第39話 裏切り
「…にわかには信じ難い話だけど、それが事実なら全ての辻褄が合うわね。それに、嘘をついてるようにも見えないし…」
ジョンから全てを白状させたパイア王女。それは想像していた事よりも、遥かに重大な事件だった。
そしてお尻に杭を打ち込まれ、血塗れになっているジョンを見れば、嘘をついている様には到底見えない。
全てを話し、グッタリしているジョンに対して、パイア王女は一応の確認をしておく。
「今の話、本当に真実?それと、私以外には話していないのよね?」
「…はい。真実です。他の人にも話してません…」
「分かったわ。じゃあ、もうコレは用が無いわね」
そう言うとパイア王女は突き刺さっている杭を、ジョンの穴から引っこ抜いた。
「ぐはっ⁉︎」
「我慢しなさい。ほら、あとはこのハイポーションを下と上から飲みなさい」
拷問が長期に渡っても、容疑者を死なせない為に常備されているハイポーション。それを上と下から注ぎ込み、治療にあたる。
暫くして落ち着いたジョン。そこでパイアが謝罪する。
「悪かったわね。少し、やり過ぎたわ」
「ええっ⁉︎少し??」
「何よ、本気を出して欲しかったの?」
ギロリと睨みつけるパイア。その凄味に一瞬にして怯えるジョン。
「いえ、そんな事はありません!」
「ふん。まあ、いいわ。兎に角、あなたは賠償金を不正に受理した犯罪者である事は間違い無いのよ。そこんところ、忘れないで頂戴」
「あ、はい…そうでした…」
「まあ、そこから先の話を読み違えていたから、こんなことになったんだけどね。まさか、人間と魔族が入れ替わってるなんて…誰にも予想できないわよ、こんなこと!」
「僕が千年間、固有スキルを所持していたままだったので、その間は他の迷宮族にマスターチェンジの固有スキルは生まれなかったんだと思います。だから誰にも知ることのない情報になったのかと…」
「なるほどね。まあ、それよりも、その魔族になったダンについて、詳しく教えなさい。ひょっとしたら、私の現状を救ってくれる、キーマンになるかも知れないからね!」
「キーマン?それっていったい…」
そこで今度はパイア王女が自身の現状を語った。継母であるナーム女王とアミ王女、その一派に命を狙われていること。ギルドと協力して新人冒険者大量殺人の事件を追っていることを…。
全てを聞き終えたジョンは、パイアに同情した。
「そんな環境で何とか生きてきたんですか…」
「そうよ。買い食いとかして、何とか生き抜いてきたのよ。それよりもダンについてだけど…」
「ダンは優しいから、事情を説明したらきっと力になってくれますよ。罪の無い冒険者を殺すのにも躊躇うぐらいだし…」
「確かに餓狼の牙のメンバーは死者を出さずに撤退できたのよね。…うん、希望が見えてきたわ!」
「希望…ですか?」
「本当はダンとババロア王国が繋がっていて、新人冒険者大量殺人に関与。それで私の縁談を破棄って流れになると思ったんだけど…。でも、それだとあくまでも一時的に私の寿命が延びるだけでしょ?それじゃあ根本的な解決にはならないのよ。だから私は…魔族になって、この王宮にいる連中を皆殺しにしてやろうと思ってるのよ!その為に魔族との繋がりができるなら、最高でしょ?」
「えええっ⁉︎魔族に?」
「そう。色んな文献を調べて人間が魔族になる方法を模索したけど、実際に人間と魔族が入れ替わる事例は数少ないんだもの!その数少ない事例であるダンと繋がりを持てれば、私にとってどれだけ有益になることやら…」
「でも、ダンの固有スキルはマスターチェンジじゃないようですよ?」
「別に迷宮族になりたい訳じゃ無いのよ。理想としては吸血族。ヴァンパイアになれば不老で人間を食い物にできるから、王宮の連中も殺し放題…」
そう言って、とても楽しそうに笑みを浮かべるパイア王女。それを見てジョンはゾッとする。
罪の無い冒険者を殺さなかったダンとは、根本的に違う。この人は人殺しに歓喜する、ヤバイ人なんだと肌で感じとった。
そんなドン引きするジョンの拘束具を、パイア王女が外し始めた。
「そんな訳で、ダンとは友好的な関係を築きたいの。そうなると、あなたに対する接し方も変わってくるわ。…さあ、これで自由よ。少しは私に感謝しなさい!」
穴に容赦無く杭を打ち込んでおきながら、何が感謝なんだか…そう思うジョンであったが、このパイア王女はヤバイ人だと認識した為、素直に感謝する。
「ありがとうございます。それで、これからどうしますか?」
「まず、ダンのいる場所をこの紙に書きなさい。森の形、山岳地帯の形もね」
「千年間、同じ場所を見てきたから風景については詳しいですが、上から見た地図だと少し分かりにくかも…」
そう言いながらも、自分の記憶を頼りに簡単な地図を作成。
「…こんな感じですかね」
「なるほど。大体の場所は把握したわ」
「え?こんな地図で分かるんですか?」
