大食い対決!
「エド君、1回戦の準備は進んでいるか?」
「はい、会長」
イヅモの武器ギルドチームは拠点を都の西地区に置いていた。大きな屋敷を一つ借り切って、スタッフの宿舎にすると共に、広い庭に仮の工房を建設して、この大会に備えているのだ。ディエゴは鷹のような鋭い目でエドの作業を見ている。既にエドは1回戦に出品する武器を決めていた。エドが扱っているそれは剣身が2、3センチメートル。全長は90センチ程の非常に細身の剣である。
「レイピアだな」
ディエゴはイヅモの町の武器ギルドの会長をしている。武器の種類は当然、頭に入っている。レイピアは16世紀のヨーロッパを代表する刺突専用の剣である。細い剣身には刃があり、先端は鋭い切っ先が備わっている。斬ることもできるが、主には突き刺して相手を倒す戦法で使う武器だ。
鎧で武装した敵に対して、隙間を狙って攻撃するために発明されたと思われがちだが、レイピアが流行った時代は重装備から軽装備へと変わった時代であった。武器も軽量で素早い攻撃を求められていたからこそ生まれた武器なのである。
「僕も失敗からちゃんと学んでいますよ。今回のテーマは耐久力。とんでもない数の敵を相手にする武器です。デモンストレーターの瑠子さんの最も得意とする武器を選択しました。無論、エルムンガルド製の丈夫な作りにギリギリまで削って達成した軽量化を施していますから、彼女の能力を最大限生かせるでしょう」
「うむ。武器選択は問題ない。そして君のことだ。ただのレイピアじゃあるまい」
「会長、当然です。レイピアには再生コーティングを施工します。これにより、最後まで剣の性能は変わらないでしょう。戦いはかなり過酷ですので、最初から最後まで全力ではもちませんが、そこは瑠子さんのテクニックでダメージを蓄積しないようにしてもらいます。もちろん、さらに工夫をしています」
「いいだろう。1回戦が楽しみになってきた」
ディエゴは満足そうにそう応えた。都でも有数のデモンストレーターである瑠子・クラリーネを要しているのだ。一回戦で負ける訳にはいかない。
「こちらは順調ですが、右京さんの方は大丈夫でしょうか」
エドとしては前回敗れた雪辱を果たしたい気持ちもある。できれば、右京にも勝ち上がってもらい、決勝の1対1で戦って勝ちたい気持ちがあったのだ。
「アマデオの報告だと、彼も同じ方向でこの戦いを乗り切るらしい。彼には君のようなコーティング技術がないから、工夫はしてくるだろう。いずれにしても、我がギルドから出場するのだ。1回戦は突破してもらいたいと思っている」
「そうですね。彼に負けないよう、僕もさらに工夫しますよ。進化したエルムンガルド製の武器をアピールするには絶好の機会ですからね」
エドはそう言って、レイピアの制作を続ける。戦いは1週間後だ。エドのように一から武器を作るやり方だと時間に余裕などないのだ。
「ゲロゲロ。主様の目にとまる短剣はないでゲロ」
ゲロ子は右京の肩に座ってキョロキョロしている。都の繁華街で買い取れる武器を探しているのだ。ホテルで臨時の買取り屋をやっているが、短剣を売りに来る客がいなく、1回戦で使う武器の素材がないのだ。店でじっと待っているよりもこちらから出かけて行き、良いものを手に入れようと考えての外出なのだ。手分けしているのでネイとキル子は別行動、ホーリーは相変わらず神殿での研修中だ。
都の繁華街は巨大だ。イヅモの街の10倍は広い。いろんな店が集まっており、品物の種類や数などは比較にならないのだ。雑貨や食べ物、衣料品、日用品が山と積まれているエリアを抜けると食べ物屋が集まるエリアに来た。見たこともない食べ物が料理されて、香ばしい匂いに包まれている。
「ご主人様、あそこ、あそこを見てください」
ゲロ子と同じく、肩に座っていたヒルダが立ち上がって指を差した。その方向を見ると店の壁に短剣が飾られている。それは20センチほどの大きさで茶色の革製の鞘に収められて壁に立てかけてあるのだ。右京はその店の主人に聞く。ちなみに店は『肉包ラーメン本舗』と書れた看板がある。
「親父さん、ラーメン屋に短剣って珍しいですね」
「お、そこに食いついたか」
「見せてもらえませんか?」
まだ開店したばかりで、客がいないから主人は気さくに応じてくれた。右京はそっと革製の鞘を抜くとそれは片刃が深いギザギザになっている特殊な構造をしていた。ゲロ子はそれを見て武器検索をかける。
「ソードブレイカーでゲロ」
ソードブレイカー。このギザギザで相手の剣を絡め取り、てこの原理で折ったり、相手から奪い取るなどして、無効化する短剣である。時代が進むと盾で身を守るよりも両手で武器を持ち、片方はこのソードブレイカーをもって相手の剣を無効化し、もう片方で攻撃するという戦法を取るようになった。
まさに右京の考えている戦法を可能とする武器なのだ。状態はあまりいいとはいえないが、作りはかなり良く、手に入れたらカイルに整備してもらえば十分役割を果たすだろうと思われた。
