#10 プップププップッ
さっき俺に吐瀉物をブチ撒けてきたレヴェを仕留めるため、ホテルの部屋を片っ端から調べていた俺と美沙。元々美沙が使用していた施設だったこともあり、ここまで一体もレヴェとは遭遇していない。
「俺ラブホとか初めて入ったわ。なんかテンション上がってくるな」
「ん? 童貞?」
「……記憶喪失だから分かんないです」
墓穴を掘った俺はさっさと次の部屋を調べようとドアノブに手を掛けた。手のひらに伝わってくる微かな振動。俺は耳を扉に押し付ける。
「──この部屋の中、絶対何かいるぞ。足音が聞こえてくる」
「普通に開ければいいじゃない」
「またゲロかけられるだろ。服洗うの大変だったんだぞ。まだ臭うし」
俺は先刻しないと誓った反抗を試みる。
「私よりもあんたの方がいいわよ。あいつが吐く液体に触れたら火傷するから」
「え? そうなん?」
そんなに熱い液体だっただろうか。俺の痛覚は麻痺しているが、感触だったり、熱い冷たいを感じることくらいはできる。
それに服には臭い以外、一切の影響が出ていなかった。
「見た感じ、タンパク質とか特定の物質を溶かす液体だと思うわ。実際あんたが浴びてる時、皮膚が爛れて再生してを繰り返していたわよ」
「マジで? 全然気づかなかった.......」
「あんただから一時的にハゲるくらいで済んだのでしょうけど、普通の人なら皮膚が溶け、肉が侵食され、ゆっくりと骨だけになっていくんでしょうね」
「えっ、俺ハゲてたの!?」
話の前半部分の衝撃で後半の無駄に具体的なグロ描写が全く頭に入ってこなかった。
「滝に打たれ修行してるお坊さんみたいだったわ。まぁいいから、ほら、早く倒してきて」
「ちぇー」
俺は悪態をつきながら、ナイフを構え、勢いよく扉を開けた。目に入るのは、先程の忌まわしきレヴェ。中身を吐き尽くし、細くなったはずの体はまた最初の膨らみを取り戻していた。
レヴェは巨体に似合わぬ速度で、また俺に掴みかかってくる。
「うわ、あぶねっ」
不意を突かれながらも、なんとか回避に成功する。先程の同じ動きだったのが幸いした。
掴み拘束し、液体を浴びせるのが、このレヴェの攻撃の流れらしい。なら、捕まらなければいいだけのこと──と言いたいが、こういうタイプの敵はだいたい中身を吹き、飛ばしてくるはずだ。
──プップププップッ
予想通りだ。俺はその場に伏せ、銃弾のような速度で迫ってきた液体を回避する。
それはちょうど俺の頭があった位置を通過した。当たっていたらハゲは免れなかっただろう。
「お返しだ!」
だいぶ細くなったレヴェの顔面に向けてナイフを投げる。それは吸い込まれるようにして眉間に突き刺さり、残りの液体が吹き出した。
俺は倒れたレヴェからナイフを抜き、念の為、何度か蹴り、本当に絶命しているか確かめる。
「ムカついているのは分かるけど死体蹴りなんて趣味悪いわよ」
「そういえばそうだった。もうちょい蹴らせてくれ」
大した敵では無かったとはいえ、また自分でも驚くくらいスムーズに敵を倒せてしまった。昔極めていたゲームを数年後にプレイしても簡単にクリア出来てしまった時の感覚によく似ている。
「どう? もう満足した?」
「よし、大丈夫だ。というか、さっき強いって言ってたのに全然そんなことなくないか?」
「ま、一般人からしたらって話よ。あんたが戦ってる間にあのレヴェの分析は終わったわ」
美沙は未来的な端末の画面を俺に見せてくる。そこには見覚えのない二体のレヴェが映っていた。
「ああいう肥満タイプだと中身がガスで充満していて自らを犠牲に爆発し、危害を加えるレヴェや、油分多めの脂肪が詰まっていて物理攻撃が通りにくいレヴェがいるんだけど、今回のは私も初めて見たわ」
ゾンビゲームによく出てくる敵の特徴だな。
「さっき私が強いって言ったのは勘だけど、調べてみたら予想通り中々に厄介なレヴェだったわよ。まず全身がヘビのように筋肉で覆われていて、あの巨体でもかなりの速度で動けるわ」
たしかに掴みかかってきた時はまるで横綱に襲われたかのような錯覚に陥ったな。実体験はないけど。
「中身の液体は触れるとその生物を形成するタンパク質成分を完全に溶かしきる液体だったわ。しかもそれを常に霧状にして周囲に撒き散らしているの。一般人なら掴まれなくても近づくだけでお陀仏ね」
なるほど。絶対肉体再生するマンの俺だから大丈夫だったってわけか。
「そして筋肉が収縮することで放たれる音速並の液体弾は多少の障害物なら貫通する程の威力を持ってるわ。隠れても無駄ってわけ。しかもその液体が落ちた周囲にいても蒸発した液を吸ってしまって体の内部から溶けていくでしょうね」
めちゃくちゃ恐ろしい敵だった。俺の特性がなければ普通に即死している。
「総評で言えば、そうね.......心臓みたいなレヴェね」
「えぇ.......こっわ。近くにいた美沙は大丈夫だったのか?」
「直接だったら危ないかもだけど、それくらいだったら大丈夫よ。私皮膚強いから」
「そういうもんか.......そういうもんだよな.......」
俺は何か理にかなっていないものを感じながらも、なんとか自分を納得させた。
「ま、いいや。そういえばそろそろ腹減ったな。もう昼過ぎくらいだろ。どうする?」
「そこのゲロでも啜ってればいいじゃない」
「いきなり辛辣!?」
美沙は、ふふっと可愛らしい笑みを浮かべる。
「冗談よ。強敵を倒せたあんたにご褒美をあげるわ。お昼ご飯は私が作ってあげる」
女の子の手作り料理きたー!




