下取りの剣
(さて、どうする?)
右京はギルドに併設された武器屋を眺めている。この世界で土地や家についで高い買い物は武器である。戦士用の剣なんかは3000G~5000Gするものもあって、ちょっとした車を買う値段なのである。
今も店の中で戦士が新しい剣を購入している。いくつも並んでいる剣を手に取り、店員の説明を熱心に聞いている。冒険者なら、武器は稼ぐための大切な相棒だ。彼らはこれまでよりも攻撃力が上がり、そして使いやすく、持っていることで所有感を感じることができるそんな武器との出会いを求めているのだ。
戦士はそんな剣に出会えたであろう。何度も頷いて購入を決めたようだ。店の外から見ていた右京は、戦士が元から持っていた剣を店員に差し出しているのを確認した。下取りにでも出すのだろう。店員がそれを引き取っている。
(あの引き取った剣はどうするのかな)
右京はふと興味をもった。右京は日本にいるとき、買取りを商売としていた。中古品のリセールで利益を得ていたのである。下取った剣をどうするか気になる。ところが、その興味は一瞬で驚きに変わった。なぜなら、店員はまだ新しそうな引き取った剣を、後ろのバケツに他の武器とともに無造作に突っ込んだのだ。
下取り商品なのに扱いが雑である。さらに客が帰ると店員が、その下取った中古武器が入ったバケツを店の奥に持っていくので右京はますます気になって店の裏に回った。待っていると裏口から店員が出てくる。両手には無造作に武器が突っ込まれたバケツを持っている。
「あの、その武器どうするんですか?」
店の裏で右京は思い切って店員に聞いてみた。太った店員は汗を拭ってバケツを地面に置いて振り返る。
「変なことを聞く奴だな。こんなものは溶かして鉄の材料にするだけだよ」
そういうとまたバケツをもって歩く。どうやら、隣の小屋へそれを運ぶようだ。小屋は車3台分おけるガレージくらいの広さで、古い武器が所狭しと無造作に置かれている。錆びた古いものから、今でも新品で売れるのではないかと思えるピカピカのものまで確認できた。溶かしてしまうなんてもったいない。
「これ全部、溶かしちゃうんですか?」
「当たり前じゃないか」
変なことを聞く奴だと店員は思った。そんなことは、誰でも知っていることだ。ところが、この変な青年はさらに変なことを聞く。
「もったいない。中古で売らないのですか?」
「はあ? お前正気か? 人が使ったもんなんか冒険者様が使うかよ」
「でも中古で売れば安く買えるし、安ければ買う人もいるんじゃ」
「お前、馬鹿かよ。こんな使い古しの物を買う客なんかいるものか。仲間同士で使った物を融通しあうことはあるが、わざわざ古いものなんか買わないんだよ」
そう店員はきっぱりと言った。それを聞いて右京は驚いた。この世界には中古市場というものが存在しないのだ。下取りした品は全て溶かして原材料にするそうである。だから、買取値はひどく安い。店員に言わせれば新品の100分の1だそうだ。これはこの世界のきまりである。
(中古品を買わない文化か……。だけど、仲間同士で融通しあうのだったら、キーワードは信用ってことか。要するに中古でも信頼があれば買う客もいるかも……)
右京は少し考えて、倉庫から去ろうとする店員に申し出た。ここにある下取りの武器を譲って欲しいと頼んだのだ。
「何だって?」
「お願いします」
「オーナーに聞いてみないとな……」
そう言ったが、店員は少し考えた。よく考えれば店としても悪い話ではない。この件についてならオーナーに聞かなくても、自分の裁量でどうにでもなる。客に支払った金額で譲るなら店は損をしない。さらに下取りした金額に自分への手数料として、1点につき10G払ってくれればよいと返事をした。
(よし……)
許可が出たので、ここからは右京の目利き開始である。このたくさんある品の中から、中古として確実に売れるものを見つけ出すのだ。もちろん、剣や槍なんか右京は鑑定した経験はないが、古美術を担当する先輩から(日本刀)について聞いたことがあった。
日本刀の鑑定で最も重要なのは、銘が彫ってあるかどうか。彫ってあっても偽物である可能性がほとんどだが、彫ってない事でその刀の価値はほぼ失われる。無銘でも刀のよしあしで決める場合もあるが、購入客はその刀を観賞用として買うのでよく斬れようが、斬れまいが関係がないのだ。
そもそも切れ味が命の日本刀と叩き切ったり、突いたりする西洋剣では使用法から違うので、鑑定そのものも見方は変わってくるだろう。右京は倉庫に置いてある武器のうち、オーソドックスな剣、ロングソードに絞って選ぶことにした。
ロングソードは全部で30本あった。同じものもあれば、全然違うデザインのもあり、一体どれがよいものなのかも区別がつかない。まずは、サビや修理が必要かの有無。錆びているものは除外。刃の欠けているものも除外。するとブレイド部分が肉厚で広い剣と細くて薄い剣に分けられた。
ロングソードは直身で切先が鋭く、両刃であることが特長で馬上から騎士が使うことが多かった。長さは95センチ程度で重さは1.5kg程度である。
元々、ロングソードはヴァイキングやノルマン人が使っていたヴァイキングソードが原型で初期の頃は、肉厚で重い剣であった。これは技術がまだ発達していなく鉄を固くする方法が今ひとつで、表面だけを固くする(焼入れ法)で作られていたからだ。これだと使ううちに刃の部分の硬化した部分が剥がれてしまい、ボロボロになってしまうのだ。
もう一方の細くて薄い剣は鋼でできており、刃全体が硬くなっていた。これは最新技術で作られているからである。この時の右京は武器については素人であったが、買取業者としての勘と薄くても丈夫である方が作るのが難しいという判断で剣を選んでいた。そして、その剣の銘を見る。たった1本だけ該当するものがあった。
「あの、これをもらってよいでしょうか」
右京は選んだロングソードを店員に見せた。店員はニンマリと笑みを浮かべた。
「兄ちゃん、素人なのにいい武器を選んだじゃないか。それはフォーカス社製のロングソードだ。新品で買えば5000Gはする高級品だ。下取りに出せばたったの50Gだがね。まだ、買って3年くらいしか使ってない代物だね。溶かすにはちょっと惜しい品だよ」
「フォーカス社製?」
「ああ。西にある武器生産が盛んな町、フォーダにある武器作りの会社だよ。大抵の武器は大量生産しているのだが、これは冒険者向けに作ったプライベートメイドの一品だ。ただ、中古になってしまえば、粗悪品と同じ扱いだがね」
そう言って店員は右京に60Gを要求する。あまり手持ちのない右京としては、60G(日本円で3万円)は痛い出費だが、儲けるための投資は惜しまない方がよいだろう。それにこの剣は、どうみてもそれ以上の価値があると右京は思った。
右京のプランでは、この剣に付加価値を付けて売ることで儲けを出そうというものだからだ。




