12.サンドウィッチ伯爵はいなかった
奥様が肉をカットしてくれた。でもフォークとナイフが大きくて、扱えない。むっとしたところで、エルネストさんがパンに挟んでくれた。
なんてこった、この世界にはサンドウィッチ伯爵……爵位、合ってるよね? が既にいるらしい。
「サンドウィッチ? パンサンドじゃなくて?」
奥様が首を傾げる。どうやらサンドウィッチ伯爵はいなかった。よく論争になるから、いるのかと思ってたのに。なぜかガッカリする。この感情の起伏が激しいのも、以前の私と違う。子どもの外見に引きずられてるのかな。
「たくさん食べてください。それと名前を呼んでくださいね」
アランさんに渡されたスープは、カップに入っていた。普通は平たいお皿やボールみたいな器だと思う。これなら小さい両手で包んで持てる。気を遣ってもらったんだな。
「ありがとう、アランさん」
「アランでいいですよ」
「うん、アラン」
年上を呼び捨てるのは照れる。でも呼んだら、アランさんが嬉しそう。おっと、アランだった。心でも訂正しておく。すると、奥様やエルネストさんが騒ぎ始めた。
「エルって呼んで」
「リディ、リディよ」
ペットに手を差し伸べて、こっちこっちと呼ぶ飼い主のよう。一応契約上は私が主人みたいな話だったけど、明らかにペット枠だよね。
「いやぁね。違うわよ、サラちゃん」
「そう。狐は悪いやつだけど、熊は善良だから」
「……ケンカ売ってんの?」
「売ったが悪いか!」
後頭部に触れる温かいお胸様と、もふんとした毛皮に戻ったぬいぐるみの対決だ。危ないから先にスープを飲んでしまおう。溢さないよう注意しながら口をつけ、痛みに顔を歪めた。
「あつっ」
「治癒よ!」
「先に冷やすほうが」
「え? 舐めたら治る」
奥様が魔法で治療したのに、アランが口に氷を突っ込んだ。からんと氷を揺らした私の顔に、熊のふっかふかの毛皮と鼻先が近づく。と、奥様の手がエルネストさんの顔を押さえた。
「図々しいのよ!」
「お前ほどじゃない」
仲が悪いんだな。氷を溶かして水分補給しながら、吐き出す場所を探す。水は飲んじゃえばいいけど、氷で寒くなってきた。
「手の上でいいですよ」
アランはにっこり笑って手を差し出すけど、他人の手に口から出した物を載せるのは嫌だ。首を横に振ったら、空の容器を渡された。そこへ氷を吐き出す。
「ケンカはダメ」
短く告げたら、期待の眼差しが注がれる。そっか、名前を呼ぶんだっけ。……エベレストと、リディアンヌ?
「リュディアーヌで、リディよ」
「エルでいいぞ」
「リディ、エル。ケンカはしないで」
「「「可愛い(ですね)」」」
3人の声が重なり、びっくりする。ところで、あのパイ包みのお魚も食べたいんだけど。
「お魚食べる」
「パンに挟みますか?」
執事のようにこまめに動くアランが、パンの間にお魚を挟んだ。少しだけ玉ねぎみたいな野菜も入ってる。大きく口を開けて齧ったけど、パンの厚みに負けた。
ちょこちょこ齧りながら、満遍なく味わえるように魚とパンを両方頬張る。パンパンに膨らんだ頬に、リディが指を当てる。ちょ、中身出る! 内心で抗議したら、笑いながら離してくれた。こういう時は通じるのも便利だな。
さっきテーブルに戻したカップは、新しいスープが満たされた。それをエルがふぅふぅ冷ます姿は、愛情深い兄のよう。もぐもぐと無言で食べ続け、スープで流し込み、人心地ついた途端に瞼が落ちてきた。
「寝ちゃっていいわよ」
「よく食べよく寝る。正しい姿だな」
リディとエルに頭を撫でられ、そのまま素直に眠気を受け入れた。この世界に来てからずっと、寝てばかり……かも。




