第一話 幻想と現
極光と闇、正義と悪、穢れと禊。
この世には相容れることのない2つの陣が存在する。お互いがお互いに一方が過剰に力を振るわぬように牽制しあうことで、この世の安寧と秩序を守ってきた。
されどもその拮抗する力の情勢が破れたとき、この世に最悪の災いが訪れる。
―我再び現世に降臨せしとき闇、虹破りて古の災起こさん―
✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕
「や…いや…零夜!!起きんかい!零夜!」
ボゴッという音とおでこの痛みとともに神代零夜は目を覚ました。
「何すんだよじいちゃん!毎朝毎朝殴りやがって!」
先刻彼を殴った男、神代龍玄はところどころ欠けた歯をニカッと見せながら笑っていた。毎朝彼が零夜を(殴って)起こしており、今日の朝も恒例行事のように、零夜の部屋におでこを力いっぱい殴る音が響き渡る。
「お前さんが毎朝起きんからじゃ!」
「だからって殴る必要ねぇだろ!!」
「そんなんだから毎回テストの点数が悪いんじゃろ笑」
龍玄が鼻で笑いながら零夜を煽る。
「それは関係ねーだろ!それに余計なお世話だ!」
「じいちゃんに向かって余計なお世話とはなんじゃ!」
ボカッ!
再び零夜の頭が龍玄によって殴られる。
「何すんだよ!」
普段ならばこの程度のガキのやり取りで終わるのだが、今日はいつもと一味も二味も違っていた。
「あんたら朝っぱらからうるさい!」
二人の騒音ともいえるやりとりの仲裁に入った(殴って止めた)のは零夜の祖母の神代智恵子だった。
ばあちゃんが出てきた以上この二人に成すすべはない。大きな声で騒いでいた老爺と青年は床の上に正座でちょこんと小さく座っている。
「す、すみません…」
「全く…零夜!早く朝ごはん食べちゃいなさい!」
ため息をつきながら呆れたような目つきで2人の男を見下ろす。
零夜は祖母の智恵子と祖父の龍玄の三人暮らしである。父と母は零夜が幼少期のときに彼を捨てて家を出ていった。それ以来零夜は山の麓の少し古びた家に3人で暮らしている。
「零夜、すまんなぁ」
ふと朝食を食べる手を止めて龍玄は言った。頭には依然として先程殴られたときにできたたんこぶが乗っかっている。
「ふぁふぃが?(何が?)」
ばあちゃんが作ったオムライスを頬張りながら零夜は尋ねる。
「分からんが、お前の行っている高校に祖父母と3人暮らしをしている生徒はあまりおるまい。わしらはこの平和で豊かな時間が大好きじゃが、お前は他の普通の家庭が羨ましいかもしれん。」
そう言い、少し申し訳なさそうに視線を落とす。
「何言ってんの?俺にとってはこれが普通だし、むしろ二人に育ててもらえてちょー嬉しいよ。ほかの生徒とか関係ない。俺はこれで大満足!だから…あぁー…うーん…!、もう知らん!!」
顔を赤くして零夜は2階の自室へと荷物を取りにいった。意外と照れ屋な一面もあってかわいらしい孫だ。
まもなくして零夜は自室から遅刻遅刻!と叫んで飛び出してきた。と言いつつも毎日始業のチャイム10秒前に教室に突っ込んでいるので未だに彼は皆勤である。そのせいでクラスでは「ギリギリ男」の異名を持つが…
「そういやじいちゃん今日もどっか行くの?」荷物を整理しながら零夜は尋ねた。
「そうじゃよ」
じいちゃんは週に二回どこかに行き夜遅くに帰って来る。どこに行っているのかは、いくら聞いても教えてくれない。ようやく荷物をまとめ終わった。
「じいちゃん、ばあちゃん行ってきます!」
ー行ってらっしゃい!ー
まずい、今日も寝坊しちまったぜー。もっと早く起こさないのがいけないよな、うんうん。
走りながら起きなかったことを他責にする。間違いなく零夜本人のせいである。このような考えに至るのは今日で何度目だろうか。10回?いやいや100は優に超えている。
でもこのペースなら間に合うはず!!
毎朝走っていることでかなり体力と持久力はついた。
前の体育祭のリレーでアンカーを務めたが、3人抜いて1番を取れたのはこれのおかげと言っていいだろう。
田んぼをひたすら進むと街に出た。
開店前のおばちゃん店長が店の前を掃除している。
「あら〜、零夜君今日も走ってるのね」
こうして毎朝走っていると名前も覚えてもらえるものだ。最も誇っていい名前の覚えられ方ではないが。
「うん!毎朝のいいトレーニングさ!」
そう言い、腕をぐっと曲げ筋肉を見せつける。
走り去る零夜を見て、
「若いねぇ~。」
とおばちゃんは呟いた。
ここの交差点を右、そしたらここを左!
