クローディア殺人事件?
売る商品は完成した。だが、右京にはまだ越えなければいけない問題があった。それはギルド。この世界の経済はギルドによって統率されていた。商売する者はギルドに加盟することが義務付けられていたのだ。
これは過度な市場経済によって、競争過多で商売人どうしが共倒れになることを防ぐことと、同じ商売人同士で団結することで交渉力を高めるという利点があった。ただ、既得権益を守るあまりに新規参入を排除すると、経済の停滞につながるし、消費者にはデメリットとなるため、加盟条件を満たせば新規加入もある程度は認められた。
右京が中古武器ショップを経営するには、このギルドへの加盟が必須であった。加盟には既にギルドへ加盟している者3名以上の推薦と加盟金5000G
(日本円にして250万円)が必要であったのだ。それを支払って審査を受けて受理されれば、ギルドの許可証が手に入るのだ。
「ギルドへ加盟しなければ商売はできないでゲロ。これは絶対条件でゲロ」
モグリで商売をしてもいずれギルドに摘発されてしまう。この世界で合法的に商売するなら、加盟するしかないだろう。右京もしばらくはこの世界で生きていくためには、きちんと合法的に商売したいと思っていた。
まず問題は3人の推薦人の確保。鍛冶屋ギルドに加盟しているカイルは、今回、右京と共同で商売をしようとしているから推薦してくれる。気難しいボスワースじいさんも、自分の技術を復活させたことと、それによって強化された剣が評価されるとあって、推薦してもいいと言ってくれた。
(ゲロ子のお願いも効いたか?)
「あとはどうだ。お前を推薦してくれる人はいるか?」
「う~ん」
カイルやボスワースじいさんが推薦してくれるだけでも奇跡的なのに、この世界へ飛ばされてきた右京には知り合いがいない。推薦するということは右京のことを信用してくれるということだ。これは簡単ではない。
「ゲロゲロ……。それに加えて5000G。致命的でゲロ」
自分で店をもって売れないなら、武器屋に持って行って売ってもらうしかないが、この世界は中古武器を売るという発想がない。この素晴らしい剣でも二束三文になってしまうのだ。
「一人、心当たりがある。その人を説得しようと思う。この剣を見せて出資してもらおう。きっと、わかってくれるさ」
右京はそう言い、夜がふけるのを待った。その人物は『夜に訪ねてきて』と言っていたからだ。
『夜のうさぎ亭』
右京の時計を買ってくれたクローディア・バーゼルの経営する店だ。魔法のアイテムを扱うこの店は、営業時間が夜の7時~翌朝の6時と昼夜逆転しているのだ。そんな夜中に客がやって来るとは思えない。真夜中のパン屋さんとかいうのがあったが、クロアの場合、真夜中のアイテム屋さんなのだ。
右京とゲロ子は店の前まで来たが、明かりがついていない。「夜に来て」と行った割には、まだ夜の9時なのに寝てしまったのであろうか。右京はドアをコンコンと叩いた。
「こんばんは。右京です。クロアいますか?」
「いないみたいでゲロ」
「そうだな。どこかへで出かけているのかな」
右京は手に持ったランプで床を照らした。玄関前に血の跡がある。
「こ、これは……」
何だか背筋に冷たいものが走る。クロアに何かあったに違いないと思った右京は、扉を開けた。鍵がかかっていない。店の中も真っ暗だ。右京は手に持ったランプで店を照らす。入口から血の跡が続いて、店の中央にクロアが仰向けで倒れているのを発見した。心臓には白い木の杭が突き刺さっている。床にはおびただしい血が。まさに惨劇の光景。
「お、おい、大丈夫か!」
右京は膝まづいてクロアを揺り動かす。意識はない。呼吸もしていない。状況からして死んでいる。殺されているのだ。
「主様、殺人事件でゲロ」
「そ、そんな。誰が……」
その時、パチッとクロアの目が開いた。驚いて腰を抜かす、右京とゲロ子。これは怖い。
「あら右京か、こんばんは」
「ああ……こんばんはって、クロア、なんともないのか!」
クロアはゆっくり自分の心臓に突き刺さっている杭を見る。そしてため息を付いた。
「心臓に突き刺さっているね。このままだとさすがのクロアも死んでしまうよ。不死なのに死んでしまうとはちょっと恥ずかしいな」
