カイルとエルス
暴言担当のゲロ子がまだいないので、右京が暴言。
ゲロ子の存在の大きさを知る……。やっぱり、二人でウェポンディーラーズだ。
(さて……。儲けるための種は仕入れた。これにどういう付加価値をつけるかだな)
右京は現代ではブランドショップに勤めていた。その時にまずやったのが徹底したクリーニングだ。バックや時計などはちょっとクリーニングしただけで価値がグッと上がるのだ。
武器とは言ってもこの剣もまずはクリーニングだろう。ブレード部分は磨いて鋼の光沢を出し、グリップ部分の汗が染み付いた革は交換。鞘に付けられた革紐も擦り切れているので新しいものと変えれば見違えるはずだ。
そして、武器としての性能。今は叩き切ればそこそこ斬れる程度の切れ味をもっと鋭利にする。武器としての性能を高めれば、中古でも買ってくれる人はいるはずだと右京は考えた。
「そうなると、この剣を修理してくれる人を探さなきゃな」
右京の手持ち資金は少ない。格安で直してくれる人間を探さないとダメだろう。この世界に飛ばされて来た右京には人脈がない。基本的な修理プランを相談した武器の修理業者は、全部で1000Gと言ってきた。多分、足元を見られたとは思うが、この金額では頼むこともできない。
剣を抱えて途方に暮れていると、何やら騒ぎが聞こえてくる。男と女の声だ。気になって右京はその声の方に歩いて言った。本通りから一本裏道に入った小さな鍛冶屋から聞こえてくる。
小さな木製の看板に剣と金槌のマークが入っているのがこの世界共通の鍛冶屋の看板。ギルド登録の正規店の象徴である。
その鍛冶屋の重い木の扉が不意に開いた。頭が禿げ上がった中年の男と若い娘が飛び出てくる。嫌がる娘を強引に連れ去っているように見える。
「ま、待ってください」
中から身長が190cmはありそうな大男が出てくる。耐熱性の革でできた前掛けと筋肉もりもりの太い腕。汗まみれの上半身が美しく光る。この大男が店の主人だろう。年は右京とそう変わらない。というか、右京はこの男を知っている。お腹がすいて倒れそうになった時に食べ物をくれた親切な青年である。名前は『カイル』と言った。確か。
「娘はお前のようなしがない鍛冶屋にはやれない」
「……」
「お父様、お話を聞いてください」
「うるさい、エルス。お前は父の言うとおりにしておけばよいのだ。こんな鍛冶屋の妻で苦労させるために育てたわけじゃない」
これだけ聞いただけで、右京には状況がつかめた。中年の男が若い娘の父親。娘には好きな男がいて、それが鍛冶屋の大男。身なりの良さから、かなり金持ちの娘なのであろう。確かに服装的には不釣合だろうが、好き合っている男女ならそんなことは関係ない。
娘は必死に父親の手を振りほどこうとするが、華奢な手首をがっちり掴んだ父親は離さない。ちなみに娘は腰まである美しい黒髪に魅惑的な目。豊かな胸についクギ付けになってしまう抜群のプロポーション。知的な雰囲気も兼ね備える娘だ。父親だったら変な男には絶対やりたくない自慢の娘だろう。右京が父親だったら、例えどこだろうと嫁に出したくはない。
「嫌です。私はカイルさんと一緒に暮らしたいのです」
「エルス、お前をそんなふしだらな娘に育てたつもりはない。いいから来るんだ。お前にはもっとよい嫁入り先がある。8番区の区長の娘なら大商人の御曹司や貴族の若君と相手は選び放題だ。こんな汚い鍛冶屋の男にお前をやれるか!」
父親はそう鍛冶屋の青年を侮蔑の目で見る。だが、青年はそれに恐ることなく、店の前で頭を深々と下げる。そして、ゆっくりと顔を上げた。その目は真っ直ぐに父親と娘を見据え、そしてはっきりと言った。
「娘さん、エルスさんを俺にください。絶対に幸せにしてみせます」
「カ、カイルさん。う、うれしい……」
「ば、バカモン。貴様などにはやれないと言ってるだろうが。そもそも、お前はどうやって娘を幸せにするのだ。お前たちのような若者には分からんだろうが、世の中、結局は金だ。金がなければ気持ちはあっても幸せにはなれないのだ」
「お父様、お金なんかいりません。私はカイルさんの妻になれるだけで幸せです」
「何を言う、エルス。お前のその美しい白い手が鍛冶屋の火の粉を浴びてやけどするなんて考えられないのだ」
