フォーチュナ神殿
「で、主様はクロアの奴に血を吸われて奴隷になったでゲロか」
「うるさい。奴隷じゃない!」
ゲロ子の奴、どうやらホーリーの薬酒が効いて病気が治ったらしい。昨晩、右京はフラフラしながらも何とか伊勢崎ウェポンディーラーズの店に帰って、そのままベッドで倒れて寝てしまった。
ネイも店のソファで寝ているのが見えた。まだ子どものハーフエルフには、昨日の一件はかなり疲れたであろう。
「主様の呪いは進行しているでゲロな」
そう言ってゲロ子は右京の腕を見る。蛇の模様が少し心臓に向かって移動しているのが確認できた。ちなみにゲロ子にも、この呪いは分からない。黒魔法の専門家のクロアが無理なのにこのカエル娘が鑑定できるわけがなかったが。
「元はといえば、ゲロ子。お前が病気で寝込むからひどい目にあったんだぞ」
「ゲロ子のせいにするなでゲロ。あそこで寝ているハーフエルフの娘が疫病神でゲロ」
「まあ、結果的にはそうだが、彼女も被害者だ。とにかく、今は訳の分からない呪いを何とかしないとな」
「しかし、その娘の仲間とやら。時間的には呪いが発動しているでゲロ」
7日で呪いが発動するというのが本当なら、失踪したという神官にも何らかの作用が起きているはずである。
「とにかく、何か手がかりがないとどうにもならん」
コンコン……。ドアを叩く音がする。店は当分休みにすると張り紙をしてあるし、キル子は遠くへ遠征中であと2週間は帰ってこない。ホーリーやエルスさんには事情を話してあるから店に来ることはないはずだ。
ドアを開けて入ってきた人物は全身をすっぽりとマントで包み、黒うさぎの帽子をかぶっている。さらにサングラスに手袋着用。紫外線対策はバッチリである。バッチリであるが、これじゃ、パパラッチを避けて変装するハリウッドスターか、アラブの大富豪の夫人の格好であるが、中身は吸血女である。
「ダーリン、約束通り来ちゃった」
分かっちゃいたがやっぱりクローディア・バーゼル。通称『クロア』である。バンパイアの彼女が昼間歩くとなるとこれくらいの防備をしないといけないのだ。直射日光を浴びれば灰になってしまう。何かと言って右京の血を吸うから怖い奴だが、右京のために危険な昼間に動いてくれるのだ。親切なバンパイアである。
(いや、いや! 親切じゃねえええ。昨日、800ccも血を吸われた)
ネイを叩き起こし、いつものフェアリー亭で朝食を食べる。朝からボリューム満点の牛ステーキを食べる右京。少しでも失った血を回復せねば。クロアは赤いクコの実ジュースをちゅうちゅう吸い、ネイはパンにソーセージをくるんだものをもきゅもきゅと食べている。
「まずはノレッジ神殿を回る。訳ありの神官を匿っていないか」
地図を広げて回る順番を確認する右京。一応、小さいところが怪しいと目星は付けてはいるが、ゲロ子が言ったとおり、もう呪いが発動しているかもしれない。神殿にいなかったら、病院か場合によっては警備所に行って最近、事故でケガをしたり、死んだりした者がいないか聞き取りする必要もあるだろう。
だが、この呪いを受けてからは右京はどうもついてない。結局、町に4つあったノレッジ神殿には手がかりがなかった。呪いの解呪の依頼もなかったし、神官を宿泊させている事実もない。一体どこへ行ってしまったのであろうか。
「神官だから出身の神殿に相談したのではと思ったけど、違うらしい。あとは、友人とか親戚、いなければ町中の宿屋、病院をしらみつぶしに調べるしかない」
もし、それでも見つからなければ町の外に出てしまったかもしれない。そうなるとこのルートからの探索は諦めなかればならないだろう。
「あ~あ。面倒でゲロ。もう主様は呪われるしかないでゲロ」
「ゲロ子、お前、人ごとだな」
「カエルごとでゲロ」
ゲロ子の奴。調子は完全に戻ったらしい。そういえば、クロアはバンパイアでもっと強力な呪いがかかっているからこの呪いの影響は受けないと言っていたが、邪妖精のゲロ子はどうなのであろう。
「ゲロゲロ……。それにしても、どんな呪いでゲロかな。もしや井戸の中から、長い黒髪の女が出てきて」
