第95話 魔王フェンとの戦い1
話を聞いていたダンが、大きな溜息を漏らす。
『ふう…最悪だな、その魔王になったフェンってのは。ロリの四肢を喰い千切ってストーカーをするとか、あり得ないだろ?』
四肢を失ったウルを見て、フェンの残虐さと異常さに吐き気を催す。
ロリとは愛でる存在であり、断じて傷付けるものでは無い。そう、YES!ロリータ NO!タッチ。それが僕らの愛言葉。
勿論、ダンは魔族であり、人間では無いのでタッチしまくるが、無闇にロリを傷付ける事などしない。紳士たる者、ロリを傷付けていいのは、一度だけ。つまり、初めての夜のみに許された行為なのだ。
下劣で外道な魔王フェン。ダンにとっては、何とも許し難い存在。だが、どんなに憎くても、相手は魔王。力の差は歴然だ。
『…今、すぐにでもその魔王フェンをぶっ殺してやりたいけどね。でも、残念ながらウチの戦力では無理だと思うんだよ』
ダンはダンジョンマスターとして、ダンジョンで暮らす面々の事を何よりも優先しなければならない。自身の感情の赴くまま、行動する訳には行かないのだ。
『だからまあ、こちらとしては「死んだフリ作戦で魔王フェンを煙に巻く」を用意してたんだよ』
「死んだフリ作戦…ですか?」
ダンの提案にハスキは怪訝な顔をするので、簡単な説明をする事に。
『実は俺の固有スキルで、別人になる事が可能なんだよ。一度だけって制約があるから、元には戻れなくなるけどね』
つまり、ここに避難して来たワーウルフの一団を、全員ダンのスキルによって別人に成りすます事を提案しているのだ。
肉人形となったその身体を、ダンジョンの入り口付近にて死体として転がして置く。そうすれば追っ手である魔王フェンは、追跡する事を諦めて帰って行く事だろう。
『自分の獲物をダンジョンに殺されたと思われると、ダンジョンコアを狙ってくるかも知れないからね。肉人形と共に人間の死体も用意して、人間と共倒れって形を演出するつもり』
一応、パイ達と話し合って決めた作戦を提示してみるが、ハスキは難色を示す。
「あの…それですと、兄の仇は討てないかと…」
『いや、だってさ、魔王の力を間近で見て来たなら分かるでしょ?コッチだって魔王の暗黒騎士セイと面識あるから分かるけど…あんなの普通に戦ったって、勝てるもんじゃないだろうが!』
「ですが…」
『ハスキ君…無駄死には最も愚かな行為だよ?君もさ、群れのリーダーなら、仲間の安全を第一に考えるべきじゃないかな?悪いけど、勝てない戦いにウチの仲間を参戦させる事はできないからね』
仲間の命を第一に。それがリーダーの務め。一時的に撤退する事だって恥じる事じゃない。
そう、ダンが説得するが、ハスキにとって魔王フェンは親族を殺した憎っくき仇敵。戦いを放棄する事は苦渋の決断なのだ。
仕方なく、ダンは現実を突き付ける。
『…まずね、戦力を分析してみようか?見た感じ、君達の戦力を冒険者ランクで例えるなら…Sランクが15名、Aランクが60名、他はBランクか非戦闘員だよね?』
「確かに、それ位の戦力だと思われますが?」
『君達、一団が冒険者チームなら、かなりの強さだよ。でもね、ここにいるビコーちゃんとクギーちゃん、二人で殲滅できる程度でもあるんだよ』
「…っ⁉︎」
『取り敢えず、論より証拠。ビコーちゃんとハスキ君、二人で組み手でもやってみなよ』
ダンの提案によりビコーとハスキ、二人による組み手が行われる事に。
わざわざ闘技場まで足を運ばなくても、簡単に決着はつくと判断したダンが、開始の合図に小石を放り投げる。
地面に小石が落ちた瞬間、ハスキとビコーの二人が視界から消えた。そして目の前に現れたのは、ハスキを捻じ伏せるビコー。確かに一瞬にして決着はついた。
『どうだい?これがウチの戦力だ。ビコーちゃんとクギーちゃん、二人で君達を殲滅できるのは、ハッタリじゃ無いって理解できたかい?』
捻じ伏せられたハスキは唖然としている。まさかこれだけの実力差があるとは、思ってもみなかったからだ。
しかし、ビコーの実力を知ったハスキは、逆に戦う事を諦める事はなかった。
「こ、これだけの戦力がありながら、何故戦わないのですか!我らが一丸となれば、魔王を相手に一矢報いる事だって…」