「確かに今の俺には金はありません。だけど、この腕があります。この腕でエルスさんを幸せにしてみせます」
そうカイルは右腕を見せた。よう鍛えられた筋肉が言葉に説得力を与える。だが、父親はそんなカイルを冷たい目で見る。胸から取り出した笛を無言で吹く。ちょっと離れたところに停めてあった馬車がやってくる。
「ふん。エルス、馬車に乗りなさい。結婚が決まるまで部屋を出ることは許さない」
「お父様」
「やれやれ……。ハゲるだけじゃなくて、頭も固い親父だ」
右京はわざと聞こえるようにそう言った。思わぬ言葉に父親は右京の方を見る。部外者からの暴言にちょっと驚いたようだ。その証拠に周りの空気が凍りついたように沈黙が続く。
「いるんだよな~。家柄とか金で結婚相手を決める親がねえ。本来なら、相手の人間性と将来性で決めるべきなのに、それが分からないバカ親がね」
「ぶ、部外者は黙っておれ!」
「俺は真実を言ってるんですがね。それとも親父さん。あんたは若い頃から恵まれてたんですか?」
右京の言葉に父親は一瞬、言葉に詰まった。だが、二、三度頭を振る。
「……くっ。若造が偉そうに。いいだろう。カイル、お前は自分の腕で娘を幸せにすると言った。それを見せてもらおう。お前の腕が金になるのかを証明できれば、娘との結婚を許そう」
「まだ、金とか言ってるぜ、この親父」
右京の嫌味をスルーする父親。娘のエルスを強引に馬車に押し込む。そして、こうカイルに言い放った。
「1ヶ月だ。1ヶ月で、結納金を2千G、いや、3千G用意できたら屋敷に来い」
馬車が動き出す。後に深々と頭を下げた大男と右京が取り残された。騒ぎを聞きつけてやってきた近所の人々も散り散りになる。右京は歳が近いであろう鍛冶屋の青年に話しかけた。
「済まなかった。部外者が口出しをして」
「いや、助かった」
カイルは寡黙な男だ。そう短く右京にお礼を言った。結果的には右京の暴言で結婚の許可を得る条件を引き出せたのだ。それはとても小さい光だが、希望の光である。
カイルはエルスと父親が去った方向をぼんやりと眺めている。夕方の日の光が当たって長い影を作る。その影は地面から鍛冶屋の建物にかけてくっきりと浮かんだ。やはりこの青年は大きい。
「全くあのオヤジ、聞く耳をもたない感じだったな。でも、3千Gを持ってきたら結婚を許すって言ったよな」
「ああ。だが、それはかなりの大金だ」
カイルはそう言って視線を下げた。その金額は町の鍛冶屋の稼ぎ、しかもわずか1ヶ月で稼げる金額ではない。カイルは修行していた親方から暖簾分けしてもらい、最近やっと自分の店を持てたのだ。
修行時代にコツコツ貯めたお金はギルドの加盟金と店の開店資金でなくなってしまった。手持ちのお金はほとんどない。3千G(日本円にして150万円)は日本でもそれなりの金額だが、この世界ではもっと価値がある。物価の差である。
それにしても、大男が落ち込むとちょっと可愛い。右京は改めて自己紹介をする。
「俺は伊勢崎右京。駆け出しの中古武器ディーラーだ」
「カイルだ。カイル・スミス。見てのとおり鍛冶屋をやっている」
カイルは右京の背負っている剣に目をやった。寡黙な男の割には好奇心が優ったのか、ちょっと長いセリフを話した。
「中古武器ディーラー? 中古の武器を売るなんて聞いたことがない。そんな商売で儲かるのか」
「ああ。儲かるさ。儲かるのに誰もやらないのが不思議なくらいさ」
「変なことを言う奴だな」
カイルはドアを開けて目で右京に中に入れと合図した。部屋の中は注文を受け付ける15畳ほどの部屋があり、その奥に作業場がある。カイルは右京を作業場まで案内した。火にかけてあるヤカンからカップにお茶を注ぐ。
右京は作業場に置いてある仕事途中の品を見る。包丁などの調理器具や農機具が多いが、見事な短剣が一本だけ置いてあった。それを見ていいかとカイルに尋ね、頷いて許可するカイルを見ると同時に剣を抜いた。武器に素人の右京でもその剣の素晴らしさが分かった。これに比べれば、今、右京がもっている新品で買うと5000Gはするというロングソードが恥ずかしくなる。
「たまに冒険者から預かった武器のメンテナンスをすることがある。普段はギルドから回されてくる仕事をしている。見てのとおり、調理の道具が主だがな」
