出資の条件
「かぷ~っ」
「おおおおお……」
気持ち良い眠りがもっと気持ちよくなってしまう感覚に、右京は目を覚ました。危うく天国に行ってしまう感覚である。気がつくとクロアが抱きついている。しかも首筋に噛みついて、ちゅうちゅう血を吸っているではないか。
「わあああっ……」
慌てて手足をバタバタさせる右京。クロアまたもや、(ぷはー)っと暑い日に生ビールを飲んだオヤジみたいに右腕で口を拭った。
「あ、美味しい。あれ? ダーリン起きちゃった?」
「血を吸われたら、誰でも起きるわ!」
「クロア、寝ぼけちゃった。てへ!」
「てへじゃない! わざと吸っただろう」
「痛っ」
右京はクロアの脳天にチョップをかます。バンパイアは、契約したパートナーの血は吸える。血はバンパイアにとってはエネルギーの源。魔力を急激に回復させることができるのだ。もはや、右京はクロアのパートナーという既成事実を作っているが、クロアの勝手なパートナー指名に右京が巻き込まれただけだ。
「パートナーって、俺は承知していないぞ」
「そ、そんな! ダーリン、昨日のアレは遊びだったと言うの? クロアの初めてを奪っておいて」
「は、初めてって、なんのことだ!」
「ああ。人間の血を吸うことだけど……。もしや、ダーリン、こっちの方が……」
そう言って、クロアの奴、恥ずかしそうにスカートの裾をちょっとだけめくった。この女、小悪魔を演じるのが超がつくほど上手い。
「ば、ばか。早くしまえ」
「もう、ダーリンのいけず~」
「とにかく、昨日のあの状態で俺はやむを得ず、血を吸わしたけどパートナー契約は無効だ。それにクロアもパートナー選びは慎重にした方がいいんじゃないのか?」
確かに右京はクロアのことをまだよく知らない。たまたま、時計を買ってくれた親切なバンパイアという関係に過ぎない。恩人といえば、恩人だが、それも昨日のクロアの大ピンチに貢献したからチャラであろう。それでも、この不思議な吸血女は諦めない。
「だって、ダーリンの血、とっても美味しいんですもの。クロア、とっても気持ちよくてどうにかなっちゃう~。これは運命だわ。ダーリンとクロアは結ばれる運命よ」
そう言って、ほっぺたに両手を当てて身悶えている吸血女。そこへゲロ子がもそもそと起きてきた。ゲロ子の寝床は布を敷き詰めたフルーツバスケットである。
「朝から発情したバンパイアは、困ったものでゲロな」
あえてクロアを見ないでストレッチしながら、ゲロ子は嫌味を言う。それに対抗するクロア。キッと歯磨きを始めたカエル娘をにらみつける
「何、この無礼な使い魔は。使い魔ならご主人様に気を使って消えてなさいよ」
「ゲロゲロゲロ……。ぺっ。フーでゲロ。ゲロ子は主様のピンチを救いに来たでゲロ」
「ふふふ。無謀にもあなたクロアと戦いたいようね。邪妖精のくせに勇気があるわね」
昨日の暗殺者に対するクロアの圧倒的な力を見れば、普通はビビるものだが、ゲロ子は動じない。それどころか、クロアに対してファイティングポーズをとった。テーブルの上で、かかってきなさいという兆発を行う。右の手のひらを向けてクイクイと誘っている。
「かかって来いでゲロ」
「ちょっとお仕置きしておきましょう」
「おい、やめろよ、二人共」
右京が間に入るがクロアは素早くダッシュし、ゲロ子を捕まえようとした。だが、ゲロ子は素早く交わしてカーテンをめくる。朝の心地よい日差しが部屋に差し込む。
「うきゃ!」
クロアが腕をクロスさせて転げまわる。日の光はバンパイアの弱点だ。下手をしたら灰になってしまう。だが、クロアは転げ回りながらマントを手に取り、黒うさぎの帽子をかぶってサングラスをかけて、ゲロ子に叫ぶ。
「やるわね、カエル」
「次は銀の武器をおみまいするでゲロ」
ゲロ子は銀でできたまち針を抜いた。それをレイピア代わりに振り回している。
「おいおい、もうやめろよ」
右京はバカらしくなった。よく考えればクロアもゲロ子も不死身である。ゲロ子もどんなダメージ受けても復活する都合のよいキャラなのだ。この二人、争うだけ時間の無駄だ。
