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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第6話 革新のスピア(ロケッツ オブ ジャベリン)
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ニードルローパーを狩れ!

槍の柄の材料をゲットするために冒険に出る商人。

バトルものになるのか? いえ。主人公は商人です、戦いません。ゲロ子ももちろん戦いません、

「主様、そろそろ妥協したらどうでゲロか?」


 右京は1週間。槍の柄について悩んだ。木製、金属製、色々試してみたがやっぱり、思っていた性能を引き出せない。強いて言えば、イチイガシの木で作った柄にカイルが薄い鉄を貼り付けたものが理想に近かったが、それでも重量の点でギリギリであり、あまり気に入ったとは言えなかった。


「右京、あたしは少々重くても大丈夫だ。いつも鍛えているからな」


 右京が思い悩んでボーっとしているので、キル子は自分の鍛えられた腕を見せてそうゲロ子に便乗した。どっちかというと、そんな感じで自分の肉体を誇示するのはちょっと悲しかったが、今は右京の気が晴れた方がよいとキル子は思った。


 雨が降っているのでいつものフェアリー亭からテイクアウトした朝食だ。右京は最近凝っているミルクがゆ。キル子はパンをミルクと卵に浸して焼いたトースト(ぶっちゃけフレンチトーストだ)、ゲロ子はカエルのくせに大きなソーセージにかぶりついている。


「う~ん。実は重量にこだわるのは、この武器に別の攻撃パターンを付け加えたいんだ」


「別のパターンでゲロか?」

「槍だから、突くか斬るしかないだろう」


 右京も変なことを言うとキル子は思った。今回のW.D.の題材は『槍』である。攻撃パターンなど決まっている。だが、右京は黙ってテーブルに置かれたフォークを空中に放り投げた。それは上昇し、限界点でくるりと回転し、速度を上げて落下する。


「ゲロッピー!」


 ソーセージにかぶりついていたゲロ子の目の前のテーブルにフォークが突き刺さる。ゲロ子は思わず腰を抜かすが、かぶりついたソーセージは離さない。


「何するでゲロ」

「なるほど……それで、最初にあたしにあんなことさせたのか」


 どうして右京がそんなことをしたのか、キル子はピンと来た。実はこの勝負を引き受けるときに右京がキル子にあることをさせたのだ。そのことと明確に結びついたのだ。


『槍』には突く、斬る意外にも攻撃法があった。それは『投げる』という方法だ。古代の戦争においては、槍は投擲する武器という要素が強かった。ローマの重装歩兵の装備はピルムと呼ばれる投げ槍を装備していた。まずは近づく敵にこれを投擲する。狙いは楯の無力化である。


 ピルムの先端は曲がりやすいようにできており、楯に刺さると抜けなくなるのだ。しかも重量が2kg~4kgと重く、刺さった盾を放棄するしかなくなる。その状態の敵に盾装備し、グラディウスと呼ばれる片手剣で白兵戦を挑むのだ。隊列を組んで突き進む軍団の前に、周辺の蛮族は敗れ去っていくことになる。


「右京、お前が作ろうとしているのは『ジャベリン』ということか」


「正確には投げ槍の機能があるスピアだけどね」


 『ジャベリン』というのは投擲に特化した槍である。槍の先端は葉の形やかかり矢尻、単に尖らせただけのものもあるが、長さが70cm~1m程度と短く、重量も軽い。さらに投げやすいように柄の端に紐を取り付け、これに指をかけて投げやすくしたものや、スピアスローアーという道具を使うこともあった。いずれもジャベリンを持つ力を軽減し、すべて投げる力へ転嫁させようという工夫である。


 『ジャベリン』を投げるという戦闘方法は、古代から危険な動物相手に行われていた。それはやがて、人間同士の争いでも使われていく。紀元前2800年頃のシュメール人が作った壺には、チャリオット(戦車)に乗った兵士が何本もジャベリンを積んでいる姿が描かれている。当時は飛び道具として弓もあったが、まだ性能が悪くジャベリンが最も効果のある攻撃方法であったと思われる。


「無論、最初から投げてしまうわけにはいかないけど、投げることもできるというのは付加価値が高いと思うんだ」


 投げるためなら1m程の長さで十分だが、通常武器として使うためにはそれ以上の長さがいる。そしてある程度の柔らかさも必要である。やり投げの場合、柄は硬い方がよく飛ぶ。これは投げたパワーがそのまま槍に伝わるからだが、では硬ければ硬いほど良いというわけもない。


 それは投げるものにパワーを要求する。なぜなら、投げた瞬間に腕が弾き返されるからだ。右京はキル子に重さと硬さを変えた様々な柄を以前投げさせていた。射程距離は30mほどであるが、正確にしかも威力を失わずに投げられる重さと硬さにある程度の目星をつけていた。それに該当するものがないのだ。


(ある程度の硬さと軽い重量。キル子のパワーで30mの距離から投げて、敵の急所を確実に貫くための材質……)


 さらに通常戦闘時における耐久性も必要だ。折れてしまえばそれまでである。


「こんちわ~。朝早くからすいませんっす」


 店のドアが叩かれて顔を出した人物の聞きなれた声に右京は我に返った。『けだものや』という革問屋を実質経営しているフランである。手には不思議な棒をもっている。それは白くてまるで象牙のようであるが、太さは丁度槍の柄にできるほどである。残念なことに1mほどしかないが。


