60 誤解2
真っ暗な闇の中、其れは部下の報告にただただ困惑することしかできなかった。
「『災厄』が消失した……?」
落ち着いた低い声はかすかにふるえている。
「バカな……ありえない。神樹を依り代に完全な形で召喚したのですよ。神に封印された『原罪』とも呼ばれる七柱の旧支配者。敵の力を学習し無限に強くなり続ける『傲慢の原罪』それも、初期の状態でさえ対国級を越え対界級の化物です。貴方も見たでしょう、あの双子月の一つに風穴を開けた一撃を。あれほどの怪物が倒されるなんてありえない」
「しかし、現に倒されたようなのです。それも、倒したナギという新興魔族は、あの一撃を受け無傷だったようで」
「無傷……あれを受けてですか……」
信じられない、と乾いた声で言う其れに部下は報告を続ける。
「加えて、ナギなる者は緋龍族と大鬼族を万全の状態で配下にしているようでした」
「ですが、レリアル。私はたしかに竜の山に石死病を撒き、緋龍族を滅ぼしました。確実に感染したのをこの目で確認しています。あれを治すなど、聖女の奇跡を持ってでも」
「事実です」
其れは頭をおさえ沈黙する。
何もすることができない長い時間が過ぎ、ようやく突きつけられた事実を受け入れることができたみたいだった。
「なるほど。ナギという者は完全に我々の上をいっているようですね」
深く息を吐いて続ける。
「おそらく、『神樹の森』での計画を彼の者は完全に看破していたのでしょう」
「そんな……ありえません。エリアル様の計画が看破されるなど」
「認めるしかありません。その先にしか未来は無い。彼の者はおそらく、我々のことをかなり深いところまで掴んでいる。下手に反撃するのは悪手です。彼の者の顎門は次こそ、我らを捉え噛み殺すことでしょう」
「我々が、噛み殺される……」
部下の声は怯えている。
「では一体、どうするのですか?」
「まずは足下を固めます。内通者がいる可能性もありますから。彼の者をなるべく刺激せず、戦える戦力を整える」
「しかし、あの『災厄』を消滅させる化物なのですよ。戦える戦力なんてとても……」
「問題ありません。『原罪』はまだ六柱残っていますから。うち一つがやられただけのことです。『夜の国』に対する計画を先に進めましょう。我々は我々にできる最善を尽くすのみです」
其れは自分に言い聞かせるみたいに言った。
部下を帰してから、一人書斎でうずくまる。
「私の計略を看破する知略を持ち、『災厄』の一撃を無傷で突破して消滅させた……一体どれほどの怪物だと言うのですか」
そこに大いなる誤解があることを其れは知らない。
「ねえ、それより私おいしいものが食べたいのだけど」
大理石の床、彫像、グランドピアノ。そこは豪奢な家具と絵画が並ぶ一室。
赤い絨毯の上、黄金で作られた玉座に座った彼女は小さくあくびしてそう言った。
「クレイア様、今はそれどころでは。世界を根底から揺るがしかねない新興魔族が現れたのです。早急に手を打たなければこの国もどうなるか」
「どうにもならないわ。私がいるのだもの」
当たり前みたいに彼女は言う。
「どんなに強かろうと食べてしまえば終わり。そうでしょ」
「そうかもしれませんが、しかし彼の者は既に森を掌握したとのこと。過去の例を鑑みても異常な速さで勢力を拡大しています。このままでは、クレイア様たち六魔皇も――」
「口を慎みなさい、ファーディナルド。お喋りは寿命を縮めるわよ?」
彼女はそう微笑んでティーカップを揺らす。
「……失礼いたしました」
「わかればいいの。忠言はありがたく受け取っておくわ。ファーディナルドにそこまで言わせるのだもの。それなりに面白い玩具なのでしょうし」
ティーカップの中の赤い液体を舌で転がして彼女は言う。
「でも、それより私はおいしいものが食べたいの。ファーディナルド、至急手配して」
「しかし、クレイア様。先日この国一番のシェフを宮廷料理人に召し仕えたばかりだと記憶していますが」
「あれおいしくないもの」
ファーディナルドという名の執事は、しばし絶句してから言う。
「……承知いたしました。すぐに手配します」
「うん、よろしくね。あれはクビにしておいて。二度と私の前に顔を見せないように」
「心得ております」
ファーディナルドが退室したのを見届けてから、彼女はティーカップを揺らしながらため息を吐く。
「あーあ。どこかに私を満足させてくれる素敵なシェフはいないかしら」
ということで二章完結です。
自分としてはやりたいことができて楽しかったのですがいかがでしたでしょうか。
大変心苦しいのですが、一つお伝えしないといけないことが。
この作品はここで打ち切りという形にさせてもらおうと思っています。
全七章構成で先の話も作っていたので、作者的にも残念なのですが、あまり多くの人には届かなかったという結果を受け、次の作品に挑戦したいという気持ちが強くなってきまして……。
裏切る形になってしまい、申し訳ありません。
次の作品は絶対にもっと良いものにします。
良かったらまたお付き合いいただけたらうれしいです。
ブックマークしてくださった222名の方、評価してくださった19名の方
感想をいただいたお二人の方。
そしてここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。