「親父さん、この短剣、売ってはもらえないだろうか?」
「兄ちゃん、ここはラーメン屋だよ。ラーメンは売っても剣は売らねえと言いたいが、これはわしのじゃなくてね。店の常連客のものなんだ」
「常連客でゲロ?」
「そうだよ。ここのラーメンが好きでね。一回来ると何杯でも食べてくれる人さ。1時間に15杯食べた記録を持っているほどでね。彼がこの記録を破るものがいたら、進呈しようといって置いていった短剣なんだ。と、噂をするとやって来たよ」
店の主人が視線を移した先にカイルよりも一回り大きい筋肉質の男がやって来るのが見えた。ブレストプレートからはみ出す筋肉はすごい。丸太のような2本の太い腕。太い首とツルツルに髪の毛を剃った頭がいかつい。
「バッシュ、お前の短剣を欲しいと言っている客がいるぞ」
「ほう。あの短剣をか?」
バッシュと呼ばれた男は店の前のテーブルにドカッと腰を下ろすと、グリグリの目玉で右京をにらみつけた。年は30半ばくらい。油の乗り切った戦士である。背中には大きなバトルアックスをくくりつけている。
「伊勢崎ウェポンディーラーズという武器の買取りをしている伊勢崎右京といいます」
「相棒のゲロ子でゲロ」
「妻のヒルダです」
さりげなく妻といったヒルダをゲロ子が頭からビニール袋を被せる。出られなくてもがいているヒルダ。それを軽くスルーして右京は商談を続ける。
「あの短剣を買い取らせていただけませんか?」
「ああ。お前の噂は聞いたことがある。武器を買い取って中古で売るという商売を始めたってお前のことだったのか」
「はい」
「なるほど。で、俺の短剣はいくらで売れるんだ?」
「先程、査定させていただきました。程度はあまり良いとは言えませんが。とても珍しい武器です。あのソードブレイカー、500Gでどうでしょう?」
「ほほう。短剣にしては破格の買取り値だな。武器屋へ持っていけば10分の1にもならない」
「じゃあ、売ってもらえるので?」
バッシュは首を振った。ダメだという表示だ。だが、それはお金で売るというのがダメというものであった。
「これは勝負の対価として店に置いたものだ。わしと勝負して勝てたら進呈しよう。金なんかいらない」
「勝負ですか?」
「なんだか、変な展開になってきたでゲロ」
「そうだ。わしはここのラーメンが好きでな。愛しているといっていい。このラーメンの美味しさを広くこの世に伝えたいと日々思っているのだ」
「はあ……」
「どうだ。このラーメンの大食い勝負でわしに勝ったら進呈しよう」
(む、無理でしょ!)
右京は思った。先程、店主が作るラーメンを見たが大きな丼になみなみと注がれた豚骨スープに大きなミンチ肉を入れたワンタンみたいなものが3つも入っている。それに炒めた野菜がどっさりだ。どう頑張っても右京は2杯が限界だと思った。バッシュはこのラーメンを15杯も食べたのだ。そんな男に勝てるはずが……。
「勝てるでゲロ。正確には勝てる人間がいるでゲロ」
ゲロ子にそう言われて右京も思い出した。確かにいる。身近に!
「ゲロ子、俺は今日ほど自分が運がいいと思ったことはない」
往来する人々の中で右京を見つけて手を振って駆けてくる女の子がいる。白い神官服に身を包んだ金髪の美少女である。
「あのバッシュさん。勝負を挑むのは俺の代わりの人間でもいいですか?」
「何だ、勝負するのか? 勝負するのだったら代理でもいいぞ。ちょうど、今からガツンと食べたいと思っていたのだ。調子もいいから、今日は15杯を超えられる気がする。で、わしの相手は誰だ?」
「あの娘です」
右京は指を差した。その先は可憐な美少女。筋肉隆々のバッシュと比べたら、折れてしまいそうな華奢な女の子だ。
「お前、バカにするのもいいかげんにしろ。あんな小娘がわしに勝てるはずがなかろう!」
バッシュは両手でバンっとテーブルを叩いた。怒るのも最もだ。誰が見ても馬鹿にされたと思うだろう。だが、右京は真剣だ。
「勝ちますよ。バッシュさん、たぶん、あなたは勝てない」
「な、なんだと!」
「おっさん、あのか弱い女の子に負けたら、財布の中身も置いていくでゲロ」
ゲロ子がそう便乗する。絶対に負けるわけがないと信じているバッシュは当然、ゲロ子の条件も受けたて立つ。
(馬鹿なおっさんでゲロ)
(勝ったな)
右京はゲロ子と顔を合わせて思わずニヤリとした。やってきたホーリーにとにかく、たくさん食べてくれと言って席に座らせる。何事かと周りの客が注目してテーブルを取り囲んだ。
「ふん。まあ、人が集まって宣伝になるならいいだろう。今日はわしの新記録樹立を目標としよう。そんな小娘では2杯も食べられまい」
ラーメン屋の親父が2つの丼をテーブルに置く。ホーリーは思わずつばを飲み込んだ。実は朝から神殿の勤めで朝食を食べていなかったのだ。いつもは大食いをして右京に愛想をつかされないよう気をつけていたが、今日はとにかく食べてくれと頼まれたのだ。
(も、もしかしたら、フルパワーで食べていいってこと?)
