アビリティ食い
「そ、それは……」
クルスは右京の腕の蛇から目が離せない。無意識のうちに自分の胸を右手でギュッと抑える。
「うちもじゃ」
ネイもシャツをめくる。同じような位置に模様がある。若干、ネイの方が進んでいるのは箱を開けた時間の差であろう。
「これを見れば関係者であることが分かるだろう? 頼む。知っていることを教えてくれ」
右京はそうクルスに頼んだ。この男は何かを知っているはずだ。呪いを受けた直後に神殿に駆け込んだことといい、恐らくは手がかりになる金属プレートを外して持ち去ったことといい、何か知らなければできない行動を取っている。
「し、知らない。私は何も知らない」
クルスはそう言って床にうずくまる。絶対に何か知っている態度だ。しらばっくれて何も話さないという態度でもあったが、クロアがそれを許さない。クルスの腕を掴むと一気に持ち上げた。大男が華奢な女に腕をねじられて立たされている。
「痛っ」
「正直に話さないと腕をへし折っちゃうよ」
そう言い終わるか終わらないかのうちに、ボキッと音がした。クロアの奴、腕を折るぞと脅したのに、力加減を誤って簡単に折ってしまっては脅しになっていない。
「ありゃ? 力の加減を間違えたかしら?」
「うぎゃああああああっ」
「ほい」
クロアが手を離す。クルスは折れた腕を押さえて転げまわる。いきなりケガとはこれも呪いの力か。慌てて神殿の神官が応急処置を施す。神官はある程度の医術にも長けている。骨をつないで固定するくらいならできる。
施術のためにシャツを脱がすとあの蛇の模様が心臓にまで達しているのが見えた。どうやら、この男にも呪いが発動しているようだ。ただ、クロアが力の加減を間違えて腕の骨を折らなければ、この男の場合は今まで無事であったということになる。部屋にこもってひたすら祈っていたというが、そのおかげであろうか。
「クルス、頼むから知っていることを教え欲しいのじゃ」
ネイはそうクルスに懇願した。元パーティの仲間だ。流石にクルスもネイを無視することはできなかったが、助けることもできなかった。
「もう手遅れだ。それが刻印されたらおしまいだ」
「それは死ぬってことか? お前の蛇は心臓にまで達しているが」
右京はそう神官に切り返した。呪いで7日後に何かが起きるというのなら、部屋にこもっているこの男の行動が謎であったからだ。
「蛇は7日間かけて心臓まで来る。だが、心臓に到達したらそれでお終いというわけではない。現に私はその呪いを受けてから8日経っているがお前たちが来るまでは何も起きなかった」
忌々しそうにクルスは右京たちを見回す。応急処置はしてもらい、痛みを緩和する神聖魔法を施してもらったので激しい痛みはないが、それでも完全に痛みがないわけでもなかった。時折、目を閉じて痛みに耐えている様子だ。
「なるほどねえ……」
「ゲロゲロ……。ゲロ子も分かったでゲロ」
事の成り行きを後ろで見ていたクロアは、頭からかぶっていたマントをはらりと脱いだ。ゲロ子は右京の右肩に乗って腕を組んで偉そうだ。黒魔術の専門家クロアと長い年月生きている邪妖精のゲロ子には、分かったようだ。
「つまり、その呪いはアビリティ食いの呪いだよ」
「そうでゲロ」
クロアが説明を始めた。アビリティ食いというのは、その人間が持っている能力を奪うものだ。器用さを奪われれば、極端な不器用になってしまうし、力が奪われれば重い物を持てなくなってしまう。知力を奪われれば、魔法を唱えることができないし、簡単な計算や文字も忘れてしまうのだ。これは恐ろしいことである。
で、クルスが奪われ、あと6日で奪われてしまう右京とネイの能力は何か……。
「運でゲロ」
「運? 運がアビリティなのか?」
右京はゲロ子に聞き返す。そもそもアビリティという考え方がいかにもゲームっぽくて自分の置かれた状況にマッチしないのだ。
「人間には運というものがあるよね。運がいいとか、悪いとか、ダーリンもよく言うでしょ?」
「ああ」
「運というのは使うたびに減っていき、少なくなると不運が訪れるようになる。不運続きだとまた運が貯まって、そのうちいいことが起きるなんて体験をしたことがない?」
クロアに言われると右京は人間なら誰しもそんな体験があると思い起こすのかもしれない。大学時代の友人にパチンコ好きな奴がいたが、そいつが言うには朝から打っていると運の波が幾度となく巡ってくるそうだ。
朝からついてなく3万円使っても当たりが引けない時も、昼を越えて台を変わったらお座り一発で大当たりを引いて一気に負けを取り戻すとか、10万勝っていたのに20万負けたとか、そういうくだらない話を幾度となく聞いた。
その話からすると、人間の運というのは消耗品で、使いすぎると枯渇し、運が悪いこと続きで使わないと貯まって幸運をもたらすなんてことがあるのかもしれない。
(いやいや、パチンコの場合は単なる確率論に過ぎない。長くやっていれば300分の1とか、400分の1とかいう大当たりもいつかは出るというだけの話なのだ)
「その運も完全に枯渇すると人間は運ゼロになるでゲロ。つまり、何をやってもうまくいかない、死ぬまでついてない運の悪い人間になるでゲロ」
「枯渇しても5、6年で多少は復活するかもしれないけど、運が悪い性質というのは一生続くということになるね」