『いや、一矢じゃダメだろ?魔王を相手にするなら、ビコーちゃん100人でも足りないと思うぞ?無駄死になんてのは、絶対に許さないからな』
「我々、ワーウルフは個人の戦闘よりも、仲間との連携が持ち味です!全員が一丸となれば、必ずや…」
『全滅するだろうな。おい、ハスキ。お前、いい加減にしろよ?下手に出てれば調子に乗りやがって…仲間の命を重んじない奴が、リーダーを名乗るんじゃねぇ!』
憤慨するダンに恐れるハスキであったが、それでも兄の無念を晴らす事を捨て切れない様だ。
「確かに私はリーダーとして未熟です。ですが…兄の無念を…どうしても晴らしたく…」
『さっきも言ったが、一時的に死んだフリをするだけだぞ?時間さえあればコッチだって魔王に対抗できる戦力は整える事だって可能なんだからな』
「それは、いつ頃に…?」
『遅くても一年以内に、だ。ビコーちゃんがコレだけの強さを示したのも、その甲冑のお陰。でも、まだ試作品だからね。完成品になれば、今の数倍の強さにはなるはず。そうすれば魔王が相手でも、何とかなるだろう』
「なら、それまで…待ちます。ご迷惑を言って申し訳ありませんでした」
『死んだフリ作戦によって、全員が同じ顔のワーウルフになるデメリットはあるけど、これが一番無難な作戦だからね。我慢して貰わないと、コッチだって無駄死にはごめんだよ?』
「同じ顔に…なるのですか?」
『そうだよ。ウルちゃんも可愛い顔してるから、別の手を考えたいけど…ダンジョンモンスターのワーウルフの顔を使うから、全員が同じ顔になるんだよね。う〜ん、これはどうにかしたいけど…あ、そうだ!』
悩むダンが別の作戦を導き出す。
『首から下を切り落とせば、死んだ事になるかも!ダンジョンモンスターのワーウルフの首から下と、ウルちゃんの首から下をすげ替えて、あとは首から下を切り落としてダンジョンの外に放置。これを全員に行えば、殺されたと思わせる事も可能かも!いや…それよりも、もっと簡単で素晴らしい作戦がある!』
そこで一つの妙案をダンは思いついた。
『まず、魔王フェンをこのコアルームまで誘き寄せる。そして俺が殺される!』
「え?何故⁉︎」
『まあ、最後まで話を聞きなさい。ダンジョンにはスペアコアってのがあってね。今はちょうど、そのスペアコアを用意できるのだよ。んで、このマスターコアを破壊されたら、他の場所に設置してあるスペアコアがマスターコアとなって復活。つまり、死んだ事に見せかける事ができるのだよ』
「なるほど。死んだフリ作戦を、ダン様も行うという事ですね?」
『そう!そしてスペアコアになったら、このコアルームをダンジョン技の壊死を使って、普通の洞窟へと変化させる。これで皆んなが死んだ事になり、魔王の追跡から逃れられる事に!』
「……」
『あとは新しい入り口をどこに作るかだな。普通の入り口では魔力が漏れるから…海の中はどうだろ?王都には港があるし、その地下に入り口を…。あ、入り口を作るスペアコアは死んだフリ作戦で使うんだったな。ならば、無理矢理入り口を作るしかないから…多分、10万DPは必要に…』
「あの、ダン様…申し上げ難いのですが…恐らく、それだと魔王フェンに見つかるかと…」
『え?海の中に入り口を作っても見つかるの?』
「はい。ワーウルフが魔王になると、固有スキルの【追跡】というスキルを覚えます。そのスキルの確認の為にも、我々を一旦逃し、追跡する事でスキルの性能を調べるのが目的なのでしょう」
『何だよ、その【追跡】ってスキルは?』
「一度、嗅いだ事のある対象者を、地の果てまで追跡出来るスキルです。たとえ海の底だろうと、地中深い場所であろうとも、場所を特定出来るスキルになります」
『だったら、死んだフリ作戦は無理じゃん!え?ひょっとして…身体を入れ替えるのもダメなの⁉︎』
「身体の交換なら大丈夫かも知れませんが…それでも、スキルの性能が予想以上なら、あるいは…」
『お前…そういう事はさ、もっと早くに言えよ!用意して置いた作戦が全滅じゃねぇかよ!』
「す、すみません!てっきり戦うものとばかり、思っていましたので…」
『他は!他に言ってない情報は⁉︎後で言われても、マジでキレるぞ⁉︎』
