もう一つのチンクエディア
売りに来た男は老年の行商人風の男だ。少々太り気味で大きな荷物を背負っている。売り物は魚の干したもので、店の中が魚臭くなる。容貌からして、この男があの美少女ハーフエルフの父親とはとても思えない。
「この短剣、どこで手に入れたものですか?」
右京はさりげなく男に聞く。買取り店として品の出どころを聞いておくのは重要なことだ。もちろん、客が正しく申告するとは限らないが、プロはそれはそれで情報がつかめるのだ。この短剣はかなり程度はよくないが、それでも行商の男が持っている物としては不自然だ。
「ああ。郊外で炭焼きをしている男がね。どうしても金がいるからうちに買ってくれと言うたんじゃ。うちはご覧のとおり、魚の行商人で武器など扱ったことがないんじゃが、あまり必死だったし、事情を聞けば可哀想だったので、つい買ってしまったんじゃ。まあ、あんたの噂も聞いていたし、少しでも利益が出ればと思ったんだけどね」
男の答えはよどみがない。これは真実だろう。真実だとすると、このおっさん、かなり親切な人である。魚を売りに行って、剣を買わされたのだから。
「よかったでゲロ。あのネイの父親がこのおっさんだったら、ネイの母ちゃんの趣味がゲテモノ系男子ということになったでゲロ」
「ゲ、ゲテモノ?」
おっさんは事情が分からないが自分がゲテモノと言われて、ちょっとだけ気を悪くした。これでも妻も子供もいる働くお父さんなのだ。
「おいおい、ゲロ子、それは失礼だぞ」
「これは口が滑ったでゲロ。ごめんでゲロ」
まあ、銀髪の美少女の面影に目の前の汗と魚臭いおっさんの要素はどこにもないが。ちょっとだけ気を悪くしたおっさんも、ゲロ子に謝られて元の愛想の良い顔に戻った。
「それで、これをいくらでお買いになりました?」
「50Gです。ちょっと高く買い過ぎましたか? 何しろ、この行商の5日の売上に相当しますからな。いくら人助けとはいえ、こんな錆びた古い短剣に……」
行商人のおっさんは、本当に人のよい男なのだろう。見た目の短剣は素人目には二束三文にしか映らない。何しろ、刀身全体はさびており、金で装飾した部分や、中央にはまっていたであろう宝石はなくなっている。
ネイの短剣はここに灼眼石がはまっていた。ネイのものとは違い、見るからにボロボロな状態なのだ。それに50Gもの金を出したこのおじさんの善意に頭が下がる。
ボロボロで廃棄物のように見える代物。だが、紛れもないチンクエディアである。しかも、銘がかすかに判読でき、確かに『吉兆』と読めた。
「おじさん、いい買い物をしましたね」
「へ? 50G以上するんですかい?」
「武器屋へ持っていけば、せいぜい20Gほどで引き取られるものです」
「や、やっぱり……。仕方がないです。人助けと思えば少々の損は……」
「いいえ。これは掘り出し物です。ですが、状態がかなり悪いし、宝石も金装飾もないですから、その分を差し引いて800Gではどうです?」
魚の行商人の男はその数字に思わず口をあんぐりとさせた。予想外の値段である。聞き間違いではないかと慌てて確認する。
「は、はっぴゃくううう?」
「そうです。800Gです」
「ああ……。神様」
魚の行商人をしているおっさんにとって、800Gは大金である。3ヶ月弱の売上に匹敵するのだ。このおっさんの善意が十分な代償となって返って来たということだ。
右京の経営する(伊勢崎ウェポンディーラーズ)は即金買取りを基本としている。手の切れるような新品の100G札8枚をおっさんに手渡した。
「これは半分は炭焼小屋の男に還元せねば……」
おっさんはどこまでも善良であった。ゲロ子はおっさんが店を出るとやっぱり嫌味を言い始めた。おっさんは善良だが、ゲロ子はどこまでも腹黒い。
「ゲロゲロ……。あのおっさんも人がいいおっさんでゲロが、主様も馬鹿なほど人がいいでゲロ。いいと言うより、マヌケでゲロ」
「ゲロ子、どうせ、おっさんから安く買い叩いて大儲けしろってことが言いたいんだろ」
「よくわかっているでゲロ。まあ、ゲロ子なら100Gと言ったでゲロな。商売はシビアにしないと倒産するでゲロ」
「800Gは妥当だよ。程度はよくないがそれだけの価値がある。それにゲロ子、伊勢崎ウェポンディーラーズの社訓は何だ」
「また、それでゲロか。いい加減、ゲロ子も読者も飽きてきたでゲロ」
「なんか、さりげなく読者とか言ったな?」
「それは忘れるでゲロ。社訓は『売る客、買う客、みんな満足、得をする』でゲロ」
「そうだ」
商売で目先の利益にとらわれてはいけない。今回の場合も何も知らないおっさんから、安く仕入れることは可能だ。だが、あとでチンクエディアの価値を知ったらよい気はしないだろう。このゲームのような世界では武器の中古を売買するという習慣がない。今は目先の利益よりも、『信用』第一であろう。あのおっさんが、今回の話を広げてくれるだけで良い宣伝になるはずだ。
「おい、ゲロ子。ネイを呼んできてくれ」
「ゲロゲロ……。めんどくさいでゲロ」
「ゲロ子、お前なら冒険者ギルドへ一飛びだろうが」
「どうせ、主様はあのハーフエルフの父親探しに首を突っ込むでゲロ。すぐに面倒なことに自ら巻き込まれるでゲロ」
「うるさい。親切心もまた商人には必要な能力だ」
「主様、悪徳商人にはとんと向かないでゲロな」
「誰が、悪徳だ!」
ポンとゲロ子が消えた。ゲロ子がもつ、行ったところの冒険者ギルドに瞬間移動できる能力の発動だ。