「おい、ゲロ子。そのネタは古いぞ。それに洒落にならねえ。というか、なんでそんなネタ知ってるんだよ」
「ふん。カエル娘はやっぱり役に立たないね」
そう言ってクロアが後ろから話しかけてきた。右京たちが神殿巡りをしている間に周辺の聞き取り調査をしていたのだ。クロアはバンパイア。神殿に入れないことはないが、苦手なのである。
「主様に取り付く吸血鬼でゲロか」
「役に立たない邪妖精のくせに」
この二人は何故か仲が悪い。今の店をもつのにクロアは随分と助けてくれた恩人だが、ゲロ子はクロアを嫌っている。同じ、悪キャラなのだから仲良くすればいいのにと右京は思う。
「カエ娘はほっといて、ダーリン、朗報だよ」
「朗報?」
「ダーリンたちが神殿で聞き取り調査している間に、出入りの業者に聞いたんだよ」
普通の規模以上の神殿には多くの神官や見習い、メンテナンスを請け負う人々がいる。神殿で暮らしている者も大勢いるので、小麦や野菜、肉などを売る商人が出入りしている。その中から気になる情報をクロアが聞き出したのだ。
「フォーチュナ神殿に最近、妙な男が住み着いた」
「部屋中の壁やドアに魔除けの札を貼って一日中部屋から出てこない」
「何か変なものに取り憑かれているのではないか」
情報を統合するとこんな感じだ。神殿相手の商売人はいくつもの神殿を回っているので、別の神殿の噂話をすることもある。
「ゲロ子、フォーチュナ神殿って何だ?」
ゲロ子の検索システムが作動する。一般的な常識はすぐに検索し、主に知らせるのが使い魔の役目である。ゲロ子ってスマートフォン並みに役立つ。
「幸運の神フォーチュナを祀る神殿でゲロ。この町には一つしかないでゲロ」
「幸運の女神……。行ってみるしかないか、ビンゴだといいけどな」
実際の話、その失踪した男が何か解決法を知っているとは思えないが、手がかりとして合う価値がある。話によるとまだその男は健在のようだからだ。
フォーチュナ神殿はノレッジの神殿からさほど遠くないところにある。小さな森と公園の中に立っている小さな神殿だ。そしてここに目指す男はいた。男は4日前に現れ、匿ってくれと言った。
この神殿を預かる神官とは神官学校の同期だったので頼ってきたのだが、どうもそれだけではないらしい。神官によると神殿の一室にこもると幸運の神フォーチュナの聖書のページを壁一面に貼り、アミュレットや護符の首飾りをありったけ体に身に付けて一日中祈り続けているという。神官の男はその様子が尋常でないので理由を聞いてみたが、何も話すことはなかったという。
「訳が分からないのですよ。何かに怯えているような感じに見えますが」
そう学校で同期だった神官の男は困った表情をした。突然押しかけられて、こんな奇行をされては噂が広がって迷惑である。一応、閉じこもっている部屋の扉まで一緒に行き、ドアをノックしてもらった。
「クルス、お客だ。お前に会いたいそうだ」
「会いたくない、帰ってもらってくれ」
ネイが代わりにドアを叩く。
「うちじゃ。ネイじゃ。話を聞きたいのじゃ」
「ネ、ネイか……。か、帰れ」
「帰らん。ロイもザックも大怪我をして寝ておるのじゃ。残っているのはお前とうちだけじゃ」
「ロ、ロイとザックにも何かあったのか……」
「ああ。ロイは荷車にひかれた。ザックは酒場で争いごとに巻き込まれて、間違えられて刺されてしまったんじゃ」
キーッ。
ドアがちょっとだけ開いた。すかさず、右京とクロアがドアを思いっきり開ける。右京よりもクロアの力の方が大きかった。おそらく右京がいなくてもこのドアを開け放ったに違いない。バンパイアは力も人間以上のものがある。クルスは大きな男であったが、この二人、特にクロアの力になすすべもなく、部屋に侵入を許してしまった。
「な、何をするんだ。出て行け、出て行くんだ!」
クルスは何かに怯えたように後ずさりをする。だが、右京はそんなクルスの前に立ち、右腕を見せる。昨日まで手の甲にあった蛇の模様が手首から腕へと移動している。改めて見ても、実に気持ち悪い模様である。




