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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第6話 革新のスピア(ロケッツ オブ ジャベリン)
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下賜の槍

トントン……。


 店のドアを叩く音がする。この時間にやって来る人物に右京もゲロ子も心当たりがあった。


「おはようございます。右京様」


 お向かいの教会に住む愛の女神『イルラーシャ』を信仰する神官のホーリーである。ホーリーは、3等神官に任官し教会を運営すると同時に、薬酒の製造も行っており、その収入で貧乏生活から脱却していた。


 薬酒は教会に来る信者に格安の値段で販売しているので、豊かな生活を手に入れたわけではないが、神官としての給料と教会への補助金、信者の寄付で子供たちを学校に行かせることもできていた。

 

 ゲロ子に言わせれば、薬酒の販売を大々的にやって、貧乏人からも金を搾取すれば、(たちまち、大金持ちになるでゲロ)であったが、心優しいホーリーは常に民衆の味方であった。そんなホーリーだからこそ、『下町の聖女』などと呼ばれつつあるくらい、人気があるのだ。

 

 そんなホーリーは午前中に必ず、右京の店を訪れる。孤児の子供たちを学校へ送り出し、朝のお祈りの時間を終えて、右京にティータイムのおやつを持ってきたり、昼ごはんを作りに来たりするのだ。ついでに店の清掃もしてくれる。


「おい、ゲロ子。彼女、いつも来るのか?」


 焼いたというクッキーを並べてお茶の準備をするホーリーを見て、キル子がそう小声でゲロ子に聞いた。ゲロ子は眉毛を動かして意地悪そうに答える。


「ほとんど、主様の女房気取りでゲロ。天然でやっていると見せかけて実は計画的だったりしてでゲロ」


「う~っ」


 対抗しようにもキル子が作る料理は、アウトドア料理。ホーリーが作るようなほんわかしたものではない。


「霧子さんもどうぞ」


 お茶の用意ができたので、キル子も呼ばれる。香り高いお茶と美味しそうなクッキーが目に入る。一つ取って口に運ぶ。甘さを抑えたクッキーはサクサクっと口の中で崩れ、溶けていく。可憐なホーリーが作ったお菓子らしい食感だ。


(やっぱり、右京はホーリーみたいな家庭的な女の子の方がいいよな)


 キル子はクッキーを食べながら、ホーリーと右京の姿をこっそりと見る。ホーリーは華奢で細身。白い肌が弱々しく守ってあげたくなる雰囲気が女のキル子でも感じる。自分はと見れば、体格がよくて筋肉もある。褐色の肌は健康美の象徴だが、それは活発な印象も与える。何から何まで正反対なのである。


「今回はキル子に合う槍を買い取って、キル子の能力を100%引き出す武器に改造するんだ。俺とキル子が力を合わせてW.D.で勝つんだ」


(力を合わせて……)


 右京がホーリーにこれまでのことを説明しているの聞いて、キル子も希望が出てきた。そうだ。今回、頑張って勝利を勝ち取れば、もっと右京と親しくなれるかもしれない。そう思うといつもの妄想が頭に中に巻き起こる。



「これでトドメだ!」


 鎧竜にトドメの一撃を放つキル子。右京と共に開発した槍が鎧竜を貫き、ヒットポイントが0になる。幻想が解けて粉々になる鎧竜。


「勝者、霧子・ディートリッヒ。よって、ウェポンデュエルの勝者は、伊勢崎ウェポンディーラーズ」


 ワアアアアアッ……という大歓声。右京がキル子のところへ走ってくる。そして、キル子の腰に手を回し持ち上げてクルクルと回る。


「キル子、よくやった。やっぱり、お前はすごいよ」

「お、お前の用意してくれた槍の性能がよかったからだ」


 ちょっと顔を赤らめてキル子は両方の薬指をツンツン合わせて照れを隠した。右京は構わず、キル子を見つめる。その顔は真剣だ。


「やっぱり、俺にはお前が必要だ。キル子、伊勢崎ウェポンディーラーズの女将になってくれないか?」


「え? それは、その、どういうこと?」


「鈍いなあ。つまり……」




「妄想でゲロ」


 ゲロ子が耳をほじって吹いて飛ばす。それでキル子は現実に戻った。どっと落ち込むキル子。何だかかわいそうになってきた。


「槍と言えば、右京様。最近、教会に薬酒を買いに来てくれる信者様で、お年を召したかたがいらっしゃるのですが、その方のお義父さんが残した武器を処分したいと言っていました」


 そうホーリーが右京に情報をくれた。その信者は70過ぎの品の良いご婦人で夫は元軍人。夫に先立たれて今は一人暮らしをしているそうだ。花や木の手入れをして日々、穏やかな日を過ごしていたが、夫の遺言で武器を処分したいというのだ。


