ナターリア倒れる
ちょっと、いじめが始まります。
午後のひだまりの中、後宮の庭園にしつらえたテーブルで王太后主催のお茶会が行われておりました。
美しい三人の側妃が後宮に入って以来、一同に会しておりました。
「はい。王太后さまのお導きで慣れてきたようでございます。」
一番先に口を開いたのは誰あろうシャルロッテでした。
失態を演じたとはいえ、王妃候補としての自負がありました。
「それはなによりです。オリガどの、ナターリアどのはいかがですか?」
王太后はにこやかに尋ねます。
「おかげさまにて、少しずつ慣れてきたようにございます。」
オリガがシャルロッテをちらっと見て、微笑みながら答えます。
「私も少しずつですが、慣れてきたようでございます。」
先日のお茶会の陛下の来訪のことを気にしてか、ナターリアが遠慮がちに答えます。
「それはそれは…。後宮は実家とは違い、勝手の許されぬところですが、慣れると快適なところですよ。そうであろう、女官長?」
そばに控えていた女官長に王太后は尋ねます。
「仰せのとおりにございます、王太后さま。」
女官長は微笑んで答えます。
それを聞いたシャルロッテは自分に対する当てつけかと思い、カチンときて、不機嫌そうに紅茶を飲みました。
その様子を見ていたオリガは、ニヤッと笑い、
「まことにさようでございますね。妃として規則は守らねばなりません。そういえば、過日は王太后さまもナターリアさまの手作りのケーキを召し上がられたとか?」
「ええ。とても美味しかったですわ。でも、王女が食べてしまって陛下が召し上がられなくて残念そうで。」
クスクスと笑いながら、王太后が答えました。
「まあ、そうでしたか。私もいただきましたのよ、ナターリアさまがお訪ねいただいた折りにお持ちいただきましたものですから。」
微笑んでオリガが答えます。
それを聞いたシャルロッテが、
いつの間にオリガはナターリアと仲良くなったのかしら。私の誘いはのらずに…。
と思い、憎らしくなり思わず、
「ナターリアさまはケーキをお作りになりますの?」
「はい。母とよく父のために作りましたものですから。」
ナターリアは俯いて恥ずかしそうに答えます。
「それはそれは、公爵夫人は以前はお屋敷に仕える侍女でいらしたとか。その名残で作られておられたのかしら?ナターリアさまも共にとは…。」
意地悪そうにシャルロッテはナターリアに尋ねます。
ナターリアは、母を侮辱された気がして唇を噛み締めながら、
「そのようなことはありません。母と私は父に喜んでもらいたくて作っただけにございます。」
「いずれにしても妃としての振る舞いではございませんわね。いっそのこと侍女におなりになってはいかがかしら?」
鼻で笑いながらシャルロッテがナターリアに尋ねます。
さすがにそばに控えていた女官長が、
「シャルロッテさま、お言葉が過ぎるようでございます。お慎み下さいませ。」
「何を申しておる?菓子を作るのは侍女や料理人の仕事であろう。妃に相応しい振る舞いではないから申したまでのこと。そうではございませんか、王太后さま?」
シャルロッテがそう言って、王太后に同意を求めます。
「まあ、確かに料理人などの仕事ですからね。しかし、シャルロッテどの、そのことは先日、ナターリアどのに注意しておりますゆえ…。」
苦笑いしながら王太后が答えます。
それを聞いたシャルロッテは勝ち誇ったように、
「まあ、そうでしたか。ナターリアどの、お気をつけにならないといけませんわね。」
ナターリアはそれを聞いて落ち込んでしまい、
「はい。申し訳ございません。以後気をつけます。」
「あら、いやだ。ナターリアどの、これでは私がいじめているみたいじゃない。私は妃に相応しい振る舞いをして欲しいだけですからね。」
楽しそうにシャルロッテがナターリアに話しかけます。
「はい。お気遣いありがとうございます。」
ナターリアが俯いたまま答えます。
それを見ていたオリガが、いかにも心配そうに、
「大丈夫でございますか、ナターリアさま?」
「はい…。」
ナターリアが顔を上げて少しはにかんで答えます。
「さきほどから、紅茶もお菓子も手をつけておられませんけど…。よほどお気に病んでおられますの?」
オリガがちらっとシャルロッテを見ながらナターリアに話しかけます。
「いえ、ちょっと体調がすぐれないものですから…。」
ナターリアがオリガ に顔を曇らせて答えます。
「ナターリアどの、いくら体調が悪くても王太后さまがせっかくご用意されたものを手もつけられないなんて失礼じゃありません?」
シャルロッテが微笑んで尋ねます。
それを聞いたナターリアはどうしてよいか分からず俯いたまま押し黙ってしまいました。
「いいのよ。ナターリアどの、気になさらなくてもいいのですよ。」
王太后がナターリアを気遣うように話しかけます。
そう言われると食べないわけにはいきませんので、ナターリアは、
「いえ、大丈夫でございます。せっかくですからいただきます。」
そう言って食べはじめました。
しかし、食べはじめた途端、ナターリアは吐き気がしてきました。
ナターリアは口にしたケーキを吐き出すように手を口で押さえてしまいました。
その様子を見たオリガがシャルロッテをちらっと見ながら、
「まあ、大丈夫でございますか?シャルロッテさまのことなど気になさらなくてもよろしかったのに…。」
「ちょっと、聞き捨てなりませんわね。私のせいだとおっしゃるの?」
シャルロッテが刺々しくオリガに詰め寄ります。
「他にどなたかいたかしら?」
薄笑いを浮かべながらオリガが答えます。
「お二方ともおやめ下さいませ!王太后さまの御前ですよ。」
女官長があわてて止めに入りました。
「うっ、うっ…。苦しい…。」
ナターリアはそう言うと倒れてしまいました。
「ナターリアさま、いかがなされました!」
「ナターリアさま!」
「誰か、寝室にナターリアどのをお連れしなさい!それから医者をすぐに呼びなさい!」
王太后がすぐに侍女に指示を出しました。
そして、こんな状況ですからお茶会はお開きとなりました。
「それで、ナターリアどのの容態はどうなのです?」
王太后がナターリアを診た医者に尋ねます。
「いえ、ナターリアさまはご病気ではございません。」
医者がニコニコと笑って答えます。
「病気ではないと?しかし、あのように倒れて…。それにそなた、なぜ笑っておる?」
王太后が咎めるように医者に尋ねます。
「おめでとうございます。側妃ナターリアさま、ご懐妊でございます。王太后さまには初めてのお孫さまにございますな。」
医者が笑顔で答えます。
それを聞いた王太后と女官長が思わず顔を見合わせました。
「女官長…。」
「王太后さま…。」
そのときでした。
ナターリアが倒れたと聞いたアレクセイが駆け込んできました。
「ナターリアは大丈夫なのですか!」
入ってくるなりアレクセイはナターリアのことを尋ねます。
その様子を見た王太后はため息をついて、
「陛下、入ってくるなりなんですか。母に挨拶もなしで…。」
「あ、すみません。母君、心配だったものですから。それで、ナターリアは何の病気なのですか?」
アレクセイは恥ずかしそうに王太后に尋ねます。
「まったく…。ナターリアどのは、陛下のせいで倒れたんですよ。」
王太后はアレクセイに冗談めかして答えます。
「私のせいとはいったいどういうことなんですか?医者は何と…。」
顔面蒼白になったアレクセイは王太后に尋ねます。
「クスクス…。アレクセイ、ナターリアどのはお子が出来たのですよ。」
王太后は笑ってアレクセイに伝えます。