「なるほど……」
この男の腕は相当なものだと右京は思った。その腕に見合う仕事は大量生産の包丁を作ることではない。
「なあ、カイル。1ヶ月後に3千Gなんて金を稼げるのか?」
これは先程、エルスという娘の父親が付けた条件の話である。あの父親が言った3千Gという結納金を払えば、娘との結婚を認めると約束した。だが、右京が部屋を見る限り、それはかなり難しそうだ。カイルは首を振る。
「この包丁……1本で得られる収入は1Gだ」
「1G? そんなに安いのか?」
鉄を型に入れて作る包丁だ。大量生産するものなので生産にかかる手間賃は安くなるのであろう。だが、カイルの包丁を見るとただの型抜きではない。その後、丁寧な処理と磨きで数段良くなっている。この仕事で1G(日本円で500円)では安すぎである。
「もっと手を抜いて作れば数は作れる。だが、それは俺にはできない。作るものにはいつも己の魂を込めたいんだ」
(職人魂って奴か……)
右京はあの娘とカイルの関係を聞いた。あの黒髪の娘はエルス・ターナー。この8番地区の区長の娘だ。カイルとは幼馴染で幼少の頃から一緒に遊んだ仲らしい。カイルは無骨な青年で鍛冶屋に弟子入りして、真面目に修行し、21歳の若さで独立してここに店を構えた。
そんなカイルに幼馴染のよしみで差し入れを持ってくるうちに、お互いに恋心を抱き始め、ついに結婚を意識するようになったらしい。職人のカイルと町の有力者の娘のエルス。身分違いの恋ではあるが、よくある話でもある。
(何だか、昔見た名作劇場に出てくる話だな。でっかい犬はいないのか?)
右京は周りを見回したが、パト○○シュという名の犬はいなさそうだ。そもそも、あの話だとカイルは鍛冶職人じゃなくて、牛乳運搬屋じゃないといけない。
「それじゃ、1ヶ月で3千Gなんて無理だろう」
「ああ。どう頑張っても無理だ。でも、俺は諦めない」
「あの人、良さそうな女性だったもんな。しかも相当な美人。貴族のバカ息子の嫁なんてもったいない。どうだろう? 俺の提案に乗れば3千Gをあの親父に叩きつけてやれるのだが」
右京はそうカイルに提案をした。カイルには食事を恵んでもらった恩がある。恩を返すのが右京のポリシーだ。それはいずれ自分の商売を助ける。自分がこれから起業する店にとって、カイルのような腕のよい職人は絶対に必要なパートナーである。
カイルは不思議そうに右京を見る。目の前の青年も大して金を持っていなさそうだ。持っているのは背中にくくりつけたロングソードのみ。それも中古品だ。
「この剣を修理して付加価値を付けて売る。3千G以上で売れれば、あのオヤジにぎゃふんと言わせられる」
「そんな中古品を3千Gで買う冒険者なんていないぞ」
「もちろん、このままじゃ売れないさ。この世界は中古品を買うという発想がないんだろう。だが、ないなら欲しいと思わせればいいのさ」
右京はそう自信ありげに右手を差し出した。自分と組んで儲けようという意思表示だ。カイルはその右手をがっしりと握る。
「まず俺は何をすればいい」
「この剣を磨いてくれ。そして、君の腕で切れ味を極限にまで高める」
「うむ。やってみる。だが、それだけで買ってもらえるとは思えん」
「今はアイデアがないけど、このロングソードを世界に一本しかない物にするんだ。そうすれば、高値で売れる。間違いなく売れるさ」
この世界が好きで飛ばされたわけではない。だが、自分が生きている以上、ここで暮らせるように精一杯生きる。そのためには自分の能力を生かすことだ。自分の能力……それを生かした仕事。この世界で買い取り店を経営しようと右京は思った。
あの不思議な女の言葉が正しければ、あの不思議な力を宿した指輪を見つけることだ。武器&アイテムの買い取り屋をやっていれば、指輪を見つける手がかりにもなろう。
そのためには、この初案件を成功させるしかない。店を経営するにも資金が必要だからだ。翌日からカイルは預かったロングソードを磨く作業に入る。3日間徹底的にやるらしい。真面目で才能のあるカイルのことだ。かなり新品に近い状態に仕上げるだろう。
右京は宿屋へ帰り、ロングソードに更なる付加価値を付ける方法を考えることにした。カイルが作業を終える3日後までの猶予だ。