右京の仲裁で二人はしぶしぶ争うのを止めた。そんなことより、大事なことがある。元々、右京は商売の相談のためにクロアに会いに来たのだ。
早速、右京は本題に入った。それは起業への出資についてだ。右京はクロアにこれまでの事情を話して協力を依頼する。
「なるほどね。ダーリンの話はわかったよ」
「じゃあ、推薦と出資してくれるのか?」
「甘いね。ダーリン。いくら夫婦でも、出資するかは別問題だよ。問題はその商売が成功するかどうか。見通しと可能性がないなら出資しても無駄だよ」
「じゃあ、無理なのか……」
結論がダメみたいな雰囲気を感じて落胆した。クロアがダメなら別の方法を考えないといけない。
「ダーリン、諦めが早いのね。早いのは女に嫌われるよ。クロアは可能性と言ったよ。まずは売り物の剣を見せて」
クロアは右京から剣を受け取る。『斬鉄剣』はその斬れ味を白銀の輝きとともに鞘から抜かれた。それを丹念に鑑定するクロア。彼女も魔法のアイテム屋を経営している。見る目は真剣だ。
「なるほど……。ブレイド部分は完璧ね。鉄を斬れるというのはすごい売りだよ。柄と鞘の部分は地味だけどね」
「そこは腕のいい鍛冶職人と金属細工師の手を借りる。今より数倍よくなる」
「うん。これはいいね。悪くないどころか成功の匂いがするよ。で、ダーリンはこの剣をいくらで売るの?」
「う~ん。必要なお金を考えると5千G以上で売りたい」
右京の計算はこうだ。カイルに3千。当面の運転資金として2千もあれば何とかなる。ギルドへの加盟金は店を開いてから分割で返す作戦だ。
「甘いわね。全くの大甘。そんなんじゃ、クロアは出資できないわ」
「新品のロングソードの相場は3000~5000と言うだろ。それを考えたら、5千Gは高い方なんじゃ」
「カエル、あんたもダーリンと同じ考え?」
テーブルで朝のティータイムをしているゲロ子にクロアが尋ねる。ゲロ子はいつの間にか入れた熱いお茶をクイッと飲むと思わぬことを言った。
「値段について発情バンパイアと同じ考えでゲロ。主様は甘いでゲロ」
「じゃあ、ゲロ子、お前はいくらの値を付けるんだよ」
「2万Gでゲロ」
「2、2万!」
右京は驚いた。2万Gといえば、日本円で1千万円に届く。そんな値段で売れるのか?
「よく言ったわ、カエル。ダーリン。自分の商品に自信がないようじゃ、ダメだよ。その剣の魅力は鉄を斬れるという特殊な力。これが最大の売りだよ」
「だけど、耐久力は100回の使い捨てだ」
「だからいいのよ。これは特別なイベントでしか使えない強力なアイテム。それ以外では役に立たないけど、これがなければ先へ進まない重要アイテムよ。どんなに高くても買う人は必ずいるわ」
「そうかな……。この世界のことはよくわからないが、クロアやゲロ子がそう言うなら、最低売値は2万G。それ以上で売ってみせる」
「やるでゲロ」
「がんばってダーリン。それを条件に出資してあげる。推薦と5千Gね。運転資金にあと2千貸してあげる。但し、その剣の売却に成功したら即5%利子つけて返すこと」
クロアは小切手帳を取り出すとサラサラとサインする。小さな店の経営者なのに資金は豊富なようだ。
「5%は厳しいよ」
右京はそう弱音を吐いた。借りると言っても1ヶ月以内である。それで5%はちょっと暴利だ。クロアの場合、借り入れ期間が半年だろうが、1年だろうが5%だから低利に違いないが。
「夫婦でもお金のことはシビアよ。町の高利貸しだとこんなんじゃないよ。5%は血を飲ませてもらったから特別金利だよ。あと、ダーリンの大事なこれ」
クロアはポケットから時計を取り出した。この世界へ来た時に買ってもらった時計だ。これも取り返さないといけない。クロアは1500Gで売るという。
実にちゃっかりしている。300G上乗せだがやむを得ない。右京にとっては社会人になって買った高価なアイテムだ。この世界へ飛ばされた時も、この時計がピンチを救ってくれた。この商売が成功したら買い戻したいと思っていた。
「とにかく、クロア。助かったよ」
「バイビー。ダーリン。それじゃ、健闘を祈るわ」