しかしここに来て信号に阻まれる。忌々しい赤い光は未だに綺麗な緑に変わらない。学校はもう目と鼻の先だ。遅刻まで残り2分というところでようやく信号が変わる。
「あとはダッシュだーーーーー!!!!」
街に高校生とは思えないほど甲高い声が響く。空は、走る彼を迎えるが如く快晴だった。
キーンコーンカーンコーン
危っねぇ、ギリギリセーフ!マジ、ギリギリセーフ!奇妙なポーズを取りながら零夜は今日も始業の10秒前に到着した。途中の階段でつまずき転びそうになったのは秘密である。
ーお前今日も遅刻ギリギリかよ!ー
隣の席の竹内煌がそう言いクラスがどっと沸く。
竹内煌は小学校からの大親友、というより悪友でよく一緒に遊ぶ仲だ。彼はクラスの人気者で太陽のような存在である。それと同時にクラスで一番零夜のことを煽ってくるやつでもある。
「今日も椎屋さんかわいいよな〜〜」休み時間になり、竹内がつぶやく。椎屋さんは竹内のお気に入りの女の子で明るい性格と可愛らしい顔が特徴だ。
「お前なぁ、ちょっとは自分の気持ち抑え込めよwww」
零夜が苦笑しながら言う。人の恋愛事情などどうでもよいが、最近の竹内の自重のなさには呆れを通り越して尊敬まである。
「ノンノンノン!こういうときは自分の気持ちに素直になった方がいいんだよ!(-ω☆)キラリ」
竹内が人差し指を左右に振りながら自慢げに話す。
そういやこいつは会った時からこんな性格してたな。
昔の人も三つ子の魂百まで、とはよく言ったものだ。
そうくだらない話をしている内に午前中の授業はあっという間に終わり、昼食の時間となった。
「エビフライいただき!」
竹内が勝手に零夜の弁当からエビフライを箸で掴んで口に放り込む。祖母が朝早くに起きて作ったおかず、無論零夜が許すはずがない。
「おい!」
食ったもん吐き出せ!といい竹内にヘッドロックをかける。俺のエビフライよくも……!もごごごご…!
かくしてその昼食の時間も竹内と談笑していたらすぐに終わった。
sin45°=1/√2だからここの問題は〜…
1時間目 生物 つまらない
2時間目 探究 つまらない
3時間目 体育 つまらない
4時間目 歴史 つまらない
いつも通り授業を受けるのにもいい加減退屈してきてたものだ。ここらで刺激がほしい、何か起こらないかな、そう思い窓の外を眺めていた。
それは5時間目の数学が始まって15分ほど経った頃のことだった。
バリンという音がしたと思ったら気づけば零夜は壁まで吹き飛ばされていた。
「え?」
とっさのことに何が起こったのか全く理解できず、窓の方を見ると目を疑うような異質な見た目の生物がいた。
窓から入ってきたのは紫色で皮膚はどろどろ、長く伸びた爪、明らかに人間とは思えない容姿をしていた。
「今すぐ外n…」
グシャッ゙ッ゙!
瞬きした瞬間眼の前に転がってきたのは首だった。
それは生徒を外に逃がそうと真っ先に行動した担任のものだった。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあー!!うわー!!」
クラスは一瞬で恐怖と悲鳴に包まれた。
クラスメイトが戦慄する中、
バリンッ!バリンッ!
さらに窓が割れ同じような見た目の生物が2体入ってきた。
ーギャー!ー
次々にクラスメートが襲われていく。腕を噛まれたり足をちぎられたり…
辺りには無惨な姿となった人間の破片が転がっている。地面は真っ赤な血で覆われていた。
違う…俺は…こんなのを望んでたんじゃない…少し刺激が欲しかっただけで…何気ない日常でよかったのに…
今零夜の胸の中にあるのは怒りでも憎しみでも悲しみでもなく、極度の絶望だった。
ふと周りを見ると生徒の一人がその怪物に捕まり今にも頭から飲み込まれそうである。
ーた、助けて!ー
ーうぉらああああああああああ!ー
竹内が突っ込んできて怪物を思い切り殴ると怪物は一歩二歩後ろへとのけぞった。その瞬間怪物の標的は飲み込もうとしていた生徒から自身を殴った竹内に変わった。
怪物は唸り声をあげ竹内の方に向かってくると飛びかかり、抵抗しようとする竹内の右腕を噛みそのままグシャリと引きちぎった。
地獄絵図と化した教室。生徒は逃げ惑い床にはすでに襲われた生徒の亡骸が転がっている。
やめろ!やめろ!やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
突如零夜が黒き炎に包まれ、あたり一面の壁や床を吹き飛ばす。怪物は生徒を襲う手を止め彼の方を見る。
徐々に黒い炎が消え零夜の姿がはっきりしてきた。もう一度炎の中から出てきたとき、彼はもうもとの彼ではなかった。全身は漆黒、目は真っ赤、鋭い爪に牙、髪はいかつくトゲトゲしていた。その姿は人間というより怪物に近かった。
ジジッ゙…ビリッ゙…!