「いや、恥ずかしいという問題では……って、不死ってなんだよ。第一、この状況で生きていられるはずがない」
「右京はビビリねえ」
右京じゃなくてもこの状況で落着いている人間はほぼいないだろう。何しろ、クロアは心臓に杭が刺さった状態で平然としゃべっているのだ。
「ゲロゲロ……。この姉ちゃん、不死身でゲロ」
ゲロ子もショックから立ち直ったようだ。ゲロ子はクロアと会うのは初めてだ。初対面でこの出会いは衝撃的だっただろう。
「このまま、死んじゃうのも一興だけど、それじゃ、悔しいから生き返るとします。右京、杭を抜いてくれない? 白木の杭は銀の武器と同じで、クロアでは触れないからお願い」
「抜くって……」
右京は恐る恐る、クロアの胸に刺さっている杭を両手で握る。
「そうよ。そのまま、ぐっとその太いのを抜いて」
「こ、こうか?」
「あん、ダメ。もっと、ゆっくり」
「なかなか抜けないぞ」
「しっかり握って、ゆっくり優しくして……」
「ククク……抜けてきた、もうすぐだぞ、クロア」
「あああん……いいよ、右京、とっても上手」
ゲロ子が腕組みをしてつぶやく。
「会話だけ聞くとエロいでゲロが、目の前の光景は壮絶でゲロ」
クロアの心臓に突き刺さった杭を右京が引き抜いているのだ。抜くたびにおびただしい血が流れ出るのだが、凄惨な感じがない。クロアは痛みを感じていないようで、抜いている右京は不思議な感覚にとらわれる。
「抜けた」
「はい、お疲れさま」
クロアは上半身を起こした。ぽっかり穴が空いていた胸が徐々に回復して閉じていく。これは不思議な光景だ。
「ど、どういうことだ?」
「あ、心配しないで。クロアはバンパイア。不死の一族だから死なないの。ああ、正確に言うと白木の杭とか銀製の武器で心臓刺されると死んでしまうけどね」
「ば、バンパイア? し、心臓に刺さっていたけど」
右京が思うバンパイアの弱点。十字架ににんにく、ひいらぎの葉に聖水。殺すには白木の杭で心臓を打ち抜く。でも、クロア、全然効いてない。
「幸い、この白木の杭、不良品だったようね。クロアを殺すには聖なる力が不足していたのよ。それでもダメージは受けたけど」
クロアは自分の血がべっとり付いた両手をしげしげと眺める。上半身は起こしたが立ち上がるだけの力はないようだ。
「う~ん。魔力も戻ってないし。このままではまずいわね」
外で複数の声がする。何やら物騒なことが起こりそうな雰囲気だ。
「ゲロゲロ……。全身、ヘンテコな鎧を着た変な奴らがこっちへ来るでゲロ。全部で5人」
ゲロ子が外を偵察してそう告げる。ゲロ子アイは暗闇でも300m先を見通せるのだ。
「右京、お願いがあるの。こっちへ来て」
右京は恐る恐るクロアに近づく。クロアはそんな右京の首に両手を回す。
「このままでは、クロアは殺されてしまうわ。もうすぐ、クロアに止めをさそうと暗殺者たちがやって来る。助けられるのは右京、あなただけ」
「ど、どうするんだ」
「本当はパートナー契約結ばないといけないんだけど、まあいいか。緊急事態だし」
「ま、いいか?」
クロアが首筋に顔を近づけてくんくんと匂いを嗅ぐ。何だかくすぐったい。
「う~ん。何だか右京はとても甘い匂いがする。これは相性がいいかも」
「いいかも?」
「主様、危ないでゲロ」
「クロア、いきま~す。カプっ」
「おおおおお!」
クロアが右京の首筋に噛み付いた。血をグイグイ吸っていく。右京は痛みを感じないものの、気が遠くなる感覚を味わう。例えるなら、超ハードなジェットコースターで最高点から一気に下降中の感じだ。
「ぷは~っ。生き返ったわ」
夏にビヤガーデンで生ビールを一気に喉に流し込んだオヤジみたいだ。クロアはそう言いながら今度は立ち上がった。かなり回復したようだ。傷口はふさがったようだが、破れた服が痛々しい……というか、おかげでクロアの慎ましいものが見えてしまった。クロアは右京の視線を感じてマントで隠す。
「右京のエッチ」
「バカヤロ、事故だ、偶然だ。それより、頭がクラクラするんだが」
「大丈夫、200ccしか吸ってないから。いや、気持ちよかったから400cc一気飲みしちゃった。てへ!」
「てへ! で済ますなよ。献血かよ」




