵夫人エレナも戸惑いを隠せません。
そんな中、後宮の一室でオリガが報告を受けていました。
「そう、生まれたの?王子とは見事ね。それで、公爵の様子は…。」
「あまり芳しくないようでございます。いよいよかと…。」
密使がニヤリと笑って報告します。
「いい仕事をしたようね。お父さまに公爵家との縁談を進めるように伝えてちょうだい。確か、ナターリアさまに妹がいたはずだから…。」
薄笑いを浮かべながらオリガが密使に言います。
「かしこまりました、お嬢さま、いえ側妃さま。そのようにお伝えします。では、私はこれにて…。」
そう言うと密使は去って行きました。
去ったあと、オリガはゆっくりと紅茶を飲み干しました。
そして立ち上がり、
「さて、そろそろおめでたいナターリアさまのお祝いに参りましょうか。」
さて、ここはナターリアの部屋です。
難産で生まれたせいかナターリアは体調を崩し、寝室で横になっていました。
生まれたばかりの王子は乳母とともに王太后の居室におりました。
そのとき、オリガの訪れを知らされました。
「オリガさまが?すぐに迎えに出なくては…。起こしてちょうだい。」
そう言うとナターリアは体を起こし始めました。
そばに控えていた侍女アリスがあわてて、
「まだご無理でございますよ。オリガさまには申し訳ございませんが、お帰りいただければよろしいではございませんか?」
「そういうわけには参りません。側妃さまがここまで参られたのに、追い返したとあっては…、ゴホッ、ゴホッ」
ナターリアは話していると咳込んでしまいました。
マリアがそばに寄って、ナターリアの背中をさすりながら、
「やはりご無理でございますよ、ナターリアさま。アンナさんもそう思うでしょう?」
一緒にそばに控えていた女官アンナにマリアが同意を求めます。
「そうですね。でも、側妃を追い返したという噂がたっても困りますし…。ナターリアさま、こちらでご対面になっては いかがでございましょう?」
マリアがナターリアに寝室での対面を提案します。
「でも、失礼ではなくて?」
不安そうにナターリアがマリアに尋ねます。
「大丈夫でございますよ。体調の悪いことはお伝えしますし、私がついておりますから。陛下付きの女官の私の前で妙なことはなさらないでしょう…。」
マリアが不安を吹き飛ばすように答えます。
ナターリアがマリアの最後の一言が気にかかり、
「妙なこととは…?」
マリアはしまったと思いながら、笑顔を取り繕い、
「何でもごさいませんよ。さあ、お迎えのご用意をいたしますので。」
そう言って準備のため部屋を出て行きました。
「ナターリアさま、このたびは王子さま御誕生おめでとうございます。」
オリガが微笑んでナターリアに挨拶をします。
ナターリアは寝室で体を起こした状態で、申し訳なさそうに、
「オリガさま、わざわざおいでいただきましたのにこのような状態で申し訳ございません。」
「かまいませんよ。体調がお悪いのでしょう?出産で亡くなる例もあるのですから、どうぞ大事になさって下さいませ。」
眉をひそめて、オリガがナターリアを気遣います。
「お気遣いありがとうございます、オリガさま。良くなりましたら、改めてご挨拶にお伺いいたしますのでご容赦下さいませ。」
弱々しい声でナターリアが答えます。
「ところで、王子さまはどちらにおいでなのですか?」
オリガが窺うようにナターリアに尋ねます。
お読みいただきましてありがとうございます。
今年も引き続き頑張って更新して行きます。皆さまがお読みいただいているのでそれを励みに頑張っています。
20話くらいで終わるつもりが長くなってしまって…。まだ半分もきてないのに。