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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第3話 再会のチンクエディア(エルフダガー)
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灼眼のチンクエディア

ネイと握手して商談が成立する。右京はゲロ子に命じて、10G札を6枚用意してネイに手渡した。その時に、不意に目に入ったものがある。ネイの腰に携帯している短剣である。


「もし、よければネイさんのその短剣、見せてもらってよいでしょうか?」

「ゲロゲロ……。ゲロ子は金の匂いを感じるでゲロ」


「……。ネイでいいよ。右京さん。見てもらうだけじゃが、うちもこの短剣の価値知りたいと思うのじゃ」


 そう言うとネイは、腰の短剣を外して革の鞘ごと右京に手渡した。ずっしりと重いその短剣は、右京に自分の目利きの力を確認させるのに十分なものであった。。それは柄に宝石が埋め込まれていたが、外見はただの短剣ではない。


 刀身の幅が非常に広く、左右対称の両刃で切っ先は三角になっている。柄は象牙で作られており、花が彫刻されている。鍔元は刀身から刃先に向かって曲がっており、美しい形状である。柄は短剣らしく短く、握りやすいように波型になっており、その中央に赤い宝石がはめられている。宝石はこの世界では灼眼石しゃくがんせきと呼ばれるポピュラーなもので、右京の世界におけるルビーに該当するものであった。


「これはチンクエディアでゲロ」

「よく分かったのう。カエルにしてはすごい知識じゃ」

「ゲロ子、解説しろ」

「アイアイサーでゲロ」


 ゲロ子の一般辞書検索機能である。ゲロ子はこの世界の武器図鑑を検索して、該当する武器の詳細を調べ上げた。この世界とは言ったが、右京の世界におけるルネサンス時代に使われた短剣である。


 この独特の形状をもつチンクエディアは、ヴェネツィアが起源の短剣だ。ルネサンスの華やかな文化とともに世界中に広まったのだ。


 現在でも歴史的に有名なチューザレ・ボルジアが所有したというチンクエディアがローマに所蔵されているし、ロンドンの博物館にはその革製の鞘が展示されているという。有名な刀剣鍛冶師の銘が彫られたものもあり、エルコーレ・グランディやエルコーレ・ディ・フェデーリなどが有名である。もちろん、このゲームのような世界にはそんな名の刀鍛冶はいないが、これには銘が刻まれている。


「主様、この短剣の銘、『吉兆』と読めるでゲロ」


(吉兆……)右京でも知っている銘だ。吉兆というのは、この世界で名の知れた刀鍛冶の名前で、主に作品はロングソードに多い。たまにショートソードやスピアでも作品は見かけるが、かなり珍しいケースだ。


 吉兆は200年前の初代から、現在17代目が作品を作り続けているが、新品で買えばかなり高価なものである。いわゆるブランドという奴だ。ゾリンゲン工房製だとか、エルムンガルド製だとか産地によっても値段は高くなるが、吉兆のように個人の工房製のものは生産量がごく少数。よって希少価値は高い。


 右京はじっくりと観察する。有名ブランドだけに偽物の可能性がないわけではない。だが、これは右京が見た限り本物だ。ゲロ子も太鼓判を押す。吉兆の銘がつくものは、中古でもかなり値段が高く取引されるはずだ。


 まだ、この世界には中古武器の商売が発達しておらず、一律買取りなどというありえないシステムが幅を利かせているせいで、こういう希少性の高いものは個人売買や宝物として貴族や美術館等の所蔵物になるのが普通だ。公に売りに出ることはまずない。


「主様、全体のデザインや装飾から推測すると、年代的にはかなり初期のものと推測できるでゲロ」


「どのくらいだ?」

「ゲロ子の推測……」


 ゲロ子の着ぐるみのカエルの目がクルクルと回転する。ゲロ子が考えて判定すると数字が目のところに現れるのだ。


「およそ120年前のものでゲロ。かなり希少性が高いでゲロ」


「どうじゃ? もし、うちが売ったら高値で売れるかのう?」


 右京の顔色を見て期待に胸を膨らませるハーフエルフの娘。期待と落胆に揺れる心が垣間見える。チンクエディアは幅広い刀身が5本の指を合わせたくらいあることから、イタリア語の(5本の指)チンクエ・ディータがなまって名付けられたという。


 幅広の刀身には溝が彫られ、目の前のチンクエディアはつば元から3本の溝で3区分され、その先は2本の溝で2区分されていた。美しいデザインである。


 新品で買うなら武器屋価格は2000G~3000Gというところであろう。短剣だけにロングソード並とはいかないが、通常の短剣だと100~500Gが中心価格帯であることを考えると高い部類だ。さらに、年代物の(吉兆)製だと新品の時の値段はその3、4倍はしてもおかしくはない。