体からは黒き稲妻、そして赤き瘴気のようなものを出していた。
ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙⋯!ㇵア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!
一瞬のうちに怪物の一体に近づき、素早く腹に何十発もの拳を打ち込み外に飛ばした。
窓ガラスがピストルに打たれたかの如く鋭い音を立てて割れる。
ーヒュウウウウンー
1キロほど怪物が飛び、多くの建物を貫通する。
零夜も窓から勢いよく飛び出し、投げ飛ばした怪物に追いつくと首を強く締めつかみ、教室へと再び投げた。怪物に反撃する暇も与えない速さで。
一方の教室では二体の怪物が零夜のことを警戒していた。しかしそんなことは関係なかった。ずっと窓の方を見ていたはずなのに、気づけば零夜は窓の淵に座ってニタニタと笑っていたのだ。
そして二体のもとにすさまじい速さで近づくと首を蹴り足を引きちぎった。辺りに怪物の血が飛び散る。狂気に満ち、暴走した零夜は逃げる手段を失った何度も怪物を殴りつける。
ーボキッ゙ーゴリッ゙!ー
最後に先程教室に投げ飛ばし未だに動くことのできない怪物のところに思い切り蹴り飛ばした。
’&$&##’)#%
零夜が呪文のようなものを詠唱すると手から黒い球体のようなものが出現した。教室にただならぬ空気が漂う。
ゴオオオオオオオオオー!
零夜が手を上に掲げると徐々に大きくなっていき天井を巻き込み始めた。
キャアアア!
クラスの誰かが悲鳴を上げる。
そして零夜が手を振り下ろすと大きな黒き球体は三体の怪物のもとに飛んでいった。足をちぎられ回復する間も与えられなかった怪物にもはや抗う術はない。
バリバリバリーダアアアアン!
怪物に命中すると激しい衝撃とともにまばゆい閃光が放たれた。一同は目をつぶりこらえる。ただ一人ニタニタと笑う零夜を除いて。
目を開けると三体の怪物も奴らがいた場所も跡形もなく消えていた。その代わりに3つの紫色の人魂のようなものが現れ、20秒ほどするとその人魂も消えていった。
教室に僅かな静寂が訪れ、冷たい風が流れる。
『クックックッ…クヒッ…』
―フワッー
零夜から黒き稲妻や赫き瘴気が徐々に消えていき、もとの彼に戻った。
「え?」
もとに戻った零夜には先程までの記憶がない。
俺は何をしてたんだ?数学の授業を受けててそれで⋯いきなり何かが入ってきて⋯なんで教室にこんなにでかい穴が空いているんだ?なんで窓が一つ残らず割れているんだ?わからない⋯⋯
「みんnーー」
零夜がクラスメイトの方に近寄ろうとした瞬間、
「近づくなバケモノ!!」
竹内が叫ぶ。
「お前も⋯お前もさっきのバケモノの仲間なんだろ!!」
「………は?」
見るとあちこちに仲間の死体が転がっている。生き残っている仲間も皆ひどく負傷している。
「こっちに来んな!来んな!来んなぁぁ!」
零夜の脳裏に今まで彼と過ごした時間の記憶がよみがえる。楽しいときも辛いときも一緒だった最高の親友が今自分に敵意を向けている。他のクラスメイトの中には竹内と同じように凄まじい敵意を向ける者もいれば怯えて目を合わせないように抱き合っている者もいる。
「ヤバすぎ⋯」「何さっきの⋯」「バケモノと生活していたなんて⋯」「もう⋯最悪⋯」「誰かこいつを今すぐ追い出して⋯」 様々な罵詈雑言が零夜に浴びせられる。
とどめとなったのは竹内の発言だった。
「消えろ⋯バケモノ⋯!」
零夜はもはや平常心を保てなくなっていた。心には深い傷と混乱が渦巻いていた。
ーハァハァハァ…うわぁぁぁぁぁ!ー
全力疾走で教室を駆け出る。後ろは振り返らない。後ろを振り返ったとき、彼らの軽蔑するような顔があったら俺の心臓は二度と動かないだろう。なぜこうなったのかは分からない。それでも……
ハァハァハァ…
学校を去り、街に出る。商店街を歩く人は皆走っていく零夜の方を不思議そうに見つめていた。
ハァハァハァハァハァハァハァ…
そして見慣れた田んぼ道に出る。
空は走る彼を嘲笑うかのごとく不気味なほどに赫色だった。
第一話読んでくださりありがとうございます!これから彼らの物語を頑張って書いていくので応援よろしくお願いします!!第二話もぜひ読んでくださると嬉しい限りです!!!