目の前の熱々のラーメンと右京の顔を見比べるホーリー。右京は軽く頷いた。そして親指を立てて、ひっくり返して下を指す。
「ホーリー、やっちゃうでゲロ」
パキッと割り箸を割っていつもの如く、まずはスープから飲む。じわっと油が染み渡る。そして、麺を箸で掴むと一気にすする。スープが飛び散る快感。今日は調子がいい。新記録の16杯はいけそうだとバッシュは思った。だが、麺を咀嚼して飲み込んだ彼は信じられない光景を目にする。
「ごちそうさま。お代わりお願いします」
ゴトリとスープを全て飲み干した金髪美少女が目に入ったのだ。
「う、嘘だろ!」
開始して1分経っていない。
「正確には45秒でゲロ」
慌ててバッシュは1杯目を全力で食べる。熱いのも我慢してハフハフと食べる。バッシュが1杯目を食べ終えたとき、ホーリーが2杯目のスープを飲み干して丼をテーブルに置いた所であった。観客も唖然とするしかない。
「馬鹿な、そんな馬鹿なことがあるものか!」
勝負の時間は瞬く間に終わりに近づいた。バッシュは観客の声援を受けて新記録の16杯目に取り掛かる。もうお腹ははちきれんばかり。制限時間の1時間まで5分を切った。だが、もはや16杯などいうのは新記録でも何でもなかった。隣の華奢な少女は既に49杯目を終えて50杯目に取り掛かっていたからだ。
「終了でゲロ!」
ゲロ子が時間を見てそう告げた。ホーリーは50杯目の丼をテーブルに積み重ねた。お腹がパンパンに膨らんでテーブルに突っ伏してるバッシュと比べて、ホーリーの体にはなんの変化もない。不思議だ。勝負が終わって観客たちの歓声に包まれるホーリー。彼女の圧勝である。しかもホーリー。時間終了を告げられて悲しそうな顔をして、テーブルから立ち上がった時にふと漏らした。
「とても美味しいラーメンでした。もう終わりなんて残念です。でも、健康のためにお腹半分にしておく方がいいのでしょうね」
「ば、化物……」
それを聞いてバッシュは気を失った。世の中にはとんでもない人間がいるものである。1時間ほど介抱されて目を覚ましたバッシュは、約束通り、右京にソードブレイカーを譲った。ついでにゲロ子に財布をまるごと渡した。
戦士バッシュ。
約束を守るナイスガイなのだ。
「それにしてもホーリー、あんなに食べて大丈夫か?」
「右京様。わたしは大丈夫ですよ。できればもう少し食べたかったです」
どう見てもホーリーの体に変化がない。食べたものを一体どこへ行ったのであろうか。まだホーリーが食べ足りないみたいなので、右京も昼飯を食べることにした。ラーメンは見ているだけでうんざりだったので、焼き飯屋に行く。そして外のテーブルに座る。
バキッ……。
ホーリーが座ったとたん、椅子の足が折れた。ドスンと尻餅をついてしまうホーリー。きょとんとしている彼女を持ち上げようと右京が手を貸すが、これが重くて上がらない。
「分かったでゲロ」
「俺も分かったぞ」
右京は二度とホーリーに大食いさせないと心に誓った。ちなみにホーリーの体重は3日ほどで元に戻ったのであった。
(よかったでゲロ)
「もごもご……ぷは~っ」
ヒルダがやっとビニール袋から脱出した。もう昼時が終わって店をたたむ準備をしているラーメン屋の親父と目があった。
「ああん……。ひ、ひどいですうううっ。ごしゅじんさまあああっ~っ」
何はともあれ、1回戦への準備が進んでよかったと思う右京であった。