「もし、売ってくれるなら3000Gは出すよ」

「主様、太っ腹でゲロ」

「そうか、そうか。そんなにするのか」


 エルフ娘は嬉しそうにそう言うと耳をちょっとだけピクピク動かした。何だかウサギみたいで可愛い。目がキラキラしている。誰でも自分の持っているものを褒められるとうれしいものだ。


 右京が会社に入った時に人を褒める3原則というのを研修の講義で聞いたことがある。(have=ものをほめる)(be=存在を褒める)(do=行動を褒める)というのだが、今の場合、持っているものを褒めるというのに当たるだろう。


「それにしても、ネイ。この短剣、どこで手に入れたんだ?」


 14歳という駆け出しのシーフが持つ代物ではない。きっと、理由があるのだろうと思い右京は聞いてみた。するとネイはこんなことを話した。


「これ、父様とうさまの形見なんじゃ。父様は人間で、母様かあさまはエルフ族の娘。うちが生まれた時に父様が自分の子供だと言う証明に母様にくれたものじゃ」


 ネイは土木技師を職業にしている父とエルフ族の族長の娘との間に生まれたハーフエルフ。度重なる川の氾濫に悩むエルフ族の村にやってきた父親は、見事に堤防を完成させて水害から村を守り、さらに灌漑施設の建設を指導した人だそうだ。それで村長に請われ、また、恋仲になっていた母と結婚してネイが生まれたそうだ。

 

 ところがその父親が遠くの村でも水害に悩んでいると聞いて、その村を助けるために出かけて行ったのだが、落盤事故にあって現在も行方不明になっているという。ネイが6歳の時のことだから、もう8年も前の出来事だ。


「それでネイはエルフの村でハーフだ、人間の子供だといじめられて現在に至るというわけでゲロ」


「おい、ゲロ子、言葉が過ぎるぞ」


 ハーフエルフがエルフ族からも人間族からも受け入れられず、苛められることはよくある話である。


「何を言っとるかのう。うちはいじめられたりはしない。みんな親切にしてくれたのじゃ。母様は体が弱かったので、うちを育ててくれたのはじいちゃんじゃが」


(ああ……。じいさんと過ごしていたから言葉がジジ臭くなったのか)


「ゲロゲロ……、じゃあ、なんでエルフ族の村を出てシーフになったでゲロか? 

ゲロ子は苛められたハーフエルフがヤケを起こしてなったのだと思ったでゲロ」


 ゲロ子の奴。想像力が豊かすぎる、特に不幸方面の想像力が。


「それがのう……。父様が生きているかもしれないという情報を知ったのじゃ」

「ほう。それで探しに村を出たと」


「そうじゃ。幸い、うちは手先が器用だからシーフの特性が認められて冒険者に登録できたのじゃ。冒険者をやりながら、父様の行方を探しているのじゃ」


 戦利品を売りに来た美少女ハーフエルフは、実は行方不明の父親を探す薄幸の美少女であったようだ。


「行方不明になって8年も経ったら、普通は死んでいるでゲロ。もしくは、帰りたくない理由があったりしてでゲロ」


 ゲロ子の奴、やっぱり、人の不幸は蜜の味というのが好きらしい。腹黒い奴だ。


「生きているかもしれないってどこで聞いたんだ?」

「この短剣と同じものを持っている人がこの町にいるって聞いたのじゃ」


「ネイの短剣? チンクエディアか?」

「そうじゃ。この短剣は対になっておってのう。父様も同じ物をもっておる。唯一の違いは宝石部分が青いだけと母様は言っておったが」


(なるほど……)


 チンクエディアは珍しい短剣である。どこかで見たという噂があっても不思議ではない。


「もし、右京さんがうちの短剣と同じものを見たら、うちに知らせて欲しいのじゃ」


「ああ。うちは買取屋だ。もし、査定に来る客が持って来たら知らせるよ」


「うちは冒険者ギルドに顔を出しているから、その時はよろしくじゃ」


 そう言ってネイは去って言った。珍しいとは言ってもこの広い世界。このイズモの町もかなりの広さだ。小さな店の右京のところにレアな短剣がそうそう現れるとは思えなかった。しかし、ネイが去って3日後、右京とゲロ子が見てしまう。


「幅広の刀身に溝。つば元から3本の溝で3区分され、その先は2本の溝で2区分されている……」


「ゲロゲロ……主様」


「ああ……ゲロ子、これは正真正銘の」


「チンクエディアでゲロ」


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