 その処分したい武器の中に槍があるかどうかは分からないが、右京は元軍人の夫が持っていた武器というところに惹かれたのだった。すぐ、ホーリーの紹介で午後にその婦人の家へ査定に行くことにした。

                  

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 老婦人の家は町の郊外。緑豊かな地区にあった。木や花に囲まれた小さな家である。老婦人は右京がホーリーから紹介されたと聞いて、笑みを浮かべて家へ招き入れた。家は小さいけれどもよく手入れがされており、センスがよい調度品が並べてある。そんなに裕福ではないが、それでも人並み以上の生活を送ってきた証拠だろう。


「最近、目がかすむようになりましての。ホーリーさんのところのブルーベリー酒を飲んで症状が回復しましたのじゃ」


「そうですか。それはよかったです」


「わたしには息子と娘がおりましてな。息子は都で軍人さんをしております。結婚もして孫も3人いますのじゃ。娘も隣町の商人と結婚しましてな。子供もできて幸せになっております」


「そうですか。それは、それは……」


「息子は都に来いと言ってくれますが、私も住み慣れたこの町を離れるのが嫌で一人で暮らしております」


 老婦人の夫はこの町の兵士を定年まで勤めて、ここで余生を送ったという。夫の家は代々、軍人の家系で義父はそれなりの地位まで昇ったという。


「はあ……」


 右京は商売が絡んでいるから、老婦人の話を丁寧に聞いているが、話が長い。おまけに同じ話を行ったり来たりしている。これは困った。それでも右京は耐えた。耐えて笑顔で頷くこと1時間。老婦人が思い出したように右京に尋ねた。


「で、あんたら、私に何のようですか?」

「このババア、ボケているでゲロ」


「ゲロ子、言葉が過ぎる。失礼しました。コイツ、礼儀知らずでして」


 カエルが喋ったので目を丸くした老婦人だったが、にっこりと笑ってゲロ子にお菓子をくれた。ゲロ子の奴、何故か年寄りに人気だ。


「俺たちはマダムがお持ちの武器の査定に来たのです。売りたい武器を見せてもらえますか?」


 右京がそう説明すると老夫人は両手を叩いて、今思い出したようなゼスチャーをした。そろそろ、都の息子のところへ行った方がよいかもしれない。


「夫は自分が死んだら、使ってもらえる人に譲りなさいと言っておりました。武器屋で引き取ってもらっても溶かされてしまうと聞きましたので、今まで持っていたのですが。私としては夫の遺言に従って、大事に使ってくれる人に譲りたいと思っております」


「そうですか」


 右京が案内されたのは、亡くなった夫の部屋。よく整理された部屋にはベッドと机。壁に槍がかけられている。


(おおお……!)


 見た瞬間に右京は何か運命みたいなものを感じた。その槍はいわゆる『フラメア』と呼ばれる木の葉型の穂先にソケット上の差し込み口を持っていた。右京はそれを手に取る。柄は木でできており、残念ながら長い年月の劣化で所々に割れた跡が見られ、これは交換しないと実用にはならなかった。


「これは義父の形見です。昔、義父から直接聞いたのですが、義父が参加した戦いで手柄を立てて、その時の将軍様から賜ったものだそうです」


(ほう……)


 褒美で下賜されたというなら、普通の武器ではないだろう。右京は穂先の金属部分を丹念に観察する。そして、小さく刻印してある文字を見つけた。


「ゲロゲロ……。ERUMUNGALDと読めるでゲロ」

「エルムンガルド製ということか……」


「エルムンガルドは剣で有名でゲロが、稀に戦斧や槍を作ることがあるでゲロ。これは稀に作られた一品みたいでゲロ」


 エルムンガルド……。右京はその産地を知っている。あの武器ギルドのアマデオが挑んできたW.D.(ウェポンデュエル)で戦ったバスタードソードがエルムンガルド製であった。あの時はかろうじて、右京が出品した『ガーディアンレディ』に軍配が上がったものの、決してエルムンガルド製のバスタードソードが性能的に劣るとは思っていなかった。いつかは仕入れて、リニューアルを手がけてみたいと思っていたのだ。


「マダム。是非、この槍、俺に買い取らせてください」


 右京はさっそく交渉を開始した。老婦人の条件はこの槍をリニューアルして、次の持ち主に使ってもらうこと。だから、高く売る必要はないと言ったが、ここは右京もプロ。きちんと相当値段を差した。


 柄は壊れているので、エルムンガルド製だと思われる穂先だけの査定だが、右京は1000G(50万円)と値付けをした。新品で買えば1万G以上はする武器だ。エルムンガルド製ならこんな状態でもそれなりにする。もちろん、取引は成立だ。右京にとっても、得をする仕入れ値である。


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