「まがりなりにも私は王女よ?王国の領地内の地図なら、全て把握してるわ。まあ、実際には他国への亡命を考えての、逃走経路を把握する為に覚えたんだけどね」
「あ、そういえば…目印になるものがあります。冒険者を追い払うのに火計を用いて、森の一部が焼けてますから…近くに行けば分かりやすかも」
「まあ、私とあなたの二人で行く予定だから、そこまで詳しく知らなくてもいいんだけどね」
「ダンのところに…僕も行くんですか?」
「当然でしょ?私一人で行っても、話を聞いてくれない可能性だってあるんじゃない。それにあなたの身体は、ダンが何よりも大事にしている身体。このままギルドにあなたの身柄を引き渡しても、奴隷落ちか死刑か…まあ、ろくな目に合わない事は確かよ」
「そ、そんな!僕は殺されるんですか⁉︎」
「だってギルドの連中に、本当のことを話すわけにはいかないでしょ?もしダンジョンがあるって分かったら、人間はダンジョンを滅ぼす為に動くわよ?私はまあ、別だけどね」
「それじゃあ僕はどうしたら…」
「唯一、あなたの味方になるのは私だけってことね。シロキとかいう女はあなたの事を指名手配してるし、まあ私のいう事を素直に聞いて、一緒に逃げるしか無いってことよ」
実際には、シロキはジョンの味方となってくれるはず。しかし、ジョンに真実を告げたところで、パイア王女にとってはなんのメリットもない。
寧ろ、味方が自分だけだと思い込ませておけば、パイア王女にとっては都合が良いのだ。
「それじゃあ、善は急げ!今すぐ、出発するわよ!」
「こ、これからですか⁉︎」
「当たり前でしょ?明日の朝にはあなたの身柄をギルドに引き渡す予定なんだから。それにここは王宮。敵しかいないのよ。私もあなたも、こんなところでグズグズしてたら、何が起きるか分からないじゃない!」
そう言ってジョンを急かし、一緒にダンの元へと向かうことにしたパイア王女。
二人はそのまま拷問部屋のある地下から、階段を上り地上へ。そして、そこで見たものは…。
「こんなところで何をしているのですか、パイア様?」
60歳を過ぎた高齢のメイド長、メルギブが数十人の衛兵と共に待ち構えていた。
メルギブはナーム女王の手先として、王宮内での揉め事を一手に引き受けてきた。パイア王女の実母であるペチャ女王を毒殺したのも、メルギブだと言われている。
そのメルギブが数十人の衛兵と共に待ち構えていたのだ。余りにもおかしい。
そしてメルギブの一言が、確信へと変わる。
「どうやら、死亡していない新人冒険者が、双子を名乗って賠償金を不正に受理したようですね?さあ、王女様ともあろうお方が、その様な輩と一緒にいてはなりません。身柄の引き渡しを…」
「メルギブ…何で賠償金の話を知っている?それを知っているのは、ギルドの一部の連中だけよ?まさか…」
「ええ、ですからギルドの方から報告を受けました。パイア様が、犯罪者を相手におイタをすると…」
メルギブはニヤリと笑う。それが何を意味するのか、パイア王女も理解した。そう、ギルドに裏切り者がいることを…。
「まさか…クギーが裏切るとはね…」
「裏切るもなにも、お国の為に働く立派なお方ですよ、クギー様は」
副ギルドマスターのクギー。巨乳眼鏡で有名だが、別に身体を使って副ギルドマスターになれたわけではない。
ギルドの職員として優秀だったから出世を…。そう、優秀過ぎたからこそ副ギルドマスターに、若くしてのぼり詰めたのだ。
パイア王女が王宮内にて味方を作れず、ギルドとの繋がりを求めた。それをナーム女王派が知れば、ギルドとの繋がりを調査する。当然の流れだ。
そして女王派が繋がりを求めたのは、のちに副ギルドマスターに昇進するクギー。これによってパイア王女の情報は筒抜けに。
優秀なクギーは王族との繋がりを重視した。その為、パイア王女との繋がりを重視。しかし、王族はパイア王女だけではない。ナーム女王も王族なのだ。
クギーは複数の王族との繋がりを持ち、その情報をやり取りした。そして結論からして、力のある王族を優先する様になる。
そうなると力の無いパイア王女との繋がりは軽視する様に。
今回の件も、クギーはすぐさま王宮へと知らせて、パイア王女にとって都合の悪い展開となった。
そしてメルギブがクギーの存在を、パイア王女に明かすという事は…。
「お喜び下さい、パイア様。ババロア王国との縁談の期日が決まりました。何かあると大変ですので、その日まで部屋にて大人しくしてもらうことになりますがね」
これでパイア王女に逃げ道は無くなった。縁談の日まで幽閉され、その後は国境付近まで移動し、襲われて殺される。そんな未来が待ち受けているのだ。
勿論、ただ殺されるだけではない。恐らく、襲撃者に輪姦されてから殺されるのだろう。最悪の未来だ。
それでも無駄な抵抗は無意味と、パイア王女は大人しく衛兵達に連れられて、自室へと向かう事に。
その後ろで衛兵達に袋叩きに遭い、捕縛されているジョン。それを尻目にパイア王女は、新たなる生き残る術を模索するのであった。