「フランじゃないか?」

「革屋が何の用事でゲロか?」


「これっすよ、これ。右京さん、槍の柄の材料探していたでしょ?」


 そういえば、昨日、市場で材料を探してウロウロしていた時に、フランに声を掛けられてダメもとで相談していた。フランの経営する『けだものや』はこの世界のあらゆる動物やモンスターの皮を扱っている。それを加工して革材料にして販売しているのだ。


「それか?」

「そうっす」


 フランの一本だけ飛び出た赤いアホ毛が揺れる。右京に手渡したのは不思議な材質だ。見た目よりも軽い。それでいて硬さもある。


「なんでゲロか?」


 ゲロ子もスベスベのその棒を触っている。ゲロ子も知らない材質だ。


「これはニードルローパーの毒針っす」

「ニードルローパー? ゲロ子、検索しろ」


「アイアイサーでゲロ」


 ニードルローパー。ローパーは漠然とした体に無数の触手をもつモンスター。湿ったダンジョンに生息するイソギンチャックのような生物だ。レベルは高くなく、初級の冒険者のいい練習相手であるが、触手に麻痺毒があり、麻痺させられるとそのまま触手に捕らわれて養分にされてしまうのだ。ニードルローパーはグレードアップ版で、口らしきところから毒針を吐き出す。この毒針はカルシウムでできており、骨や角と同じである。


「これは使えるが、これじゃ短すぎる」


「長いのを手に入れればいいっすよ。これは皮を持ってきた商人が冒険者からついでに買ったという奴だけど、すぐ近くのダンジョンにいるそうですからそこから手に入りますよ」


 フランは軽く言うが、右京は冒険者じゃない。そもそも、ニードルローパーのいるダンジョンまでたどり着けないし、たどり着いても下手すると麻痺させられて餌になってしまう恐れもある。ゲロ子も戦闘じゃ全く役に立たないから無理だろう。


「大丈夫っす。こういう時こそ、冒険者ギルドっす。クエスト申請して冒険者にとってもらえばいいっす」


(なるほどねえ……)


 右京はある意味感心した。こうやってゲームの中のクエストが発注されるのだ。ところが、冒険者ギルドへ行って見積もりを取るとこれが結構高い。クエスト期間は3日。その間の冒険者の必要経費、危険手当、成功報酬、冒険者ギルドへの斡旋料を合計すると1500Gだと言われてしまった。


 任務自体は難しくないが、通常のローパーではなくグレードアップ版で初級の上レベルということで、報酬が跳ね上がるらしい。1500Gもかかると、加工賃やらさらに改造する費用が出ない。何しろ、今回は4000Gで儲けを出すということが条件なのだ。


「依頼できないなら、自前でやるしかない」


 そうキル子が言った。幸い、目指すダンジョンはすぐ近くだし、ニードルローパーが出現するのは浅い階であるから危険は少ない。だが、運がないことにキル子の所属するパーティは今、休暇中でメンバーはこの町にいないときている。


「戦闘はあたし一人で何とかなると言っても、やはり、右京とゲロ子じゃ危ないな」


 戦士1名、商人1名、邪妖精1名のパーティでは万が一ということもある。何度も修羅場を潜ったキル子は慎重だ。あと一人は戦えるメンバーが欲しい。さらに回復する神官クラスの人間がいれば文句ない。


(戦えるねえ……)


 一人は心当たりがある。というか、たぶん、その人物一人でおそらく簡単にクエストは達成できるであろう。但し、報酬が高い恐れと下手すると献血をたっぷりさせられる。というか、それは間違いないだろう。


「発情吸血鬼は、却下でゲロ」


 さすがゲロ子。ここは主人である右京の頭の中を読んでそう答えた。


「あのう~」


 そう言葉を発したものがいる。いつの間にか向かいの教会からやって来たホーリーである。子供たちを送り出し、お祈りした後に右京のところへやって来るのがホーリーの日課なのだ。


「冒険に出るのなら、わたしも力になります。今は3等神官で回復系魔法なら少し使えますから」


 そうホーリーは3等神官。初級の回復魔法にステータス正常化魔法を使えるし、麻痺を緩和させる薬酒ももっている。神官+薬剤師という役割で近くのダンジョンなら充分に力を発揮してくれるだろう。


 そして、ホーリーの後ろに赤い髪を2つのお団子にまとめた小さな幼女が隠れているのを右京は発見した。赤いウロコ模様のブーツを履き、ポシェットを持った子供だ。親指をちゅうちゅう吸っている。


「この子、先程から右京さんのお店の外でガラスに顔をくっつけていたので、連れてきました。雨だから濡れてしまいますから」


 ホーリーはそう言って優しくタオルでその幼女の頭を拭く。


「ゲゲでゲロ。ドラゴンの子供でゲロ」

「アディ」


 この幼女の名はアディラード。この店を開店する時に力を貸してくれたレッドドラゴンの子供である。また来るとは言っていたが今日現れるとは。でも、渡りに船とはこのことだろう。


「この戦力なら十分だろう」


 アディにはソフトクリームにチョコレートをかけたチョコレートパフェを食べさせて、クエストに協力してもらうことを了承してもらった。母親にはアディから頼んでこれも了承してもらう。5歳の子供を他人に預ける感覚は人間では考えられないが、そこは人間をはるかに凌駕する力をもつドラゴン族。今回のクエストも公園での散歩か、せいぜい、幼稚園のお泊まり会程度なのであろう。


「アディに任せる。大丈夫」


 ポッ、ポッっと火を噴くアディを見て、最初は信じていなかったキル子も納得した。この戦力なら十分である。


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