「他には特に…あ、次の満月は五日後になります」
『早いよ!時間ねぇじゃん!ああ、もう!死んだフリが無理なら…停戦協定…命乞いでもしてみるか?』
「ウルの命を差し出せばあるいは…しかし、それは勘弁して下さい」
『あたりめぇだ!コッチはウルちゃんを助ける為に試行錯誤してるんだよ!そのウルちゃんを見殺しにできるか!くそっ!それなら…人間の力を借りるか?クギーちゃん、敵の戦力が集結するのはいつ頃になると思う?』
話を振られたクギーが少し思案し、モニターで入り口付近を見ながらこう答える。
「…恐らくは一週間前後。ギルド本部、モンガラ教国、ババロア王国を始めとする近隣諸国の精鋭が揃うのは、その辺りかと。五日後の魔王の襲来に上手く鉢合う事ができれば、入り口付近にて魔王と精鋭部隊との衝突が可能になりますね」
『う〜ん。それだとギリギリだね。確実性が無い戦略は、流石に作戦に組み込めないし…』
ダンジョンを取り囲む敵兵と魔王とを、上手く戦わせる事が出来れば二虎競食の計が完成する。
たとえ魔王を倒せなくても、満身創痍になればダン達の手で、トドメを刺せるかも知れない。
『罠で対応するとしても…この辺りの罠を見て、通じると思うかな?』
ダンがモニターを使ってハスキに聞いてみる。ミミズの巣ダンジョンの水責め。毒ガスを充満させるガス室。半永久的に彷徨う事になる無限回廊。
冒険者の一団を容赦無く全滅させた罠の数々だ。だが、ハスキからは色良い返事は返ってこなかった。
「恐らく、どの罠も通じないでしょう。魔王なら息を止めて数時間、魔力を消費して延命出来ますし、無限回廊も魔力の臭いで正解を嗅ぎ当てるかと」
『下手に暴れられて、ダンジョンの内壁に攻撃されてもダメージを負いそうだし…うん、無理じゃね?これは…』
八方塞がり。そんなダンに、四肢を失ったウルが申し訳なさそうに謝るのであった。
「…ゴメンなさい。私のせいで、ご迷惑をおかけして」
『おいおい、ウルちゃんが謝る事じゃ無いよ!悪いのはフェンとかいうロリコンストーカー野郎!被害者のウルちゃんが謝る事じゃ無いんだよ!』
「でも…私達の問題に、お兄ちゃん達を巻き込んじゃったし…」
『お、お兄ちゃん⁉︎』
お兄ちゃん。その甘美な響きを、ケモ耳ロリに言われるのだ。これに奮起しない男はいないだろう。
『お兄ちゃん…うん、良い響きだね!僕ちんも丁度妹が欲しかった所だから、大歓迎だよ!そしてお兄ちゃんに…不可能は無い!見ててごらん!この二つの小石を!この小石を使って…必ずや活路を見つけ出してくるから!』
お兄ちゃん発言によって俄然やる気を出すダン。八方塞がりながらも、二つの小石を融合ルームへと投下して、意識を無限思考へと移す。
『ふう…ウルちゃんの前でカッコいい事を言った手前、魔王との戦いが不可避になっちゃったけど…さてさて、どうしたものか?』
融合ルーム内での無限思考によって、対魔王戦について考えるダンであったが、いい考えなんぞ浮かばない。
実際に対面した魔王の暗黒騎士セイの力から試算すれば、勝率はゼロ。皆殺しは必至だ。
『流石に魔王の序列上位三位以内のセイよりかは弱いだろうけど…いや、待てよ?魔王フェンは魔王になったばかりだから、魔王狩りの暗黒騎士セイの狩りの対象になるんじゃないか?』
暗黒騎士セイは弱い魔王を許さない。弱い魔王が人間に倒され、勇者の称号を持つ者が現れさせない為である。
『希望的観測なら、暗黒騎士セイによって魔王フェンがとっくの昔に倒されてるって事。逆に倒されてなければ、暗黒騎士セイに認められた強さを有してる事に…』
あらゆる可能性について考えるダン。時間は無限にある。現状において、最も勝率のある戦いについて、体感で一ヶ月以上もの時間をかけて導き出した。
『…ふう。これしかないな』
そう言うと、ペッと融合ルームから融合した石が吐き出された。これによってダンの意識は元に戻る。
『お待たせ。皆さんにとっては一瞬の出来事でも、自分にとっては一ヶ月以上もの思考。そして結果は出ました。魔王フェンを…五日後に討伐します』
まさかの魔王討伐を掲げるダン。驚く一同であったが、一ヶ月以上にもわたる思考の結果、僅かながらにも魔王を倒すヴィジョンが浮かんだのだ。