クロアとゲロ子が恐ろしいことを言う。運が悪いだけの人生って誰でも嫌である。
「なりたくね~」
「うちもじゃ」
蛇のあざが心臓まで行ってしまったら、そうなってしまうのだ。運が枯渇した神官クルスは部屋に閉じこもり、事故に合わないようにひっそりと暮らしていたのだ。運が極端に悪いだけだから、部屋にこもっていれば死ぬほどの出来事には出会わないはずだ。
せいぜい、小指を家具の端っこで打ち付けたり、手が滑ってコップを割ったりするケガをする程度。部屋から出なければよいのだ。とは言っても、ドアを開けたせいでクロアに右腕を折られるという不運に見舞われてはいるが。
「じゃあ、どうすればよいのじゃ」
「呪いの種類は分かったけど、まだ不十分。この呪いがどういう経緯でかけられたのか調べるしかないわね」
「だけど、クロア。呪いはものすごく昔にかけられたのかもいれないし、かけた人物が生存しているとも限らないだろ」
「それはないでゲロ」
ゲロ子が箱を見てそう言った。ゲロ子にはこの世界の一般的な常識を検索することができる能力があるのだ。それは一般的な商品のカタログリストも含まれる。
「この箱は短剣収納箱としては一般的な物でゲロ。普通の武器屋で売っている品で、このデザインは最近発売されたものでゲロ」
ゲロ子、やっぱりそれなりに使える。
「う~む。それはクロアも気になっていたんだよね。クリスナイフは年代物のヴィンテージだけど、入っている箱は新しいから。これは呪いをかけた人物が最近、買って入れたと考えるべきだよ」
「そういえば、箱の中に金属プレートがあったはずだ。あんた、何か知らないか?」
右京がそうクルスに尋ねると、彼の顔色がみるみる土色に変わって言った。体もブルブルと震えている。
「し、知らん。私は知らんぞ」
明らかに何か知っているという態度だ。このおっさん、本当にわかりやすい。クルスは40過ぎのでかいおっさんだが、かなり憔悴していて、見た目は60過ぎではないかというくたびれ具合だ。
「主様、これでゲロか?」
いつの間にかゲロ子が部屋に入り、物色していた。この病み上がりのカエル娘、いつもの油断がならないしたたかさが戻ってきたようだ。
「ま、待て、勝手に見るんじゃない」
クルスは止めたが右京とクロア、ネイは無視してゲロ子が差し出す金属プレートを見た。そのプレートの大きさは丁度、日焼けしていない形と同じであった。クルスが箱からくすねたに違いない
「これはどういうことだ!」
そのプレートにはこう刻まれていた。
(復讐は今、成就せり。地獄の苦しみを味わうがいい。G)
「知らん。俺は知らない」
クルスはそう突っぱねたが、尋常でないその様子にこの男がこのプレートの文字と関係していることは明らかである。Gとは何だろう。人の名前を指すのだろうか。ネイたちは、ギルドの依頼でこの箱を手に入れた。ギルドへの仕事の依頼は一般人がすることが多い。ギルドに依頼をした人間についての聞き込みをすると何か分かりそうだ。
このまま、クルスを問い詰めても何も話す様子がないので、右京たちはギルドへ行くことにした。手がかりをつないで真実に迫らなければ、右京たちに明日はない。リミットは後6日だからだ。
「何で私がこんな目に合わなくちゃいけないんだ。俺は悪くない、悪くないんだ」
クルスは扉に鍵をかけると板を釘で打ち付けてドアを補強する。これでこのドアから侵入するものは絶対にいない。さらに目に見えない何者かが入らないよう、幸運の女神の名が刻まれた紙の御札をドア、窓に貼る。部屋は昼なのに真っ暗になる。クルスはランプに火をつける。ボーっとした明かりが部屋を照らす。
「俺は悪くないんだ。全部、リーダーのせいさ。俺はちょっと手伝っただけ……」
すっと風の流れを感じた。クルスは言葉を失った。さっきの奴らと共によくないものが一緒に入って来たのではないかと思った。
「大丈夫さ、ここにいれば大丈夫。俺を殺せるはずがない……」
何かが動いた。後から思えば、それは照らされたランプの光によって生じた自分の影だったかもしれない。だが、恐怖におののく男には別のものに見えた。
「く、来るな!」
思わず、テーブルにあった聖書を投げつけた。それは壁に当たって振動でかかっていた油絵が落ちた。床に花瓶が転がっていた。重い絵が落ちてそれが割れて飛び散る。大きな破片がクルスの方へ飛んできた。
「あ、危ない!」
間一髪でクルスはかわした。当たれば怪我は免れない。いや、当たり所が悪ければ死んでしまう場合もあった。
「ふ、ふはははっ……。残念でした。私を殺そうとしても無理だ。ここは幸運の女神フォーチュナの神殿。その加護によって悪い運気は払われるのだ。はははっ」
だが、笑うのは早かった。破片はクルスには当たらなかった。それは必然であった。それが当たったところでクルスの命を奪う可能性は非常に低い。それよりも避けたことでクルスの体がテーブルを動かした。その振動でランプが横倒しになる。
テーブルには紙や本がいっぱい積まれていた。それに油が染み込み、引火する。オレンジ色の炎がたちまち天井まで立ち上る。
「ば、馬鹿な。こんなことが……。これが復讐なのか」
逃げようにも窓は塞がれ、ドアは板で開けられない。煙に巻かれてクルスはやがて意識が遠のいた。




