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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第5話 起業のロングソード(ワンハンドレッド キル 斬鉄剣)
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ホームレスからの脱却

 右京が再び目を開けたのは数時間後。なぜ数時間かというと、外が明るかったからだ。しかも、自分は野外で寝ていたらしく、建物と建物の間で座り込んで眠ってしまったようである。


(イタタタ……って、ここはどこだ?)


 違和感。違和感しかない。記憶をたどれば自分は買取り店で客相手に宝石の鑑定をしていたはずだ。それがどうして野外で一夜をすごさなければならないのか。さらに言うなら、外の景色も一変していた。町の繁華街、道路に車が走っているいつもの光景ではない。地面は石畳。建物は中世ヨーロッパを思わせる石造り。車の代わりに馬車や馬が走る。


「な、なんじゃこりゃ~」


 大昔の刑事ドラマで劇的に殉職した刑事のような素っ頓狂な声を上げる。こんな表現しても分からない読者が多いだろうがあえて書いておこう。


 通りに飛び出た右京は目を疑った。中世ヨーロッパの光景。いや、それに模した日本製のRPGの世界と行ったほうがよいだろう。歩いている人間もいろいろで中には人間じゃなさそうな者も歩いている。右京は現代っ子でこういったファンタジーゲームをよくやっていたから、そう考えた方が納得いく。


(ちょっと待て、ちょっと待て)


 右京はもう一度目を閉じた。これは夢に違いない。目を開ければ、あのばあさんが目の前にいるはずだ。それとも自分の部屋のベッド。安易な夢オチ。そうあって欲しい。だが、期待は裏切られる。開けた目に映るのは先程見た光景である。


「嘘だ~っ」


 思わず頭を抱え込んでうずくまるが、そんなことで物事は解決しない。それにここの住人はそんな右京を気に求めない。明らかに格好がおかしいのに誰も見ようとしない。というか、街ゆく人は髪が黒かったり、金髪だったり、赤髪だったり、背も高かったり、低かったり。服装も様々であるから右京の格好なんて珍しくもなんともないのだ。これじゃ、無関心なのも仕方がない。


 仕方がないので右京は立ち上がって歩き出した。無関心なのは返ってありがたい。よそ者だと警備当局に通報されて、いきなり逮捕、牢屋へぶち込みという可能性だってあるのだ。歩きながらも右京はどうしてこういう状況になったのかを考える。そう、あの指輪である。指輪を鑑定中に意識を失ってここへやって来たのだ。その指輪はどこにもない。


 町を歩いているだけでいろいろな情報がわかってくる。右京は1日中。町をくまなく歩いた。夜は噴水のある公園の茂みに隠れて寝た。異世界でホームレス生活である。見つかったら、さすがに通報されるかもしれない。


 第1日目のホームレス生活で分かったこと。町はぐるりと城壁で囲まれている。住居地区と商業地区、行政地区に分かれているようで、人々が賑やかに往来しているところと静かなところがある。そして驚いたことに住人の話している言葉は(日本語)なのである。これはありえないなと右京は思った。


(ここでクイズです。この世界はなんでしょう。1番未来の日本。2番異世界の日本。3番ゲームの世界。う~ん。分からん。強いて言えば3番が近い)


 ちなみのこの町が(イヅモ)という名前であることが分かった。町の出口に書いてあったからだが。


ぐうううううっ……。


 お腹が減った。目覚めてから何も食べてないから当然だ。水は町の至るところに水場があり、誰でも飲めるので口を潤すことができたが、食べ物となるとそうはいかない。お金がいるのだ。町にはうまそうな食べ物屋がたくさんある。いい匂いだが金がなければ買えない。客が支払う様子をそっと盗み見たが、どうやら全然違う単位のお金である。例え、日本円でも右京は財布を持ってなかったから意味がないのであるが。


ぐうううううっ~。


「ダメだ……。死ぬ」


 右京は目が回り始めた。思えばこの世界へ飛ばされる前、店が忙しくて昼ごはんを食べていなかった。起きるのも遅くて朝食も抜いていたし夕食も食べていなかった。それを考えれば、丸2日以上食べていないことになる。


 パサっ。右京の目の前に紙袋が置かれる。右京は反射的にその袋を開いた。肉や野菜がはさんであるパンだ。すぐさま、かぶりつく。見てくれは悪いが味はいい。無我夢中で食べる右京。一息つくと傍に立っている大男がいる。身長は190センチ近く。まるでプロレスラーのような筋肉をもつ男だ。顔を見ると右京と年は変わらなさそうだ。


