炭焼小屋の夫婦
ゲロ子が呼んできたネイと一緒に、右京は郊外で炭焼きをしているという男のところへ行った。この男がネイの父親かもしれないし、少なくとも事情を知っているはずだ。
ちなみに右京が買い取ったチンクエディアは、ネイのものと見比べても類似しており、間違いなく、ネイも父親が持っていたものだと思った。8年前の記憶でも父親の顔と短剣については、鮮明な記憶としてネイの心に刻まれていた。
「こんにちは……。突然、すいません」
右京は炭焼小屋の隣にある小さな家のドアを叩いた。家は小さくボロボロで貧しい暮らしぶりが想像できた。炭焼き小屋も放置された状態で、最近、炭を作っている感じでもない。
「何の用ですか?」
中から出てきたのは中年の男。生活に疲れた様子が顔に出ており、実年齢よりも年をとって見えた。
「と、父様!」
ネイは男の顔を見ると目に涙を浮かべてそう叫んだ。8年前とはいえ、ネイは父親の顔を覚えている。だが、男は不思議そうな顔をするだけである。
「ネイじゃ。エルフ村のネイ。父様の娘じゃ」
「ネイ? 知らない。私に娘などいない。それにお前はエルフじゃないか?」
「そんな……父様、それはあんまりじゃ」
ネイはショックで何も言えない。頭が混乱している。目の前の男は間違いなく、父親なのに本人は知らないというのだ。
狭い家の中をそっと右京はうかがう。部屋のベッドに人が寝ているようだ。ゴホゴホと咳き込んでいる音が聞こえる。右京はネイに代わって話を続けた。
「俺は町で中古武器の買取りをしている右京といいます」
「あなたがあの短剣を買ってくれた人ですか? ロッドさんが高く売れたからと言って、400Gをくれました。800Gで買い取ってくれたそうで」
右京の名前を聞いて、男の険しい顔に柔らかい表情が戻ってきた。急に変なことを言われて戸惑っていたところへ、大金で買ってくれた恩人がやってきたのだから。
「ああ。あれは価値の高いものです。それにネイ、短剣を見せて……」
ネイが腰から短剣を外して右京に手渡す。右京はそれを革のケースから抜いて見せた。幅広のブレイド部分に特徴のあるチンクエディアである。それを見て男は急に頭痛を覚えた。額を抑えて目を閉じる。
「あなたの名前は、クロード・バロー。エルフ村のドロテという女性と結婚して生まれたのがこのネイ。覚えがないのですか?」
男の表情は戸惑いで複雑になる。これは何かあると右京は思った。
「知らぬ。私はここで炭焼きをやっている。名前はファビオ。エルフなんて知らん。それに私には妻がいる。今は病気で伏せているがドロテなんて女性は知らぬ」
「ゴホゴホ……。あなた、どうしたのですか? お客さんですか……。ゴホゴホ」
奥で病人のかよわい声が聞こえてくる。男のきっぱりとした否定と病人がいることであまり長居はできない雰囲気になってきた。
「あの短剣を高く買ってくれたことには感謝する。だが、訳のわからないことを言われてもこっちも困る。今日は帰ってください。妻に薬を飲ませる時間だ」
そう言うとファビオと名乗る男は扉を閉めた。右京たちは締め出されてしまった。
「あれは絶対父様じゃ。うちが見間違うはずはない」
「ゲロゲロ、でもあの言い草は娘に対する感じではなかったでゲロ。別人ではないかでゲロ。主様、めんどくさいのでここまでにするでゲロ」
「おい、ゲロ子」
「なんでゲロ」
「お前は家に忍び込んで、あの病人の妻に事情を聞け。何か知っているかもしれない」
「面倒でゲロ。金にならないことはしたくないでゲロ」
「やるのか、やらないのか? やらないなら今日の晩飯抜きだ」
「やるでゲロ」
即答である。
ゲロ子はぴょんと跳ぶと地面に降りて、家の裏口に向かう。右京とネイは付近の家で聞き取り調査をすることにする。すると、色々なことが分かった。まず、近所の医者からはファビオの妻は長らく胸の病気を患っており、余命いくばくもないこと。つい最近も発作を起こして、高価な薬を用いて何とか命は取り止めたが、予断できない状況だそうだ。
また、近所の人々からは、ファビオは8年前に炭焼きをやっていた未亡人だったセリアという女性がどこからともなく連れてきたのだと言う。
男は最初、大ケガをしていたのだがセリアの手厚い看護で命は取り止めたそうだ。ところが、ケガの影響からか男は記憶を失っており、自分の名前すら覚えていなかったそうだ。
男はケガが治ってもどこかに行くあてもなく、炭焼きという重労働を細々と続けていたセリアを助けているうちに恋仲になり、夫婦として暮らすようになったのだというのだ。
「ネイ、あの男はやっぱり、お前の父親の可能性が高いな。だが、厄介なことに記憶を失っているし、今の生活はかなり複雑なことになっていそうだ」
「そうじゃのう……。もし、あの人がうちの父様だとしても、母様になんて言えばいいのじゃ」
記憶を無くしているとはいえ、別の女性と結婚して8年も暮らしていたのだ。これは複雑な問題である。
「ゴホゴホ……ファビオ……もうすぐ、わたしも……そこへ行くから……うっ」
セリアは熱のせいか意識が朦朧としている。それでも薬のおかげで少し楽になった。うっすら目を開ける。夫のファビオはどこかへ出かけたようだ。自分の様態が悪くなって以来、夫は付きっきりの看病で炭焼きができず、収入が途絶えている。
あの古びた短剣を売って、当面の生活資金と治療費を稼いだと話していたが、心優しいセリアは自分のことよりも、生活をしていくことに専念して欲しいと思った。自分はもう長くないと自覚していたのだ。視界に変なものが映った。それは緑の物体。怪しい動きでセリアの枕元に跳んできた。
「きゃっ! 何?」
「ゲロ子でゲロ」
「カ、カエル?」
「妖精でゲロ。天使ではないでゲロ」
「妖精? ああ、びっくりした。わたし、死んでしまったと思ったわ。いずれ、死ぬでしょうが……」
そう言うとセリアはまた咳をした。激しい咳で血が混じっている。容態はかなり悪いようだ。
「ファビオってあの男の名前ではないでゲロな?」
「ゲロちゃんはわたしの寝言を聞いていたの?」
「バッチリでゲロ」
「そう……」
セリアはこの不思議な妖精が神様からの使いではないかと思い込んだ。自分の心にのしかかるある秘密が、苦しくてそれを開放したいと思っていた。今、ここで告白することで心が軽くなるのではないかと思ったのだ。
「さっき、あの男の娘が会いに来たでゲロ。だけど、男は知らないと言って追い返したでゲロ。あんた、何か知っているでゲロな」
「……私は罪人です。ケガをして記憶がないあの人の優しさについ甘えてしまいました。あの人の本当の名前は知っています。助けた時に持っていた荷物に『クロード』って書いてありましたから。でも、あの人の記憶がないことをいいことに私は……」
「ゲロゲロ……。まるで、昼ドラか韓流ドラマみたいな展開でゲロな」
セリアが言うにはこの8年間。クロードの記憶は戻っていないのだという。記憶が戻らなければ、例え、セリアが事情を話しても信じてはくれないだろう。
「また来るでゲロ。その時は心に刺さった刺を抜くチャンスでゲロ。そうじゃないと、あの世で本当のご主人に会わす顔がないでゲロ」
「そうだね……」
セリアはまた意識が遠のいた。夫のファビオと一緒に炭焼きをしてくらした遠い日々の夢がまた始まる。