『では、作戦についてですが…』
そう言うと、ダンはダンジョン内にいる全ての住民を相手に、魔王討伐の作戦を告げる。
作戦を話し終えると一同からどよめきが起きるが、それは気にせずダンは逃走経路についての指示をする。
『今回の作戦が失敗に終われば、皆殺しの可能性もあります。なので、作戦に参加する俺とウルちゃん以外は、用意された逃走経路を使って新天地にて次の人生をやり直して下さい』
モニターを確認しながら、逃走経路について説明。ダンが死んだら穴を掘って地上に脱出が出来るよう、ダンジョンの形を成形。
それを確認すると、ふたなりエルフ村の住人200名は、ワーウルフの用意した物資を受け取り、逃走経路のある村に転移。
魔王戦での結果次第では折角のダンジョン内の村を捨て、地上にて新しい生活を送る事となった。
『では、他のメンバー…ロリメイちゃんは…』
「ダンジョンマスターが死ねば、妹も死ぬのだろう?ならばお兄ちゃんもそれに殉じるまでのこと」
ソウメイの身体にロリメイの魂が宿った状態で、死を受け入れると宣告。兄妹揃って死を受け入れるようだ。
『エロメイドのアンちゃんもダンジョンモンスターだから、一緒に死ぬ事になるからどうしようもないとして…さて、パイちゃんは…』
「私も逃げないわよ。何でこの期に及んで逃げ出さなくちゃならないのよ」
『約束の巨乳ヴァンパイアは無理でも、普通のヴァンパイアなら大丈夫だよ?ナーム女王とアミ王女への復讐も、ヴァンパイアになれば可能だろうし…』
「復讐云々の前に、あなたのいない世界で生きてたってしょうが無いでしょ?ダンが死ぬ時は、私も死ぬ時よ」
『いや、それは…』
「自分の命を自分だけのモノだなんて、思わないことね。もし、私に死んで欲しく無いなら、確実に魔王フェンを倒す事。それしか全員が生き残るのは、無理でしょうからね」
パイの覚悟に、ダンは押し黙る。ウルを助ける為に、自分が死んでもいいと思っていた。でも、それは甘い考えだ。
パイはダンと共に生きる為に、ここにいる。つまり、ダンが死ぬなら自分も死ぬ。その覚悟でここにいるのだ。
自身の命がダン、一人のものでは無い。そう、改めさせられた。
そして次は、ビコーにも身の振り方について質問する。
『ビコーちゃんはどうする?魔族になる話だったけど、僕ちんが死んだら破棄になるし、人間として生き残る事は可能だよ?』
「前にも言ったが、私は義を重んじる。一度降ると言った手前、この命は共にあると思え。それに…ロリを見殺しにする様になったら、私が私を許せなくなる!ロリの四肢を喰い千切り、ストーカー行為をする魔王なんぞ、私の手で仕留めたいぐらいだ!」
『ああ、そう言えばビコーちゃんは孤児院のロリに支援してるんだったね。そのお金をクギーちゃんは持ち逃げしようとしてたけど…』
「ちょっと待て!何の話だ、それは⁉︎」
驚きを隠せないビコー。その隣でクギーがダラダラと嫌な汗をかいている。
「えーと、それは…その…」
説明が出来ないクギーに代わって、ダンが説明する。
『クギーちゃんはね、魔族と通じているパイちゃんに目をつけられてると思って、ギルドのお金をチョロまかして逃げようとしてたの。そのお金はビコーちゃんが寄付する予定だったお金。残念ながら捕まって、ダンジョンとの交渉をさせられ、ここにいるけどね。それでクギーちゃんは、今後どうする?』
「そんな話をされて、一人だけ逃げるなんて言えるわけないじゃないですか!私も残って共にしますよ!」
クギーはビコーに平謝りをしながら、残る事を了承。
そして最後に、肉便姫の三人は…。
「ここで逃げる様では、肉便姫の名折れ」
「戦力としては乏しいけど、やれる事があるなら協力するわよ?」
「まあ、本当に危なくなったら、トンズラするけどね!」
ニクコ、ベンコ、キコの三人も残る事に決まった。
『こうなると…本当に玉砕も無理だね。だって僕ちんが死んだら、皆んなが死んじゃうんだもの』
大きな溜息を漏らすダンであったが、悪い気持ちでは無かった。
眷属となり、強制的という訳では無い。本人達の意思によって残るという事は、それだけ信頼関係が築けている証拠。
だからこそ、死ねない。必ずや生き残る。そう決意するダンなのであった。