「……」


 男は何もしゃべらず、右京の食べる様子を見ていた。格好を見ると作業着っぽい服だ。丈夫そうな生地の前掛けを付けている。何かの職人であろう。


「あ、ありがとう。俺は右京、伊勢崎右京いせさきうきょう

「カイルだ」


 そう男はポツリと言った。言葉が話せないのではなく単なる寡黙な男だったようだ。


「見かけない顔だ」


 またポツリと話すカイル。そりゃそうだ。つい昨日、右京はこの世界にやって来たのだ。見かけなくて当然だ。


「訳あって、この町に来てしまったんだ」

「そうか。この町はいいところだ。じゃあな」


 カイルという名の大男はそう言い残すと去っていた。仕事の途中出会ったのだろう。自分の食べる分を右京にくれたようである。おかげで右京は生き返った。危なく、異世界で餓死するところであった。それだけは勘弁してくれである。


 しかも夜に公園のベンチでボーっとしていたら、この大男がまたしても通りかかり、パンと毛布を置いていってくれた。疲れてウトウトしていたので、はっきりと姿を見たわけではないが、あのカイルとか言う大男に間違いない。こんな世界でも親切な人間はいるものだ。


(とにかく、ここまでは生き延びたが金を手に入れないといずれ死ぬ)


 公園の茂みで目を覚ました右京は、今日は行動を起こすべきだと思った。そろそろホームレス生活も限界だ。この生活から脱却するめには、この世界のお金を得ること。


 そのお金を得るための方法としては3つ考えられる。1つは『働く』。働いて給金をもらうことだ。だが、それだとすぐにお金がもらえるわけでなし。給料日までに死んでしまう。そもそも得体のしれない右京を雇ってくれるところがあるだろうか。今は住むところもないのだ。


 2つ目は『盗む』。これは却下だ。異世界に来て犯罪者にはなりたくない。となると3つ目。何かを『売る』。だが、ポケットには何もない。服を売ろうにもこの世界のものとは違うから売れそうにもない。かろうじて左腕に時計が目に止まった。会社に入った時に思い切って買ったオレックスの高級時計である。日本なら換金すれば、それなりのお金が手に入る代物だ。だが、このファンタジー世界で売れるのか?

 

 町を歩いていて、お金の相場というものも大方掴んでいた。この世界の通貨の単位はゲル、1Gで500円程度の価値だ。1G札、10G札、100G札とあるようだ。1Gの下に銀貨があり、10枚で1G。その下に銅貨があり、100枚で1Gという価値だ。


(とにかく、落ち着き先を探してここから脱出する方法を探さなきゃ)


 右京は時計を売る場所を考えた。町にはいわゆる道具屋という店と貴金属を売る店があるが、買い取りは積極的でなく、右京が時計を見せても不思議そうな顔をするだけで買取りには応じてくれない。


 どうしてもというなら、1Gでと言われる始末である。幸い、言葉が通じるので商談で色々な情報が聞き出せた。


「ギルドの酒場へ行けば、買ってくれる冒険者もいるかもな」


(なるほど……。ゲームでも情報収集場所の基本は酒場だからな)


 教えてくれた道具屋の店員に場所を聞いて、右京はギルドの酒場へ足を運んだ。そこには鎧で武装した戦士やローブに身を包んだ魔法使いらしき人がうじゃうじゃいる。町でも見かけるが、やっぱりここは冒険者のたまり場だ。右京はそんな冒険者たちに声をかけまくった。


「どうです? このブレスレット。時間が分かる仕掛けなんです」

「いらないね」


「10Gなら買うよ」

「なんじゃそれ?」


「時間なんて分からなくても問題ないよ。教会の鐘でおおよそ分かるだろ」


(なんてアバウトな世界だ)


 右京は信じられないと思ったが、この世界の人間は時間が正確に分からなくても全然困らないらしい。それは変というより、こちらの方が実に人間らしい生活なのかもしれない。現代日本は1分単位で動く忙しい世界。日本の方が異常なのだと右京は思った。


 しかし、この世界では無用の物とは言っても右京としては大事な時計だ。それに僅かなお金を得たところで、状況は解決しない。当面暮らせるだけの金額にはしたい。何しろ、今の右京にはこれしか売るものがないのだ。


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